停滞感がまん延する今日のIT業界において,将来が期待されるテクノロジの1つがグリッド・コンピューティングだろう。多くのベンダーがこのテクノロジに注目しているし(関連記事),筆者もクライアントからの問い合わせやメディアの取材などでグリッドについて聞かれることが多くなっている。

 しかし,その一方で,グリッドはアカデミックな話題であり,ビジネスの世界にはあまり縁がないテクノロジである,との認識もあるようだ。今回から数回にわたり,グリッド・コンピューティングが一般的な企業の情報システムにおいて提供する価値とその将来について分析していくこととしよう。

◆“SETI@Home=グリッド・コンピューティング”ではない

 世の中の一般的な理解では,グリッド・コンピューティングとは「インターネットに接続された世界中のパソコンの余剰能力を使って大規模な計算処理を行うこと」というものではないだろうか? つまり,宇宙からの電波の情報から地球外生命体を探索するSETI@Homeプロジェクトなどである。最近では,米Gatewayが店頭のパソコンの処理能力を組み合わせることで,計算サービスを従量制で提供するビジネスを開始している(関連記事)。

 もちろん,これらはグリッド・コンピューティングの興味深い応用ではあるが,それがグリッド・コンピューティングのすべてではない。使用するコンピューティング資源は,「パソコンの余剰能力」である必要はないし,インターネットを介さずに構内だけで完結するグリッドも存在する。グリッドの簡単な定義としては,ネットワークで接続された多数のコンピュータ上の資源を,組織の境界を越えて利用できるようにするテクノロジと考えればよいだろう(もっと細かい話は次回以降で述べていこう)。

 ご存じの方も多いと思うが,グリッドとは“格子”というよりも,“power grid”(送電線網)のアナロジから名づけられた名称である。あたかも送電線で供給される電力のように,いつでもどこでも自由にコンピューティング資源を活用できるようにすることが,グリッドの目的である。

◆グリッド・コンピューティングの価値

 グリッド・コンピューティングが提供する価値は,一般メディアがよく書いている「多数のパソコンによりスーパーコンピュータを作る」という例えからも分かるように,1台のコンピュータでは実現できない(ないしは,実現しようとすると極めて高価になってしまう)処理能力を実現することにある。しかし,それだけがグリッドの価値というわけではない。

 グリッドのもう1つの価値は,先に述べたように,いつでもどこでもコンピューティング能力を使用できる点にある。つまり,ユーティリティ・コンピューティング,パーベイシブ・コンピューティング,ユビキタス・コンピューティングなどの概念の基礎となる考え方がグリッドであるということもできる。また,本連載のPBCSの回で述べたサーバーの仮想化を実現するテクノロジであるともいえる。

 グリッド・コンピューティングが提供する価値を考える時には,処理能力の向上とユーティリティ化という2つの要素を明確に分けて考えることが重要だろう。

◆クラスタとグリッドの違い

 さて,グリッドと似た用語で,混乱しやすいものに「クラスタ」がある。クラスタもまた複数のコンピュータをネットワークで接続し,シングル・システムとして運用する形態の呼び名である。両者の違いは,
「クラスタは小規模であり,グリッドは大規模」
「クラスタは集中型で,グリッドは広域分散」
「クラスタは共用ディスク型であり,グリッドはシェアード・ナッシング型」
「クラスタには集中管理機能が存在するが,グリッドは管理機能も分散している」
などなど,様々な意見があるが,どれも両者を明確に区別するものではなく,グレー・ゾーンが存在する。

 ガートナーの見解は,両者をあまり厳密に区別する必要はないというものである。おそらく,両テクノロジの相違は今後ますます不明確になり,2007年時点では,クラスタとグリッドはテクノロジとして実質的に併合するであろう。

◆ハイプ曲線での位置付けは?

 前回もご紹介したハイプ曲線は,テクノロジの過大評価や過小評価をできるだけ避けるためにガートナーが良く使用する図である。このハイプ曲線におけるグリッド・コンピューティングの現在の位置付けを以下に示した。

図1 グリッド・コンピューティングとハイプ曲線

 重要なポイントとして,ガートナーは科学技術計算向けグリッドとビジネス・コンピューティング向けグリッドを分けて考えている点が挙げられる。

 科学技術計算向けグリッド・コンピューティングは流行期(要するにバブル期)のピークへまさに移行する段階である。つまり,今年,グリッドに対する過剰な宣伝が行われる可能性が高いといえ,それに伴なう過大評価は十分に気をつける必要があるということだ。

 一方,ビジネス・コンピューティング向けグリッドは,テクノロジとしてはまだ初期の段階にあり,主流のユーザーが安心して利用できるまでには5年以上の期間を要すると見ている。将来有望なテクノロジではあるが,今すぐに価値が提供されるわけではないという点を強調しておきたい。

 次回は,グリッド・コンピューティングの中身について,もう少しつっこんだ議論をしていくこととしよう。