底無しの業績下降に危機感を募らせる米レコード業界が,先週,ついにネット上で海賊版音楽ファイルを交換する一般消費者まで告訴した(関連記事発表資料)。米レコード協会(RIAA:The Recording Industry Association of America)が訴えたのは,いわゆるファイル交換ネットワーク(file-sharing network)の利用者261人。彼らは,米国だけでも6000万人以上といわれる膨大な利用者全体の中から,運悪く狙い打ちされた格好。とは言え,いずれの被告も,1000曲以上の音楽ファイルをサイバー・スペース上で交換していたヘビー・ユーザーというから,目をつけられても仕方ない面はある。

 被告の中には学生,シングル・マザー,大学教授,会社員から失業者まで,市井を彩る様々な人々が含まれる。年齢的にも12歳の少女から71歳の男性まで広がっており,訴訟を起こしたレコード業界内にも困惑を隠しきれない人が多い。「子供や高齢者を起訴するなんてまるで弱い者いじめじゃないか」,と見られる恐れがあるからだ。つまりPR効果としては最悪で,下手をするとCD売り上げのさらなる低下につながる恐れがある。

 そもそもRIAA自身,蓋を開けてみるまで,訴えた相手が本当は誰かを知らなかったのだ。業界側があらかじめ承知していたのは,ヘビー・ユーザーの「プロバイダ登録名」と「IPアドレス」だけである。いかにもサイバー空間で起きた“事件”に相応しい,シュールな訴訟である。

ファイル交換サービス自体には既に合法判決が出ている

 訴えられた側でも,不意打ちを食らい驚いている人が多い。もちろん被告の大多数は違法である可能性は意識していたが,逆に12歳の少女のように,明確な罪の意識を持たないまま,音楽ファイルを交換し続けた利用者も少なくない。だいたいにおいて,もし海賊版の交換が違法なら,その手段を提供するファイル交換業者をまず訴えるべきだ,と一般利用者は考えている。

 しかし,そうした訴訟は既に起きているのだ。RIAAはこれまでいくつかのファイル交換業者を訴えてきたが,このうちGroksterとStreamCast Networks(ファイル交換ソフトMorpheusを提供)に対しては,今年の春に事実上の無罪判決が下されている(関連記事)。「ファイル交換市場を出回る海賊版の責任は,交換業者ではなく利用者が負うべき」というのが,判決の趣旨だった。当然RIAAは控訴したが,最終判決が下るまでの間,レコード業界に残された海賊版への対抗手段は,一般利用者を訴えることしかなかった。

 仮に今回の訴訟で被告に有罪判決が下れば,一曲当たり最高15万ドルの損害賠償が課せられる。一人で何千曲も交換していたヘビー・ユーザーには,一生かけても払い切れない賠償金額が課せられる恐れもある。しかし,それはレコード業界の望むところではない。先のPR効果を考えれば,一般消費者である彼らを完全に敵に回すことは,業界イメージの悪化につながるからだ。むしろ今回レコード業界は,早々とAmnesty(恩赦)プログラムを被告らに提示し,なるべく和解に持ち込もうとしている。

 このプログラムでは,被告が罪を認め,「今後,二度と海賊版の取引はしません」という誓約書にサインし,和解金(一人平均3000ドル程度)を払えば,レコード業界は訴訟を取り下げる。この申し出に応じ,先の12歳少女は“恩赦”を願い出て,レコード業界から受理された。しかも幸運にも,彼女に課せられた3000ドルの和解金は,GroksterやStreamCast Networksなどファイル交換業者が共同で支払うことになった。これはもちろん,「一般庶民の味方」という点を強調して,彼らの企業イメージを改善するためのPR戦術だ。

汚名返上にやっきになるファイル交換業者

 この戦術からわかるように,ファイル交換業者たちは今,自分たちに下された「サイバー闇市」という悪い企業イメージを払拭するのに躍起だ。確かに彼らのビジネスは建前上,合法である。というのは彼らが提供するのは,その名の通り,ネット上で様々なファイルを交換するサービスに過ぎないからだ。しかし実際のところ,そこでバーター取引されるファイルのほとんどがCDから無断コピーされた音楽ファイルである以上,「海賊版」交換業者の汚名を着せられても仕方がない。

 ファイル交換業者らは,こうした汚名をそそぐのに懸命だが,それには理由がある。彼らは今,建前だけでなく,事実上も合法的なサービスに移行しようとしているのだ。これまでファイル交換業者の主な収入は,バナーやポップ・アップ広告の売り上げだった。彼らは金額を公表しないが,そうした広告収入だけでは今後の成長は先が見えている。すなわち現在のビジネス・モデルでは,一生,“ケチな海賊版業者”として肩身の狭い思いをしなければならない。

 そこで彼らは「プレミアム・サービス」という新たな名目で,一部利用者から料金を徴収しようとしている。既にKaZaAは「Kazaa Plus」という,バナーやポップ・アップ広告などを取り払ったプレミアム・サービスを開始し,月額で約30ドルの使用料金を課している。

利用者から徴収された料金はレコード会社に支払われず

 ところが,ここから話がややこしくなるのだが,こうして徴収された料金は,今のところビタ一文,レコード業界に支払われていない。そこで交換されるファイルのほとんどがレコード会社発売のCDからコピーされた音楽であるにもかかわらず,である。

