「話題の無線LAN対応FOMA『N900iL』が社内に導入された。しかし無線LAN経由のIP電話としての通話は音質が悪すぎて,社内でも普通の携帯電話としてしか使っていない。2割程度のエンドユーザーは端末の電源も入れていない状態」――

 筆者が過去二回にわたって執筆した記事(当該記事1当該記事2)でIP電話のトラブル経験を募集したところ,読者から思わぬ報告が舞い込んだ。書き込みを読んでビックリ。導入企業が増え始めた巷で話題の端末「N900iL」にまつわるトラブル事例だったからだ。「端末の電源も入れていない」というのは一体どういうことなのだろう?

 N900iLは,NTTドコモが「PASSAGE DUPLE」と呼ぶモバイル・セントレックス・サービスで使う端末。社外では通常の携帯電話(FOMA)として,社内では無線LANを使った携帯型IP電話として使える。まだ実際に利用している企業はそれほど多くないが,検討する企業や,導入を決めた企業は着実に増え始めている。N900iLへの移行がうまくいった企業はもちろんあるはず。だが,つまずいた企業も出始めているようだ。

 報告をくれた読者はシステム担当者ではなくエンドユーザー。N900iLをいち早く導入に踏み切った企業のエンドユーザーから,赤裸々な使い勝手を聞けるのだ。これからN900iLなどの携帯型IP電話を導入する企業にも大いに参考になるはずだ。この方には,日経コミュニケーションから連絡をとってもよいと承諾をいただいていたので,さっそく連絡をとり,詳しい状況を聞くことになった。

「電話の声が気持ち悪い」と顧客からクレーム

 名刺交換もそこそこに,投稿をくれた某システム会社(以下,A社とする)のエンドユーザー(以下,X氏とする)は,状況をかいつまんで説明してくれた。「全社員分,約350台のN900iLが導入されたのは2004年11月末のこと。導入当初から問題が続出した」(X氏)――

 無線LAN経由の通話だと音質が悪く,音切れが頻発。「おはようございます」が,「・・ようございます」となってしまう語頭が消える現象も続いたのだという。特に困ったのは顧客からの電話。「よく聞こえない」「電話の声が気持ち悪い」といったクレームにつながったのだという。

 社内だけならともかく,外線電話が“気持ちの悪い声”のままでは顧客へのイメージが悪くなる。急遽,固定のIP電話機が各グループに2~3台行きわたるように設置されることになった。固定IP電話は当初60台だけ導入し,各グループに1台ずつ設置する予定だったのだが,応急処置としてさらに80台が追加増設された。増設分の固定IP電話機80台はNTTドコモが費用負担しており,音質が改善されるまで使い続けることになったという。

 この応急処置により落ち着くかに思えたが,その後,エンドユーザーは予想外の使い方を始めた。どういう事態が起こったのか想像できるだろうか?

N900iLを通常のFOMAとしてしか使わないユーザーが急増

 「無線LAN経由の通話は音質が悪いため,エンドユーザーはかかってきた電話を固定IP電話機でとり,電話をかける際はN900iLを無線LAN経由のIP電話として使わず,普通のFOMAとして使い始めた」(X氏)のだ。

 かかってきた電話を固定IP電話でとる理由は音質のほかにもう一つあった。N900iLで電話をとってしまうと,転送がしにくいからだ。A社は,ダイヤルイン番号を各社員に付与しているが,N900iL導入時の11月は全員分の番号が用意できなかった。そのため,ほとんどの社員は所属部署の代表番号だけを名刺に記載していた。

 「代表にかかってきた電話をうっかりN900iLでとると,転送するのが大変。転送相手の内線番号を覚えていないといちいち表を見て探さないといけない。しかもうっかり机から離れたところで電話をとってしまうと,転送先の番号が分からない。これでは端末を携帯できるメリットを生かせない」(X氏)。かくしてN900iLは普通の携帯電話として利用されることになった。これでは通話コストがかさむばかりだ。

営業は900iLの電源さえ入れなくなった・・・

 では冒頭で紹介した「エンドユーザーの2割が電源も入れていない状態」というのはどういうことなのだろう。これにはA社の特殊事情も関係していた。実は営業担当の社員には,もともとNTTドコモの第2世代(2G)携帯電話「ムーバ」が,業務用に会社から配布されていた。N900iLを導入したタイミングでムーバを回収すべきだったのかもしれないが,そのままムーバは使い続けられた。

 つまり,営業担当者は,ムーバとN900iLの2台を使える状態にある。N900iLは通常のFOMA端末として使えるのは前述の通り。しかし,2Gのムーバの方が,第3世代(3G)携帯電話のFOMAよりも電波のエリアが広く,電波が届きにくい地域への出張時だけでなく,都市部でもビル内ではFOMAよりムーバの方が利用しやすいことを営業担当者は知っていた。こうなると,社内では受信も発信も固定IP電話を使い,外出時はムーバを使うようになり,N900iLを全く使わなくても業務ができてしまう。こうして3分の2くらいの営業担当者はN900iLの電源を切ってしまっていたのだという。

 音質改善のため,無線LANのアクセス・ポイントの設計見直しと,端末のファームウエアのアップデートが実施された。導入から約1カ月後の2005年1月上旬,N900iLがすべて回収され,新しいファームウエアになった。「周りの評判では,『ファームウエアのアップデート後はかなり音質が改善された』という話は聞く」(X氏)という。ただしX氏自身は,ファームウエアのアップデート後にそれほど音質が良くなったとは思えないため,今もFOMAとしてしか使っていない。

 「N900iLの導入の難しさは,無線LAN経由の音質だけではないと思う」とX氏。今までの電話業務のやり方とあまりに異なるため,エンドユーザーが電話の運用でとまどってしまうからだ。例えば前述の転送がしにくい点。また,内線番号に直接かけても,不在で電源を切っている場合や,電波の圏外ではすべて話中になる。

 A社は,ボイスメールやプレゼンス機能を導入していない。話中であると,かけた側は伝言が残せず,相手のステータスも全く分からないため急用時に大変困るのだという。「固定電話を使えばとりあえず誰かが出てメモを残せる,相手が短時間の離席なのか外出中なのかも分かる。単なる慣れなのかもしれないが,N900iLの導入に併せていきなり会社の文化や習慣は変えられず,業務効率は逆に落ちてしまう」とX氏はぼやく。

「音質も運用も問題は解決しつつある」とシステム部

 さて,エンドユーザーの立場であるX氏への取材だけでは不十分だ。N900iL導入を推進した側のシステム担当者はどう現状を説明するのか。A社のシステム担当者にも話を聞いた。