IT Pro読者のみなさん,こんにちは。ガートナージャパンの栗原潔です。今週から『情報技術の明日を読む』というタイトルで連載することになりました。ガートナーでは,今から5年先までの技術やビジネスの動向を調査して予測を立てています。

 この新連載では,このガートナーによるトレンド予測のエッセンスをご紹介します。また,個々のIT関連ニュースは追いませんが,トレンドに影響するニュースが発生した場合には,随時,分析を加えていこうと思います。日々の調査活動で得た最新情報も盛り込んでいく予定です。ご愛読のほどよろしくお願いします。
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 この連載の最初のトピックとして,サーバー・プラットフォームの世界で今静かに起きている重要な動向について数回に分けて書いていきたい。

◆ハードの性能向上に人間の管理能力が追いつかない

 サーバーの将来といえば,ほとんど先は見えている。つまり,いわゆるムーアの法則に従って1.5年で2倍程度のペースで処理能力が伸びていくだけではないか,とお考えの方も多いのではないだろうか?

 確かに,ガートナーとしてもムーアの法則は少なくとも2011年までは成立すると予測しており,処理能力の向上という点ではサーバー・テクノロジーは順調に進化していくと考えている(もちろん,ベンダーの研究開発部門の方々の大変な苦労の上に,このような進化が達成されるわけだが)。

 しかし,単にハードウエアの処理能力が向上していくだけでは,将来の大規模化するシステムを構築していくことはできない。当然のことながら,システムの規模が拡大していくとシステムの複雑性も増大していく。そして,そのようなシステムの管理は人間に頼らざるを得ないからだ。ハードウエア・テクノロジーとは異なり,人間の管理能力が1.5年間で約2倍向上していくことなどない。人間が適切な管理をできなければ,システムの安定稼働を実現することはできないのである。

 もちろん,いわゆるシステム管理ツールの採用により,システムの管理性を向上することはできる。しかし,仮に従来型のツールを使って統合コンソールからアイコン・ベースでサーバー群を監視できる環境でも,人間一人が管理できる情報量には限界がある。数百台のサーバーならなんとかなっても,数万台のサーバーを人間の目と手で管理していくのは明らかに非現実的だ。

 つまり,人間の管理能力がネックとなって,システムの規模が頭打ちになってしまうという大きなリスクが存在するわけである。サンマイクロシステムズのスコット・マクニーリ氏の言葉を借りれば,「30歳以下の人すべてをシステム管理者にしても足りない」状況になってしまうわけだ(マクニーリ氏らしい扇動的な物言いだが,その意味するところは分かっていただけるだろう)。

 システムの管理容易性を飛躍的に向上してくれるブレーク・スルーが登場しないことには未来は開けない。

◆管理者にやさしいコンピューティング

 そのブレーク・スルーこそが,ガートナーが「PBCS(Policy-Based Computing Service)」と呼ぶテクノロジだ。PBCSは,今後10年間に,段階的に採用されていく技術であり,今後,PBCSを軽視するサービス・プロバイダや情報システム部門は,競合上きわめて不利な位置に立たされることになるとガートナーは予測している。

 PBCSは絵空事ではない。現時点でも,米IBMの「eLliza」や「オートノミック(自律型)コンピューティング」,米Sun Microsystemsの「N1」,米Hewlett-Packardの「Utility Data Center」,そして,旧Compaqの「Adaptive Infrastructure」など多くのベンダーが管理性の大幅な向上を目指したビジョンや製品を発表している(これらのベンダーの動きについては,次々回に分析する予定である)。ガートナーが考えるPBCSはこれらのイニシアチブと同じ方向性にあるものだ。

 PBCSの「ポリシー・ベース」とは具体的に何を意味するのだろうか? 一般に,ITの世界で「ポリシー・ベース」といった場合には,業務上の優先順位に基づいた資源管理を指すことが多い。つまり,「サーバーAの可用性」「パケットBの優先順位」ではなく,「会計業務の可用性」「サプライヤBとの通信の優先順位」といった観点から管理を行うということである。このような機能を実現するためには,ビジネスの世界とシステムの世界を対応付けるための機能が提供されなければならない。このようなマッピング機能はPBCSの重要な構成要素の一つである。

 PBCSとは,システムの言葉でなく,人間の言葉で,可能な限り容易なシステム管理を可能とする,いわば,「管理者にやさしいコンピューティング」なのである。

◆PBCSの3つの基本機能

 PBCSの根幹をなすのは,プロビジョニング,最適化,高可用性の三つの要素である。

 プロビジョニング(provisioning)とは,サービスの迅速な提供を可能とするために,コンピューティング資源を仮想化し,プーリングしておくことをいう(このプロビジョニングという言葉は,今のITの世界において最も定義が混乱している言葉の一つだろう。この点については次回に詳しく説明していこう)

 最適化とは,システムの構成が変化したり,障害が発生したり,アプリケーションの要件が変わった時でも,システムが自律的にコンピューティング資源のチューニングを行なってくれるということである。

 高可用性とは,いうまでもなく,システムを可能な限り無停止で稼働させることである。高可用性の必要性は今に始まったことではないが,将来のユビキタス・コンピューティングを支える基盤には,従来のエンタープライズ・コンピューティング環境に求められるレベルをはるかに上回る可用性が必要とされるのは当然だろう。

 次回はこれらPBCSの機能について,もう少し突っ込んで解説していくこととしよう。