以下の記事は2007年から2010年にかけて日経ソリューションプロバイダ、日経コンピュータに連載された記事の1つです。執筆時の情報に基づいており、取り上げた製品・サービスには現時点で古くなっているものもありますが、商談の経緯を知ることはユーザー企業にとって有益と考え、再掲しました。

「信頼できるパートナーかどうか」。損保ジャパンDC証券が、基幹系システムのサーバー統合を発注するITベンダーに求めた条件である。兼松エレクトロニクスの営業担当者は、チーム体制を敷いて顧客の要望に即応する営業活動に徹し、受注を獲得した。

 「今回の案件で重視するのは、担当者の皆さんの人間性です」。損保ジャパンDC証券情報システム部次長の福永陽一は2008年12月、こう告げた。サーバー統合案件のコンペ結果を内示する直前のことである。

 発言の相手は、兼松エレクトロニクス(KEL)の営業担当者である第四ソリューション営業本部第一営業部第一課の後藤成介だ。「技術力や料金だけでなく、当社のメンバーと一緒になって本気で汗を流してくれる。そんな信頼できるパートナーを選ぶつもりです」。福永は、こう続けた。

 この時点でKELは、3度の提案を終え、最終選考に残っていた。「大丈夫、期待に応える提案をしてきたはずだ」。後藤は、自身にこう言い聞かせた。

仮想化の導入実績を強調

 KELの後藤が提案していたのは、損保ジャパンDC証券の確定拠出年金サービス向けシステムを動かすサーバー統合案件だ。損保ジャパンDC証券は、システムの運用・保守の手間とコストを省くため、仮想化技術を使ったサーバー統合を進めることにした。

 この件について、同社の情報システム部門は08年8月、付き合いのあったKELの後藤に相談した()。「仮想化技術に自信を持っている」という点を、後藤が以前から説明していたからである。KELは、ヴイエムウェアの仮想化ソフトを使ったサーバー統合などの件数が当時150件に達するなど、国内で有数の実績を持つ。

表●損保ジャパンDC証券が兼松エレクトロニクスに新システムの開発案件を発注するまでの経緯
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 相談を受けた後藤は早速、たたき台となる仮の提案書を作成。相談を受けた数日後には同社を再訪問した。この仮提案以降、後藤は週に1回のペースで損保ジャパンDC証券を訪問し、同社の要求の理解に努めた。損保ジャパンDC証券に08年10月に入社した福永は、同案件の責任者として正式なコンペを実施した。

事前のサイジングを進言

 福永は10月、KELのほか大手メーカーやシステムインテグレータなど、計6社にRFP(提案依頼書)を提示した。1回目のプレゼンテーションでは、KELを含めて6社中4社がヴイエムウェア製品を薦めた。実績などを考慮し、福永はこれら4社を選んだ。

 翌11月、KELは2回目のプレゼンテーションに臨んだ。「先方にとって仮想化ソフトの導入プロジェクトは初めて。プロジェクトの作業内容や考慮点を、具体的にイメージできる提案にすることで、我々の実力を示すことができる」。こう考えた後藤は、「新規導入するサーバーの仕様を見積もるサイジングを、受注前に実施すべき」と提案書に盛り込んだ。

 受注前に適正なサーバーの仕様を決めることができれば、プロジェクトの費用を正確に見積もることにもつながる。A社もKELと同様、事前のサイジングを提案していた。

 「仮想化ソフトを使ったサーバー統合で注意すべきは、サーバーのサイジング。最適な仕様のサーバーを導入するノウハウの有無が、この案件での勝負になる」。後藤は過去の経験から、入念なサーバーサイジングが仮想化ソフトの導入プロジェクトの成否を握ると考えていた。仮想化ソフトで動かす業務システムの処理性能は、プロセッサやメモリー容量などサーバーの仕様によって、大きく変わるからだ。

 実は他社が1回目の提案から見積金額を提示していたのに対して、後藤はあえて見積額を提示しなかった。「先方のシステム環境を十分に知らない段階で見積額を示しても、現実的な数字にはならない。それでは後々、顧客企業からの印象を悪くしかねない」。こう考えていたからだった。

 後藤は、損保ジャパンDC証券が運用しているサーバーの処理量を測定させてほしい、と福永に申し出た。これは顧客企業に負担を強いる依頼だった。

 サーバーの実機を使って処理量を測定するには、損保ジャパンDC証券のシステム部員に時間を割いて立ち会ってもらう必要がある。しかも二十数台あるサーバーをすべて測定するには、相応の時間がかかる。

 後藤は「断られるのではないか」と心配していたが、すぐさま許可を得られた。「事前にサーバーの仕様を決めて見積もりの精度が高まるなら、こちらにとっても好都合だ」。福永は後藤の提案を評価。KELと大手メーカーA社を、最終選考に残した。

チーム一体で即時対応を貫く

 「今回の案件を任せるITベンダーには、サーバー統合後のシステム運用も支援してもらう。長く付き合いたいと思える、信頼できる相手かどうかを見極めよう」。11月末、KELとA社による3回目の提案に臨む際、福永はこう心に決めていた。

 後藤は提案活動で、福永からの質問に可能な限り即答するため、必要な人材を必ず商談に同行させた。金融業界担当の営業担当者とヴイエムウェア製品担当の営業担当者、エンジニアである。

 福永の質問に対してその場で回答できない場合であっても、必ず翌日に回答することを実践した。もし翌日に解決策そのものを返答できない場合は期限を自ら示し、福永に逐一進捗を報告した。

 一方のA社は、福永が状況を問い合わせるまで連絡してこないこともしばしばだったという。「打てば響く」。KELの対応の早さは福永の心をつかんでいった。

自発的にパートナーと連携

 「導入済みの運用管理ソフトは、ヴイエムウェア製品上での動作は保証されていますか。このソフトをヴイエムウェア製品で動かす場合、ライセンスを購入し直す必要はあるでしょうか」。11月のある日、損保ジャパンDC証券情報システム部主任の小池祐子は、打ち合わせの場で後藤に尋ねた。

 その場では回答できなかった後藤は、同席していたエンジニアとともに自社に戻り、すぐさま回答の作成に取りかかった。

 まずエンジニアは、社内で動作検証を実施。対象の運用管理ソフトすべてが、ヴイエムウェア製品上で問題なく動作することを確認した。さらに、顧客企業の環境で万が一動かなかった場合に備えて、手作業で運用管理ソフトを設定する手順も、文書にまとめた。

 一方、後藤は運用管理ソフトの販売会社に連絡した。同ソフトの製品担当者に協力を仰ぐためだ。

 質問を受けてから1週間後、後藤は販売会社の担当者を同行し損保ジャパンDC証券を訪ね、ライセンス体系を直接、福永らに説明してもらった。エンジニアの用意した動作検証結果も示した。

 「彼らなら信頼できる」。自社だけでなく自発的に外部の企業と協力して問題の解決に当たる姿勢に、福永の心は決まった()。

図●損保ジャパンDC証券が兼松エレクトロニクスを選定した際の評価ポイント
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 08年12月、福永は最終選考を経て、KELに内定。09年3月に正式発注した。