以下の記事は2007年から2010年にかけて日経ソリューションプロバイダ、日経コンピュータに連載された記事の1つです。執筆時の情報に基づいており、取り上げた製品・サービスには現時点で古くなっているものもありますが、商談の経緯を知ることはユーザー企業にとって有益と考え、再掲しました。

低料金と高いセキュリティを両立してほしい――。中央三井アセット信託銀行が出した要望に対し、日本ユニシスの営業担当者は「できません」とは決して言わなかった。立ちはだかる三つの障壁を乗り越えて、クラウドの活用により競合2社とのコンペを制した。

 「提案いただいたシステムの機能は魅力的ですが、料金は他社よりも高いですね」。中央三井アセット信託銀行で確定拠出年金事業を担当するDC企画運営グループ調査役の坂本雄一は、日本ユニシスの金融第一事業部営業一部第三グループマネージャーの上柿元 亘にこう言った。そのとき、上柿元が提案していたシステムは、中央三井アセット信託銀行が2010年4月に稼働させた、確定拠出年金事業向けのシステムだ。

 上柿元は「分かりました。料金面でも納得いただけるよう、社内で検討します」と坂本に言った。2008年12月のことである()。

表●中央三井アセット信託銀行が日本ユニシスに確定拠出年事業向けシステムを発注するまでの経緯
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プロトタイプで要件を明確に

 中央三井アセット信託銀行は2008年夏から、確定拠出年金事業向けシステムの再構築を検討し始めた。このシステムは年金の残高管理や、拠出金額の割合を変更する機能を備える。2001年に独自開発した既存システムは、競合他社に比べて機能面で見劣りし始めていた。中央三井アセット信託銀行はサービスレベルを向上するため、再構築することにした。

 同行が日本ユニシスにシステムを刷新する予定があることを伝えたのは2008年10月である。日本ユニシスは以前、確定拠出年金事業向けシステムとは別のシステムを構築したことがある。この付き合いもあって、声を掛けられた。

 このとき、現行の確定拠出年金事業向けシステムを構築したITベンダーが提案活動を進めており、日本ユニシスは出遅れていた。このITベンダーは、新システムの仕様固めに入っていた。

 上柿元は2008年11月5日に中央三井アセット信託銀行の坂本を訪問。競合が先行していることを知って焦った。巻き返しを狙う上柿元は、導入実績のある確定拠出年金事業向けパッケージを提案することを決めた。日本ユニシスは過去にこのパッケージを使ったシステム構築案件を複数手掛けており、効率よく提案活動を進められると判断した。

 1回目の提案日である12月2日までに、上柿元はプロトタイプシステムを作ることにした。提案日から逆算すると、デモは早急に実施する必要があった。上柿元は自社のSEに「急いでプロトタイプシステムを作ってほしい」と協力を依頼。概要説明を受けた11月5日から7営業日後の11月14日にデモを実施した。

 実際に動作するシステムを見せながら、パッケージが備える標準機能や画面レイアウトについて、問題がないかどうかを中央三井アセット信託銀行の担当者に一つひとつ確認。要求を具体的に聞いた。

開発・運用費の低減を提案

 そして迎えた1回目の提案日、上柿元らは、デモで聞き出した要件を“忠実”に実現できるシステムの提案をした。

 ところが、中央三井アセット信託銀行側の出席者の反応はよくなかった。提案後のコメントは、「料金が高い」というものだった。

 競合は既存ベンダーを含む大手メーカー2社。中央三井アセット信託銀行は、今回のシステム再構築の予算を明確に定めていなかったが、日本ユニシスが提案した見積料金は、他の2社よりも2~3割高かった。見積額を下げるために上柿元が考えたのは、同社が提供している「ICTホスティングサービス」の活用だ。

 中央三井アセット信託銀行は開発費だけでなく、数年間分のシステム運用費を含めた総額で、料金の妥当性を判断しようとしていた。

 1回目の提案は、システムを構成するサーバー群をすべて日本ユニシスのデータセンターにハウジングするものだった。この場合、サーバーは顧客の資産である。

 2回目の提案では、サーバー群のうちの数台をICTホスティングサービスで運用し、残りのサーバーをハウジングにすることを考えた。ホスティングでは、日本ユニシスのサーバーを利用するため、ハードの購入費用と運用費用を1回目の提案よりも抑えられる。

 ところが、2009年1月9日に実施した2回目の提案でも“惨敗”。「実際に動くシステムを見せてくれているのは御社だけなので安心感があるのですが、今の料金では手が届きません」と坂本に指摘された。

 「料金を下げるためには、システム全体をICTホスティングサービスで引き受けるしかない」。2回目の提案を終えて、上柿元はこう決めた()。

図●日本ユニシスが受注前に直面した障壁とその打開策
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サービスレベルの強化を依頼

 システム全体をICTホスティングサービスに移行すれば、ハードの購入費用がかからないため、見積額は大幅に下がる。導入後5年間で試算すると、開発・運用費の総額は、日本ユニシスが1回目に提示した額のおよそ2分の1になった。導入後7年間で現行システムより3割減になる。

 ただし、ICTホスティングサービスは共同利用のクラウド型のため、中央三井アセット信託銀行のセキュリティ基準を守れないという問題があった。セキュリティ基準は当初から要件に入っていた。2回目の提案でICTホスティングサービスの利用を数台のサーバーに限定したのは、上柿元がこの要件を考慮したからである。

 中央三井アセット信託銀行のセキリュティ基準は、約150項目。金融機関としては普通だが、他業種の企業よりも求める水準は高い。サービスを開始してから半年のICTホスティングサービスは、この時点で金融機関の顧客を獲得していなかった。

 「中央三井アセット信託銀行から受注するには、ICTホスティングサービスを、金融機関が求めるセキュリティ水準まで強化するしかない」。こう考えた上柿元は、上司の高田佳彦と共に、担当部門である「ICTサービス本部」に相談した。金融事業を担当する常務執行役員の篠原雅を通じ、ICTサービス本部を統括する専務執行役員の角泰志を説得した。

 この結果、ICTサービス本部から「受注できたならば、セキュリティを強化する」という確約を取り付ける。

 2009年2月5日、日本ユニシスの営業チームは3回目の提案に臨み、セキュリティ要件を満たすことを明言した。3週間後、日本ユニシスは正式に受注する。見積額に加え、確定拠出年金事業向けシステムの構築実績とパッケージを使うことの安心感が評価された。