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 2006年1月,IEEE802.11nの提案スペックが全会一致で承認されドラフト化が始まった。これを受け,早速ドラフト準拠のpre11nを発表した無線LANのチップベンダーの1社が米ブロードコムだ。同社のDirector of Wireless LAN Product Management,Home & Wireless Networking Business Unitのビル・バンチ氏にpre11nチップの特徴と今後の無線LAN市場の動向について聞いた。

---ブロードコムは2006年1月にドラフト準拠のpre11nチップを発表した。主流となるチップの速度はどれくらいなのか。

 11nのチップは2ストリーム(元のデータを二つに分割して同時並行で伝送する方式)が主流になる。チャネルの帯域幅が40MHzで2ストリームを使って伝送する場合,現在のドラフトでは270Mビット/秒と300Mビット/秒という二つのトップレートがある。

 270Mビット/秒は,ガード・インターバル(遅延が起こっても前後の信号をきちんと分離できるように,信号に付ける冗長ビット)が800ナノ秒の場合の最大速度。300Mビット/秒はガード・インターバルが400ナノ秒の場合の最大速度だ。

 後者の方が理論上の速度は上だが,実効速度ではこれが逆転してしまう。270Mビット/秒のチップの実効速度は190Mビット/秒程度なのに対し,300Mビット/秒の実効速度は180Mビット/秒程度。このような現象が起こるのは,ガード・インターバルが短いとパケット・エラーが多くなるためだ。

 我々は300Mビット/秒のチップも出荷するが,堅牢性やスピードの点で市場に受け入れられるのは難しいと考えている。実際の使用環境を考えると,270Mビット/秒のチップが妥当だろう。

---11nの登場によって,無線LAN搭載デバイスは今後どのように変化すると思うか。

 最初はインターネット・アクセスのために必要なインフラ回りの機器(アクセス・ポイントや無線LANカード)が11nのチップを搭載すると思う。アクセス・ポイントが11n対応になると,その後は各種デバイスに広がっていくだろう。主に家庭内でのコンテンツ共有に関連する機器が対応していくと考えている。11nはDLNAのようなホーム・ネットワーク対応のデバイスに最適な規格だろう。また,無線LAN搭載の携帯電話機(Wi-Fi Phone)の普及も期待できそうだ。

---携帯電話機のようなバッテリ駆動型のデバイスだと,消費電力の低減が重要になる。11nでは複数のアンテナでデータを伝送できるが,アンテナが増えると消費電力も増えるのではないか。

 たしかに携帯電話機のようなデバイスだと消費電力の低減は重要な課題だ。11nではMIMO(複数のアンテナでデータを伝送する方式)のパワーセーブ・モードも規定される予定で,これはある程度効果的だと思う。だが,それだけでは十分ではない。無線をオン・オフして,オンのときに瞬時に立ち上がる方法を工夫したり,チップセットのアーキテクチャの工夫が必要だ。

 弊社ではデータレートを下げることで消費電力を低減するしくみも活用する。消費電力の低減技術には自信があり,他社が3本のアンテナを使って300Mビット/秒を達成する場合,弊社ならアンテナ2本でそれを実現できる。

 携帯機器用のチップは,消費電力を低減するために1ストリームが主流になる。1ストリームでもアンテナが1本のものと2本のものがあり,機器ベンダーによって,どれを採用するか判断が分かれるだろう。

---pre11nのチップは複数のチップベンダーからサンプル出荷されている。相互接続性はあるか。

 他社がドラフトどおりに作っているなら,弊社のチップと相互接続性はあるはず。まだ,11nのスペックを提案したグループ「EWC」や相互接続性を保証するロゴを発行する「Wi-Fiアライアンス」などによる相互接続性を確認するイベントは開催されていない。こうした場が提供されれば,どちらのイベントにも参加するつもりだ。

---11nはいつごろから普及しそうか。

 弊社は2006年第2四半期にpre11nのチップセット「Intensi-fi(インテンシファイ)」を正式に出荷する。Intensi-fiを採用した製品も,この時期に出てくるだろう。過去に,主流となる規格が11bから11gへと移行したときを振り返ると,市場で11nのシェアが30%を占めるのは2006年末くらいだと見ている。ただし11gへの移行は急ピッチだったと付け加えておく。

 すでに出荷されているMIMO製品の普及が遅いが,11nのドラフトがバージョン1.0になればMIMO製品は大いに受け入れられるだろう。

---11nは2.4GHz帯と5GHz帯のどちらにも対応している。日本では5GHz帯のみ40MHz幅を使える可能性が出てきた。ただしチップのコストは2.4GHz帯のみに対応しているものが安いと聞く。11nは2.4GHz帯と5GHz帯のどちらが主に使われそうか。

 弊社のチップセットは両方の帯域に対応している。だが,2.4GHz帯のみを動作させるオプションを使えるようにOEMベンダーに提案しているところだ。やはりコストを考えると2.4GHz帯のみを使う方が受け入れられそうだ。

 米国のリテール市場では2.4GHz帯のものが主流になるだろう。日本のリテール市場でも当初は2.4GHz帯が主流になるが,早い時期から両方の帯域に対応することもあり得る。パソコン・メーカーはおそらく両方の帯域に対応した製品を押し出したいのではないだろうか。

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Wi-Fiアライアンス
IEEE802.11n
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