図1 「おとくライン」の加入申し込み受付を知らせる封書
図1 「おとくライン」の加入申し込み受付を知らせる封書
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図2 ソフトバンクの孫正義社長(左)と<BR>日本テレコムの倉重英樹社長(右)
図2 ソフトバンクの孫正義社長(左)と<BR>日本テレコムの倉重英樹社長(右)
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写真1
写真1●「おとくライン」の加入申し込み受付を知らせる封書
 日本テレコムの新型固定電話サービス「おとくライン」(写真1)は,ソフトバンク・グループの今後の通信事業を支える柱となる。6000万という膨大なユーザーがいる固定電話市場に売り込むことができるからだ。2月7日の段階ではおとくライン単体の受注が86万回線。このうち開通数が12万回線だった。

 ユーザー獲得のペースが落ちたADSLサービス「Yahoo! BB」の後継役としての期待もかかる。今後はユーザーの獲得目標をYahoo! BBとおとくラインのそれぞれのユーザー数を合計した数字で発表するとしている。

東西NTTとトラブル勃発

 このソフトバンク・グループの新たな主役ともいえるおとくラインを巡り,事業者間でのつばぜり合いが激しくなってきた。

 例えばNTT東西地域会社。両社は2月23日,「おとくライン」を巡り,異例とも言える抗議文書をWebサイトに掲載した(関連ページ)。その中には次のような一文がある。「日本テレコムが要請していた月数十万件の工事予定件数を大幅に下回り,準備した体制が無駄になる等の損害を被りました」。

 事の発端はある雑誌の2月15日号に掲載された日本テレコム幹部の発言。内容は,事業者間の接続交渉への返答や,おとくラインとADSLとの併用条件,開通遅れの状況などについて,いわゆる旧来のNTT的な体質を指摘したものだった。

1000回も打ち合わせして態勢を整えたのに

 この日本テレコム幹部の発言に東西NTTが「事実に反している」と反発。それが先の抗議文になった。

 NTT東日本の幹部は「今回は本当に怒った。昨年から『おとくライン』のサービス開通に向け1000回近くの打ち合わせに応じ,工事のキャパシティや受付スタッフを確保し協力体制を築き上げきた。それなのにどういうことか。記事の訂正を出してほしい」と憤る。

 当の日本テレコムは東西NTTの文書に対して「特にコメントはない」(広報室)としている。

虎の子の基本料を切り崩されたNTT

 今回の騒動に至るまで,いくつもの火種があった。

 火種の一つは東西NTTの思い。「そもそも新型固定電話が使っているドライ・カッパーはADSLのために作った制度。電話のためのものではない」(NTT西日本幹部)。その上,東西NTTはおとくラインやKDDIの「メタルプラス」など新型固定電話の登場によって,基本料金を値下げしたりプッシュ回線使用料金を無料にしたりせざるを得なくなった。それによる減収はそれぞれ数百億円に上る。

「いままでの日本テレコムとは違う」

 おとくラインの営業手法も火種の一つだ。

 おとくラインの営業には日本テレコム本体のほか,同社の代理店や元々Yahoo! BBを販売していたソフトバンク・グループの代理店などが一斉に乗り出した。結果としてADSLで繰り広げられた獲得競争が再燃。「これまでの日本テレコムは商社系列の代理店でマイラインを営業していた。おとくラインは完全にソフトバンク系。どうみてもいままでの日本テレコムとは違う営業手法」(マイラインを提供するある電話事業者)。

 NTT西日本は年明けに森下俊三社長名で日本テレコムに抗議文書を送付。通信事業者を管轄する総務省も問題の広がりを感じ取り,2月上旬に日本テレコムの担当者を呼んで,おとくラインの営業方法について説明を求めた。

 総務省総合通信基盤局消費者行政課は「総務省に寄せられた,おとくラインの代理店の勧誘についての苦情が目に付き始めた。例えばある代理店からの勧誘を断わっても,また他の代理店から勧誘が来るという。そこで日本テレコムに説明を求めた。こういった苦情が減らなければ次の手を考える」という。

 一連の事態にグループを統括する孫正義社長は2月9日の決算発表の席上,「総務省には電気通信事業法上の行政指導を受けたわけではない」としたうえで,「いままで我々の代理店をやってきているところはマネジメントをきちんとしている。ただ新たな代理店や,既存の代理店でも新たな営業員が加わったりしている。今後は代理店へのマネジメントをより強化したい」として一部代理店の営業スタンスを改めることを明言した。

 しかしNTT西日本は2月14日,他事業者による電話サービス勧誘にまつわる注意文書をWebサイトに掲載(関連ページ)。NTT西日本は「特に日本テレコムを名指ししたものではなく,従来からもあった問題」(広報室)としているが,タイミングとその内容からして日本テレコムのおとくラインに照準をあわせた可能性が高い。

IP電話を巡るADSL事業者の苦悩

 こうしたおとくラインの余波は,加入電話市場で直接対決する東西NTT以外の事業者にも広がっている。具体的には,ADSLやIP電話のサービスをエンド・ユーザーに提供している,ADSL事業者である。

 今のところ,おとくラインのユーザーが利用できる予定のADSLサービスはグループ企業であるソフトバンクBBのYahoo! BBのみ。現在,日本テレコムは各社におとくラインの上でADSLサービスを提供してもらうよう各ADSL事業者に話を持ちかけている。新型固定電話ではメタル線の管理が東西NTTから日本テレコムなど他事業者に移転。日本テレコムがメタル線の提供者として,各ADSL事業者との契約を結び直す必要があるからだ。そうしない限り,ユーザーはYahoo! BB以外のADSLサービスを使うことができない。

 しかし多くのADSL事業者が決断できずにいる。各ADSL事業者や提携するインターネット接続事業者は,ユーザーに050番号のIP電話のサービスを提供しているケースが多い。IP電話を提供中のあるADSL事業者の幹部は「ユーザーにおとくラインのメリットをどう説明するのか思いあぐねている。電話料金がほぼ変わらないのに,わざわざ変更してもらうのか」という。また,「おとくラインに加入すれば,ユーザーが050番号のIP電話の契約を解約する可能性がある」(同)と頭を悩ます。

 もっとも「おとくラインの回線数が伸びれば,そのユーザーに対して,自社のADSLを提供できるかもしれない」(同)との期待ものぞかせており,先行きは不透明のままだ。

ユーザーへのさらなる配慮を

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写真2●ソフトバンクの孫正義社長(左)と
日本テレコムの倉重英樹社長(右)
 街角のいわゆる“パラソル隊”に代表される派手なユーザー獲得手法で日本一のADSL事業者へと一気に駆け上がったソフトバンク・グループ。この成功モデルのエッセンスを日本テレコムを買収し,おとくラインへと投入した(写真2)。

 おとくラインは東西NTTが長年独占してきた電話市場に切り込んだ結果,ユーザーにとっていくつものメリットをもたらした。まず挙げられるのは電話サービスの選択肢を増やしたこと。そして電話加入権を用意したり,設置負担金を支払わなくても電話に加入できるようにしたこと。さらに東西NTTの電話基本料金の引き下げやプッシュ回線使用料金の廃止まで波及した。

 おとくラインはライフラインである固定電話サービス。ブロードバンドとは違う。ソフトバンクや日本テレコムが考えるよりも,ユーザーへの配慮をもっと慎重にするべきではないだろうか。おとくラインに期待するユーザーの顔を曇らせないためにも。

(市嶋 洋平=日経コミュニケーション

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