「状況は厳しいが,まだまだ争う意欲はある。このまま泣き寝入りするわけにはいかない」――。2月9日,ソフトバンクBBの孫正義社長は総務省から800MHz帯の免許申請が却下された同じ日に開催した決算発表の席で,徹底抗戦を宣言した。

 だが通信業界関係者の多くは,800MHz帯を巡る総務省とソフトバンクBBの対決には決着が付いたと見る。「800MHz帯の再編は総務省の威信をかけて進めているプロジェクト。今さらやり直すことはあり得ない話だろう」(通信業界に詳しい大学教授)。

 むしろ注目が集まっているのは,1.7GHz帯の割り当て動向だ。

2006年4月までに1.7GHz帯を開放

図1●総務省は2006年4月までに1.7GHz帯を開放
ソフトバンクBB,イー・アクセスのほか,NTTドコモとボーダフォンも割り当てを希望している。
 総務省は新規に割り当て可能な周波数として,1.7GHz帯のうち上りと下りを合わせて70MHz幅を2006年4月までに用意できることを明らかにしている。総務省は今後,情報通信審議会に技術的条件の検証などを諮問し,割り当て作業を進めていく。並行して免許方針案を策定。事業者の数や割り当て幅などを決定する(図1[拡大表示])。

 作業は今後順次始まるが,情報通信審議会の手続きはスムーズに進むと見られている。「これまで800MHz帯,2GHz帯で同様の作業を経ているため,やり方は大きく変わらない」(総務省)からだ。1.7GHz帯で隣接する無線システムとの干渉を調べるなどの作業を経て,今年中にも審議会からの答申が得られる見込みである。

 そうなると焦点は割当事業者。ソフトバンクBB以外にも,ADSL(asymmetric digital subscriber line)で競合するイー・アクセスが名乗りを上げているほか,既存の携帯電話事業者ではNTTドコモとボーダフォンが割り当てを希望している。

ソフトバンクが落選する可能性も

 ただし今の周波数幅では,割り当てが可能とみられている事業者は2社。立候補した4社のうち2社は落選することになる。総務省の検討会では,「既存事業者よりも新規事業者に割り当てるべきではないか」との意見が出されたが,NTTドコモも「現状当社が使っている周波数幅では,既存のユーザーに今後も安定したサービスを提供することが難しい」(中村維夫社長)と訴える。

 さらに,最終的に割当事業者を決定するのは総務省。幹部が今回の800MHz帯騒動を起こしたソフトバンクBBに激怒しているとも言われ,省内に醸造されたソフトバンクに対する“マイナス・イメージ”が事業者の選定において何らかの影響を与える可能性もある。

浮かんでは消える他事業者の買収話

 こうした状況はソフトバンクBBも敏感に感じ取っている。「冷静に今の情勢を分析したら,あまりにも周囲に敵が多すぎる」と宮川潤一取締役はぼやく。それでも,移動体通信事業への進出はソフトバンクBBの悲願。世界の通信事業者が先を争って提供を目指す固定通信と移動体通信を融合したFMC(fixed mobile convergence)サービスへの道も開ける。

 そこで,選択肢として浮上するのが他の移動体通信事業者の買収だ。2004年11月に固定通信事業者の日本テレコムを買収して固定電話サービス提供の足がかりを得たように,他事業者を買収すれば周波数を獲得できるうえ,一定の顧客基盤も確保できる。

 実際,2003~2004年ころ,ソフトバンクは移動体通信事業者の買収を画策したことがある。相手はPHS事業を展開するYOZAN。ソフトバンクBBはYOZANのPHSインフラを利用して,モバイル・サービスの提供を計画していた。だが,PHSで今後のモバイル・ブロードバンド・サービスを提供することにソフトバンクがためらったため交渉は中断。PHSでの移動体事業進出は流れてしまった。

 今年の1月にはKDDI傘下の携帯電話事業者であるツーカー・グループの買収に動いているという報道もされた。だが,KDDIの小野寺正社長は「売却するつもりはない」と明言しており,実現の可能性は低そうだ。

就任わずか4カ月でトップが交代したボーダフォン

 そんな中,業界関係者の間で「ソフトバンクが一番狙っているのではないか」との噂が絶えないのが,国内3位の携帯電話事業者であるボーダフォンだ。現在は月間の新規契約が純減と苦戦中だが,2005年2月末時点で約1500万の加入者を誇り,第3世代携帯電話サービスへの移行に力を注いでいる。

津田志郎氏  折しも,業界関係者の興味を引く出来事がボーダフォン内にぼっ発した。4月1日付けで,ボーダフォンの津田志郎代表執行役社長(写真)が代表執行役会長に就き,ボーダフォンUKからウィリアム・モロー氏が代表執行役社長に就任する人事が明らかになったのである。

 津田社長は,ボーダフォンの幹部に要請されて古巣のNTTドコモから昨年12月に就任したばかり。そのトップをわずか4カ月で交代させる人事は,他の携帯電話事業者から「早くも加入者低迷の責任を取らされたのではないか」といぶかる見方も出る。津田社長は「経営体制のさらなる強化」と強調するものの,業界関係者では額面どおりに受け取るものは多くない。

 さらに新社長に就任するモロー氏は元日本テレコム社長。2003年に米投資会社のリップルウッド・ホールディングスに日本テレコムを売却した際に,英ボーダフォン・グループ側の責任者の一人だった人物でもある。こうした経緯から,ある日本テレコム社員は「今回の(モロー氏の)社長就任も,他社への売却に向けた準備に入ったのでは」と深読みする。

「買収の話があれば交渉の席に付く」

 もっとも英ボーダフォン・グループの日本法人への投資額も半端ではない。「英ボーダフォンの日本法人への累積投資額は2兆円以上。そこまで投資した会社を簡単に手放す可能性は少ないのではないか」(ある証券アナリスト)との見方も多い。ソフトバンク自身も「他社の買収ではなく,自力での参入を目指したい」(孫社長),「他社を買収するよりも自力で参入した方がむしろ設備投資が安く済む」(宮川取締役)と,今のところ買収には否定的だ。

 ただしソフトバンクは,「(他社の)買収の話があれば,まずは交渉の席につくのが当社の方針」(宮川取締役)であるのも事実。早期の携帯電話事業参入のために,他社の買収という選択肢が入っていることは確かだ。今年中にも決まるといわれる,1.7GHz帯の割り当てに落選した場合,ソフトバンクが携帯電話業界でも再編の引き金を引く可能性がある。

【緊急連載・ソフトバンクはどこへ行く】記事一覧
●(1) 孫正義社長が800MHz帯にこだわる理由
●(2) それでも消えないボーダフォン買収の噂
●(3) 新たな主役「おとくライン」を巡る騒動
●(4) 存在感に乏しいFTTH,次の一手は
●(5) 意外に知られていない「1兆円企業」の人と組織