太陽生命保険は2010年10月、保険金の査定業務を効率化するためのシステム「診断書デジタルデータ」を全面稼働させた。このシステムの構築を受注したのがTISだ。料金面で折り合いがつかなかったが、営業担当者が機転を利かし解決策をひねり出した。
「仕組みとしては良さそうだが、実際の業務で使うのは難しいのではないか」。TISの金融事業統括本部フィナンシャル事業部フィナンシャルシステム営業部に所属する鈴木陽介は、太陽生命保険の執行役員でお客様サービス本部長である細川敏男にこう告げられた。2007年5月ごろのことである。
TISの鈴木が太陽生命に提案していたのは、保険金の査定業務を効率化するためのシステムである。「採用されなかったものの、先方は興味を持ってくれた。提案内容を練り直して、再度挑戦しよう」。鈴木は気を取り直した。
保険金不払い問題で提案機会
鈴木が営業活動を始めたのは、2007年春だ。当時、契約者に保険金が正しく支払われない「保険金不払い」が社会的な問題になっていた。「査定業務でITを活用すれば、不払い問題を防止できる」。鈴木は、保険会社にシステムを提案する機会をうかがっていた。
ちょうどそんなとき、鈴木が太陽生命のキーパーソンに会える機会が巡ってきた。TIS主催のセミナーで、太陽生命の役員が講演したのがきっかけ。鈴木が太陽生命の役員にあいさつした際、細川を紹介された。
鈴木はセミナーの後日、2007年4月に細川を訪ねた。細川は、「保険金の不払いを防止するには、査定業務を効率化する必要がある」との意見だった。鈴木は「商談になりそうだ」と手応えをつかむ。
鈴木は2007年5月以降、保険金の査定業務を効率化する仕組みを提案するため、太陽生命を週に1~2回の頻度で訪問した(表)。
鈴木が最初に提案したのは、テキストマイニング技術を使って査定ミスを防止するシステムを構築するという内容だ。保険金の査定業務では、査定担当者が契約者の医療診断書に書かれた傷病名や手術名、入院期間などを入念にチェックし、保険金額を決める。
これを、完全に自動化するシステムを作ろうとした。診断書をスキャンし、その内容をテキストマイニング技術で解析する。査定に関係する言葉を自動的に抽出し、確認漏れを防ごうとした。鈴木は、システムの機能を説明するための資料を、細川に見せた。
ところが、細川は鈴木の提案を受け入れなかった。診断書に書かれる傷病名や手術名は、医師によって異なる「方言」で記述されることが多い。例えば「がん」の場合、「Cancer」や「CA」といった具合に表記がばらばらだ。テキストマイニング技術で抽出しきれない方言もあり、誤った判定につながりかねないと、細川は危惧した。
「保険金の査定業務で重視しているのは、正確さ。自動化できれば理想だが、解析の精度が低ければ業務の手戻りが発生するだけで効率が上がらないのではないか」。細川はこう指摘した。
代案として鈴木が太陽生命に打診したのが、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)の活用である。査定業務専門の事務センターを設置し、診断書のデータを正確に入力する作業を外部の事業者に任せる、という案だ。ところが、これも通らなかった。太陽生命は、保険金査定は、医療分野の専門知識を必要とする上に個人情報を取り扱うため、すべての業務を外部の事業者に委託することは難しい、と考えていたからだ。
粘り強く提案し続ける
テキストマイニング技術を使ったシステムやBPOの活用といった提案は、いずれも採用されなかった。それでもあきらめず、鈴木は提案を練り直した。
鈴木が3回目に提示したのは、システムとBPOをセットにした内容だ。外部のBPO事業者が、診断書の内容をそのままデータとして入力する。BPO事業者に渡すのは、個人情報すべてを伏せた状態の診断書。作成したテキストデータを基に、傷病名や手術名をコードに自動変換したり、医師の「所見欄」を分析したりする。
新システムとBPOを組み合わせるという鈴木の提案に、細川は強い関心を示した。BPOと新システムの組み合わせが、査定業務を効率化し、なおかつ正確に進められるかどうか。これを検証するために、鈴木はプロトタイプを作ることを細川に打診した。細川はこれに応じた。
プロトタイプによる検証に、2008年2月から3月の約1カ月かけた。あらかじめ分かっている方言を登録した医療用語データベースを作成。入力された傷病名や手術名などのデータを、用語データベースに基づいて、コードに変換するシステムを作った。登録していない方言が出てきた場合は、用語データベースに追加登録するというルールを導入し、実務で使えるかどうかを試した。
費用面で折り合いがつかず
「医療用語を解析する精度は改善の余地が残っているものの、十分業務に使えそうだ」。細川はプロトタイプによる検証作業を終えると、鈴木の提案を前向きに考え始めた。鈴木も「受注は近い」と感じていたが、大きな壁にぶつかった。開発費用の折り合いがつかなかったのだ。
TISが提案した新システムの構築費は、初期費用が約5億円(本誌推定)。これを太陽生命は「高い」として、二の足を踏んでいた。
システム構築費を抑制するための案を鈴木は考えた。その答えが、共同開発にして構築費を2社で折半するというものだ(図)。TISが利益を確保するための方策として、完成したシステムをSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)方式で外販することにした。
このアイデアを通すため、鈴木は自社の経営陣を説得した。生保業界の市場規模や保険金の査定件数、SaaSとして提供した場合の見込み顧客リストなどを経営陣に示し、承認を得た。
鈴木は2008年3月、共同開発でシステム構築費を折半することを、細川に告げた。その代わり完成したシステムを外販するという条件を認めてほしい点も説明した。
これを聞いた細川は、鈴木の案について経営トップに相談する。「システム構築費用を抑えられる。完成したシステムが外販され、他の保険会社が利用するとしても、当社の競争力には影響はないだろう」。こう判断した太陽生命は、鈴木の提案を受け入れた。
約1年がかりの商談が終わった。TISは2008年4月、太陽生命から新システム構築案件を受注した。太陽生命は2010年10月から、新システムを本番の査定業務で利用している。