 今回,RIAAから訴えられた人たちの中には,Kazaa Plusの契約利用者も含まれている。彼らは告訴されたことが腑に落ちないと同時に,それに対し強い憤りを抱いている。なぜならKazaa Plusに毎月30ドルも支払っている以上,その売り上げの一部は当然,レコード業界へも支払われていると思っていたからだ。もしそうなら,そこで音楽ファイルを交換することは,法的に何ら問題は無いはずだ。

 ところが実は,そうしたお金はレコード業界に支払われていなかった。というより,むしろレコード業界側がKaZaAからの金を受け取ろうとしない,というのが真相である。

 KaZaAなどファイル交換業者のもくろみは,プレミアム・サービスの利用者から徴収した金額の一部を,音楽ライセンスの使用料としてレコード会社に納め,これによって自らのビジネスを真に合法化することだ。既に彼らはレコード業界に対し,こうしたビジネス・プランを提示しているが,レコード業界側が首を縦に振らない。それもそのはずで,もしこの申し出を受ければ,これからの音楽ビジネスの主導権がファイル交換業者側へと移ってしまうからだ。

新しい音楽ビジネスの形態をめぐり,主導権争いが激化

 ファイル交換業者らが勝手に思い描く,未来の音楽ビジネスはこうだ。まずミュージシャンを抱えるレコード会社(と現在呼ばれている企業)が,新曲をリリースする。それはCDという物的媒体の形をとるかもしれないし,オンライン配信になるかもしれないが,その点は大した問題ではない。いずれにせよ,この時点でいくらかの収入がレコード会社に入るから,それは今まで通り,彼らが懐に納めればいい。

 問題はここからである。そうやってリリースされた新曲は,あっという間にコピーされファイル交換市場に出回る。これはもう,レコード会社がどんな予防対策を施そうと,暗号やプロテクション破りなどのデジタル技術が隅々まで浸透した現代社会では,そうなるものと決まっているのだ。そしていずれはレコード会社もあきらめて,この事実を受け入れるであろう――これがファイル交換業者にとっての大前提である。

 こうしてネット上のファイル交換市場には数億,いずれは数十億の音楽ファイルが出回ることになる。近い将来,すべてのユーザーが市場の使用料金を払うことになるので,その一部をレコード業界側にライセンス使用料として支払うだけで,彼らには莫大な収入が転がり込む。ファイル交換業者らの試算によれば,その収入はレコード業界全体を支えるのに十分な額に達するという。

 こうしたビジネス・モデルをファイル交換業者側では,Compulsory Licensing(自動的ライセンシング)と呼ぶ。すなわち「レコード会社がリリースした曲は,すべてコピーされることを前提に,ファイル交換業者にライセンス貸与せよ」と言っているのだ。

 こんな申し出をレコード業界側が受け入れるはずがない。というのは,このビジネス・モデルではレコード業界の収入の大半は,ファイル交換業者が稼ぎ出したお金に頼らざるを得ないからだ。「俺たちが君らの業界を養ってやるから,とにかく曲のライセンスをくれよ」と持ちかけられたようなもので,レコード業界にしてみれば「我々をなめるのも,いい加減にしろ」といったところだろう。

現時点での形成はレコード業界側に有利だが・・・

 結局,最初から拒絶されることは明々白々でありながら,それに目をつむり,勝手な思い込みに基づいて開始されたのが,KaZaAのプレミアム・サービスなのである。KaZaAを運営するSharman Networks社としては,とりあえず「見切り発車」の形でユーザーから料金を徴収しておいて,レコード会社とライセンス契約が成立した時点で,曲のライセンス使用料を支払うつもりだった。このあてが完全に外れたわけだが,その迷惑を被ったのは利用者側となった。30ドルの使用料金を払ったのに告訴され,犯罪者呼ばわりされたのでは,たまったものではなかろう。

 しかし彼らを訴えたレコード会社としては,それによってファイル交換ネットワークの利用者を脅すことができれば十分なのだ。実際,Webトラフィックを計測する企業や,調査会社Forrester Researchなどの聞き取り調査によれば,「一般利用者の告訴」という異例の事態を経て,“サイバー闇市”の利用者数が明らかに減少する傾向が見られるという(関連記事)。さらに告訴された人たちの多くが恩赦を求め,和解に応ずるのは間違いなく,現時点の形勢はレコード業界側に有利に傾いている。

 しかし261人の被告の何人かは和解を拒絶し,断固としてRIAAと戦うだろう。デジタル著作権法の趣旨から判断して,実際に行われる裁判においてもレコード業界側が有利と見られている。しかしまた,その勝利が確実視されているわけでもない。レコード業界側にとって最大の問題は,サイバー・スペース上で取引される,推定8億個という膨大な海賊版の数である。ここまで大量に出回ってしまうと,「それに手を出すことが,必ずしもレコード会社の権利の侵害には当たらない」という考えも成立する。すなわち「そこに至るまで有効な対策を打ち出せなかったレコード業界側に責任がある」という論理だ。

 どちらに転ぶかは現時点では断定できないが,一般消費者を狙い撃ちした今回の裁判が,近い将来の音楽ビジネスの形態を大きく左右することは間違いない。現在は伝統的なレコード業界と新興のファイル交換業者の間で,主導権を巡る綱引きが行われている段階だ。仮に裁判でレコード業界側が敗れれば,今は非現実的とも思えるファイル交換業者のビジョンが,実現に向かって動き出す可能性も残っている。