前回は,今後のサーバー・インフラの管理上の課題,そして,その解決策として有望なPBCS(Policy-Based Computing Service)の基本的な考え方について説明した。今回はPBCSの機能そのものをもう少し突っ込んで解説していこう。

◆キーは仮想化にあり

 PBCSの理想はインフラの管理負荷を大幅に削減するというものだ。これを実現するためのキー・テクノロジが「仮想化」である。仮想化とは別に新しい概念ではなく,ITの世界では古くからある考え方である。仮想メモリー(バーチャル・メモリー)を知らないエンジニアはいないだろう。要するに,物理的な実体を利用者から隠し,論理的に単純な実体を利用者に見せてあげるということだ。

 仮想化テクノロジがなければ,1000台のサーバーをそのまま1000個のものとして管理せざるを得ず,複雑性を解消するというPBCSの目標は達成できない。

 今や,ネットワークの世界では仮想化という考え方は当たり前になっている。ストレージの世界でもSAN(Storage Area Network)の普及により,同一構内における同一ベンダーのストレージ製品であれば,仮想化は現実のものとなってきている。つまり,複数の物理的ディスクをあたかも巨大な一つのディスクが存在するかのように見せ,複数のサーバーから共用できる。

 最大の課題はサーバーの世界の仮想化にある。複数のサーバーを組み合わせて,あたかも1台の巨大なサーバーがあるかのように見せる,つまりシングル・システム・イメージを提供するテクノロジは,たとえば,オラクルのRAC(Real Application Clusters)やIBMメインフレーム環境の並列シスプレックスなど,現時点でも存在しないことはないのだが小規模な同機種の環境に限定されている。

 多数の分散した異機種サーバー群をシングル・システム・イメージで運用することは,今のところは夢物語でしかない。ベンダーの現実のPBCSソリューションも当面の間はネットワークとストレージの仮想化を中心として進化していくことになるだろう。

◆PBCSとグリッド・コンピューティング

 しかし,サーバーの仮想化は全くの夢というわけではない。その実現に向けた重要なテクノロジが現時点でも存在する。それこそが,今,話題になっている「グリッド・コンピューティング」である。

 そもそも「グリッド」という名称は,送電線網(power grid)で供給される電力と同じようにコンピューティング・パワーを使えるようにしようという発想から来ている。これは,コンピューティング資源,つまり,サーバーを仮想化するということに他ならない。

 今のところのグリッド・コンピューティングの応用は特定の科学技術計算処理(よく知られたSETI@Homeなど)が中心となっている。しかし,長期的に見ればグリッドがビジネス・コンピューティングでも有効活用される状況が訪れるだろう。

 多くの主流システム・ベンダー,特にIBMがグリッド・コンピューティングへの投資を強化しているのは,このテクノロジがより広範な領域で使用されることを確信しているからだ。グリッド・コンピューティングも重要なテーマなので,別途,回を改めて解説していきたいと思う。

 コンピューティング資源を電力のように使おうという発想はユーティリティ・コンピューティングにもつながる。PBCS,グリッド・コンピューティング,ユーティリティ・コンピューティング,さらには,今話題のユビキタス・コンピューティングは相互に密接に関連したテクノロジなのである。

 ちょっと話が脱線してしまったが,仮想化された資源を基盤として,前回説明したプロビジョニング,最適化,高可用性というPBCSの3大機能が提供されることになる。

◆メリットは管理負荷の削減だけではない

 上記の機能の具体的な解説は次回以降に回させていただいて,ここで,PBCSのメリットについて再確認しておこう。前回では,PBCSの価値を直感的に理解してもらうために,管理負荷の削減をPBCSのメリットとして挙げた。しかし,他にもPBCSによる重要なメリットが存在する。

1.俊敏性(アジリティ)の向上
 環境やビジネス要件の変化に迅速に対応できる能力はIT基盤にとって重要な要件となっている。PBCSによって,仮想化した資源をアプリケーションに対して直ちに割り当て可能にしておくことができるようになり(これが,プロビジョニングである),IT基盤の俊敏性は大きく向上する。アプリケーションの案件が持ち上がってから,サーバーを購入し,基盤を整備するというような“悠長な”考え方はいずれ過去のものとなっていくだろう。

2.資源の利用率の向上
 ハードウエアの価格性能比は年々向上しているし,システムの総合保有コスト(TCO)の中でハードウエアのコストが占める割合も一般には30%以下となっている(つまり,ITのコストの大部分は運用管理のための人件費なのである)。しかし,だからといって,ハードウエア資源を有効に利用しなくても良いというわけではない。今日の分散システムのサーバーやストレージの利用率は30%程度に過ぎないことが多い。つまり,多くのハードウエアが「スカスカ」の状態で使用されているわけだ。PBCSにより,ばらばらのハードウエアをまとめて仮想化し,共用可能にすることで,資源の利用率は,ほぼ100%へと飛躍的に向上するだろう。

3.サービス・レベルの向上
 アプリケーションの要件に見合ったサービス・レベル(応答時間や可用性)を提供するためのチューニングや資源の割り振り作業を人手に任せていたのでは,おのずから限界がある。PBCSにより,システムがビジネス上の優先順位に基づき(これが,ポリシー・ベースという考え方だ),自動的に最適なサービス・レベルを提供してくれるようになる。

 ちょっと抽象的な話が続いてしまったかもしれない。次回(11月7日公開予定)はIBM,Sun,HPという主流ベンダーのPBCSビジョンと具体的製品について見ていくことにしよう。