「せっかくのワールド・カップも勤務時間中でテレビを見られない!」。そんな人の中にはテープではなく,ハードディスクやDVDに記録するビデオ・レコーダーを新たに買い求めた人もいることだろう。米国では,こうした装置はPVR(Personal Video Recorder)やDVR(Digital Video Recorder)と呼ばれている。

 中でもPVRは,電子番組ガイド(EPG)と連携し複雑な録画予約が簡単に行えるなど,従来のビデオ・デッキに比べて使い勝手が大変よくなっている。同様の機能は最近はパソコンでも実現されるようになってきたが,PVRはそのスタンドアロン版というべきものである。

 米SONICblueの「ReplayTV」や米TiVoの「TiVo」が広く知られており,この6月はじめにはSONICblue社が最新機「ReplayTV 4500」シリーズの出荷を始めた(関連記事)。

 便利そうに思えるPVRだが,当初の大きな期待とは裏腹に売れ行きが伸び悩んでいる。また米国の大手メディアから,SONICblue社のPVRは訴訟を受けたりしている。今回は,まずは「そもそもPVRとは何なのか」「DVRとはどこが違うのか」から,米国のポスト・ビデオ・デッキ事情を探ってみる。その答えを知るキーワードは「米国のベンチャー企業」である。

■PVRとDVRはここが違う

 PVRは,DVRと呼ばれることがあるが,米国の家電業界関係者によると両者のあいだには決定的な違いがある。

 DVRはその用途を考えると,これまでのビデオ・デッキ(VCR:Video Cassette Recorder)に代わる家電製品であり,その販売ターゲットもビデオ・デッキの延長線上にある。最近では機能を発展させ,より使いやすくなっている製品もあるが,DVRは基本的にユーザーが手動で時間設定して録画を行うものである。

 これに対しPVRは,「面倒なことはすべて自動化し,テレビ番組視聴の利便性を究極にまで高めたサービスを提供する」ことを目指して開発された製品である。ハードディスク・ドライブを内蔵し,そこに番組を記録するという点ではDVRと同じ。しかしPVRの場合,このDVRのすべての機能に加え,ユーザーの“お望み”に極力応えるべく開発されたソフトウエアを搭載している。このソフトが電子番組ガイド(EPG)と連携して,さまざまなサービスを提供するのである。

 その具体例を見てみよう。あなたがある番組の録画予約をしたいとする。それがドラマであればEPGに表示されているドラマのタイトルを1回クリックすればよい。ドラマの今後の放送分をすべて録画したい場合は,タイトルを2回クリックする。操作はこれだけである。当然ながら放送時間などの情報は知る必要がない。PVRは電話回線でネットワークにつながっておりEPGは毎晩更新される。たとえ放送時間が幾度と変更されても,あなたの望みの番組をどこまでも追いかけてくれるというわけである。

 PVRはキーワード(テーマ)設定による録画予約も可能である。例えば“サッカー”と設定しておけば,すべてのサッカー番組を録画してくれる。このキーワードは特定の俳優名でもかまわない。その場合はその俳優の出演するすべての番組/映画を録画することになる。あとは録画された番組のなかから好きなものだけを見るだけである。

 ReplayTVの場合はこのほか,出先からインターネットを使って自宅のPVRをプログラムする機能,録画した番組をジャンルや出演者名で分類する機能もある。こうしてユーザーを満足させるためにサービスはどこまでも発展していく,という感じである。

■米国のベンチャーが創出した新しい“サービス”だった

 こうしてみてみると,PVRの“きも”は,機器本体ではなく,機器とソフトウエア,そしてネットワークを介して提供する“サービス”にあると言える。DVRがビデオ・デッキの市場をそのまま引き継ぐ形で展開しているのに対し,PVRはユーザーのわがままにすべて応える“夢のテレビ”を実現すべく開発されたサービスだったのである。

 そしてそれを手がけたのが米国のベンチャーだった。彼らは,機器の製造を外部に委託し,自らは自社ブランドの機器の販売とサービスの提供に注力する。SONICBlue社はReplayTVを松下電器産業に,TiVo社はTivoをソニーとオランダPhilips Electronicsに製造委託しているのだ。なお,SONICBlue社は2001年に米ReplayTVを買収したが,今も「ReplayTV」という製品名でPVR事業を展開している。

 こうしたベンチャー企業はさらに特許を取得し(注1),松下電器産業などへのライセンス事業も手がけている(関連記事)。PVRは,これまでになかった新しい市場を創出しようと試みた,米国ベンチャーのビジネスだった,という点がDVRと大きく違うのである(注2)

注1:SONICBlue社の取得した特許は,50のクレームからなる。米国特許番号は「6,324,338」。タイトルは「Video data recorder with integrated channel guides」。1998年8月7日に当時のReplayTV社が申請し,2001年11月27日に成立した。「DVRにおけるEPGの使用法と録画設定の際の番組選択基準の基本概念をカバーする」というもの。TiVo社の取得した特許は,61のクレームからなる。米国特許番号は「6,233,389」。タイトルは「Multimedia time warping system」。1998年7月30日に申請し,2001年5月15日に成立した。こちらは「一つの番組を録画しながら別の番組を再生する方法(タイム・シフト機能)」などが含まれる(関連記事)。
注2:日本で販売されるDVRもEPGと連動したサービスが提供されている。日本のDVRは前述の定義に当てはめれば,PVRということになるだろう。しかしそれらを米国で販売する場合は慎重な検討が必要になる。思わぬところで訴訟問題に発展する可能性があるからだ。現にSONICblue社はTiVo社を特許侵害で訴えている(SONICBlue社の発表資料)。

