米Intelのマイクロプロセサ開発史上,最も大きな変革の一つとなる「Itaniumプロセサ(開発コード名:Merced)」の正式出荷が米国時間5月29日にいよいよ始まる。当初の予定より2年遅れ,開発には7年以上の歳月を要した。

 ItaniumはIntel社が市場に投入する初めての64ビット・アーキテクチャ(IA-64と呼ぶ)のマイクロプロセサである。既存のx86とは全く異なる基本構造(アーキテクチャ)を採用している。ターゲットとするのは,これまでIntel社が不得手としてきたハイエンドのサーバーやワークステーションの市場だ。

 Intel社がこれまで牙城としてきたパソコン市場では,米AMDの追い上げが厳しい。PDAなどの携帯端末やノート・パソコンの市場では,新興の米Transmetaが頭角を現している。ここで目減りする部分を,利益率の高いハイエンド・サーバー市場で補おうというのがIntel社の目論見である。

 米国の調査会社IDCによれば,価格が100万ドルを超えるハイエンド・サーバー市場におけるIntel社のシェアは,これまでのところ5%に過ぎない。この市場は,米Sun Microsystems,米Hewlett-Packard(HP),米IBMのRISCプロセサが大きなシェアを握る。

Itaniumの誤算

 では,ここに殴り込みをかける形となるItaniumの“売り”は何か。

 一つはRISCプロセサの“1.5~3倍”というコスト・パフォーマンスのはずだった。Intel社は当初,これを前面に出す予定を立てていた。サーバー市場でPCサーバーが大きなシェアを獲得したのと同じ手順を踏もうというわけだ。

 しかし,この目論見は外れる可能性が高い。コスト・パフォーマンスは当初の目標に到達しないという見方が業界関係者に少なくない。この誤算を補おうというわけでもあるまいが,Intel社は数千万ドルをかけてItaniumを売り込む大々的な広告キャンペーンを始めた。

 もう一つの売りは科学技術計算能力である。実際,現時点でItanium搭載機の採用が予想されるのは,科学技術演算などの領域に限られると業界関係者のあいだではみられている。Dell社やHP社などの主要サーバー・メーカーは,既にItaniumを採用するマシンの発売を明らかにしているが,これが全てのサーバー系列にまで拡大される公算は低い(ちなみにHP社は,IA-64の共同開発者でもある)。

 Itaniumサーバーが本格的に立ち上がるのは,2002年の出荷が予定される2代目「McKinley(開発コード名)」からというのが業界関係者の大方の予測である。Intel社はMcKinelyの後継機種として,MadisonとDeerfield(いずれも開発コード名)を開発中であることも明らかにしている。「IA-64は最低でも25年続く」(Intel社)としている同社にとって,初代Itaniumはあくまで“とば口”という位置付けと考えて間違いないだろう。

Intel版の「米百俵」?

 Intel社は,現在のIT不況を切り抜けるための資金を十分に保有している。新しいビジネスから,すぐに目に見える収益を得る必要はない。さらに2001年には120億ドルにのぼる巨費を研究開発費に注ぎこむ計画だ。2000年には27億ドルを費やして,16社の新興企業を買収した。バブルが弾け株安になった今が,企業の買い時というわけだ。

 こうした大盤振る舞いには証券アナリストからの警鐘も鳴らされているが,Intel社のCEO,Craig Barrett氏は「リセッションを乗り切るためには,むしろ開発費など次世代への準備により多くの金を注ぎ込むべきだ」とし批判を意に介していない。米国版の「米百俵」というわけである。

 いずれにせよ,Intel社が21世紀に「90年代と同様にIT業界に影響力をもつ企業であり続けられるのか」あるいは「規模が大きいだけの企業になってしまうのか」を占う一つの試金石となるItaniumプロセサが間もなく登場する。登場後のIT業界の反応を含め,Intel社の周囲から目を離せない状況がしばらく続きそうだ。

(小林 雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)
1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年)がある。

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