■高すぎる料金が普及の足かせに,しかし無料にできない

 意気揚々とスタートしたPVRだったが,PVRはそのビジネス・モデルゆえに売り上げが伸び悩んでいる,というのが現状である。その最大の原因は高いサービス料金にあると言われている。

 日本ではこういったサービスは無料あるいは月額数百円程度で提供されているのだが,ReplayTVの場合は一括で250ドル,TiVoの場合月額12.95ドルもかかる。大手家電メーカーが機器の販売促進の一環としてサービスを無料で提供することも可能なのに対し,PVR業者はサービスがビジネスの主要部分となる。家電メーカーのようなスタイルをとれないという点で不利な立場にある。

 また機器の値段は安いものでも449.99ドル(40時間まで録画できる「ReplayTV 4504」の場合),高い機種では1749.99ドル(320時間の「同4532」)となっており,一般の消費者にとっては今一つ手が出せない状況になっている。

 米国家庭の居間を巡ってはし烈な競争が繰り広げられており,この市場で一つの目的に限った単体機で勝負するのは難しい,とも言われている。いかに夢のテレビと言えども,そのためにこれだけのお金を出してもよいと考える人は少ないという。

■より魅力的なサービスに挑んだPVR,しかしそれが裏目に

 こうした状況を打破すべく最近のPVRには利便性を高めるためのさまざまな機能がついている。そのなかに今回訴訟問題となった機能がある。ReplayTV 4000以降の「番組送信」と「コマーシャル飛ばし」である。SONICblue社では前者を「Send Show」,後者を「Commercial Advance」と呼んでいる。

 Send Showは,録画した番組データをインターネット経由で送信できる機能(図1)。ただし,家族や友人といった親しいグループ間だけの利用を想定した配慮を行っている。具体的には,データのやりとりをReplayTV 4000または同4500持つユーザー間でしか行えないようにし,その送信相手も最大15人に限定している。また送信相手のアドレスを非公開にし,SONICblue社のサーバーを介してでなければ取得できないようにしている。つまり「Napster」のような不特定多数によるデーター交換にはならないような仕組み作りをしているというわけだ(図2)。

図1 ReplayTV 4000の「Send Show」画面。番組名を選択後,ポップアップ・メニューで「Send Show」を選択
図2 誰に送るかを選ぶ。ここではToddさんを選んだ。番組は最大15人にまで送れる

 一方のCommercial Advanceは,録画した番組を視聴する際に,コマーシャル部分を自動で飛ばして再生する機能。こうした機能はテープを使う従来のビデオ・デッキにも備わっていた。しかしPVRの場合は録画と同時に番組を最初から再生できる「タイム・シフト」機能が備わっている。これとCommercial Advanceを組み合わせると次のようなことが可能になる。

 例えば,番組中のコマーシャルの時間の合計が10分とする。ユーザーは番組の放送開始時間にタイム・シフト・モードで録画を始め,実際にはその10分後から番組を見始める。すると,Commercial Advance機能ですべてのコマーシャルが飛ばされるので,ユーザーが番組を見終わる時間は実際の番組終了時間と同じになる。

 従来のビデオ・デッキがすべてを録画し終わってからでないと再生できなかったのに対し,PVRではそれが可能である。こうした容易なコマーシャル飛ばしが,将来のテレビ視聴の形態になるのではないかとメディア企業が懸念を抱いているのである。

■PVRの行方,ベンチャーの「新発想」は受け継がれていく

 こうしたReplayTVの機能/サービスに対して,米ABC,米CBS,米NBC,米Viacom International,米Disney Emterprisesといった大手メディア企業が昨年11月にに著作権侵害があるとしてSONICblue社を訴えた。この裁判の決着はまだついていない。そもそも彼らが提訴したのは,問題となった二つの機能を初めて搭載したReplayTV 4000の発売前だった。彼らは同製品の発売阻止を試みたが,結局それはかなわなかった(当時の発表資料

 またこの問題に関連して,今月始めにもう一つの訴訟が起きている。今度は米市民団体のEFF(Electronic Frontier Foundation)が原告となってメディア企業を相手取って提訴したのである。「ReplayTVで提供される機能を使ってテレビ番組を楽しむことは消費者権利の範囲内」というのがその主張。これを機会にこうした消費者の録画行為が正当なものであるということを裁判所に認めてもらいたい,と考えているのである(掲載記事)。

 こうした状況があるものの,PVRの機能/サービス自体は消費者にとって魅力のあるものと考えられており,ケーブル・テレビ/衛星テレビの事業者や家電メーカーは,それぞれに独自の戦略を考えている。ただしこれらの企業はPVR業者のようなビジネス形態はとらない。

 米国の家電業界関係者は,今後,PVRの機能/サービスがケーブル・テレビや衛星テレビのセットトップ・ボックス(STB)に組み込まれていくと見ている。また家電メーカーも,DVDプレーヤと組み合わせた複合機や,安価な単体機という製品戦略を進めている。ただし家電メーカーの場合は,EPGやPVRソフトのライセンス供与を受けなければならないという状況がある。今のところこのライセンス料が高額なため,当面は大成功はありえないとする見方も多い。

 その一方で,ケーブル・テレビ/衛星テレビ事業者は,これまで長年のあいだEPG開発に携わってきたという経験を持っている。彼らにはすでに独自のPVRソフトを開発できる土壌が備わっていると言われている。

 いずれせよ,こうした家電メーカー,ケーブル・テレビ/衛星テレビ事業者の取り組みにより,将来はPVR技術を備えたさまざまな機器が米国の居間に置かれることになるという(掲載記事)。

 PVRは米国のベンチャーが発想した夢の録画機だったが,時代の巡り合わせが悪かったのか,成功には至らなかった。しかしそうしたベンチャーの描いた構想は形を変えて,次世代製品に受け継がれていくのだろう。