日経コミュニケーション2月1日号の特集「運用期こそ警戒を! IP電話に潜むワナ」では,IP電話にまつわる数々のトラブル事例を取り上げている。実は,本誌でIP電話のトラブル特集をやるのは2回目。第一弾はわずか4カ月前,本誌の10月号に掲載した。幸いにも読者から非常に好評を得たので,晴れて(?)第二弾の企画がスタートしたわけだ。

 しかし当初は,トラブルを抱えている企業がほかにもまだたくさんいるのかどうか,一抹の不安を抱えたままの取材開始となった。

 ところがだ,IP電話を導入済みの企業にランダムにヒアリングし始めると,出るわ出るわトラブルが。まさに“噴出”と言っても差し支えがないくらい,予想以上に多くのトラブルを抱えたユーザーに会うことができた。

導入後数カ月たっても音質が改善しない例も

 現場のネットワーク担当者が教えてくれたトラブルは,現象も原因も多種多様。IPセントレックス・サービス(関連記事)のユーザーであれば通信事業者の機器故障が原因となり,IP電話が突然使えなくなる,音が途切れる,転送できない――などの障害が起こっていた。

 内線電話を自営でIP化したユーザーの場合は,アクセス回線の混雑だけでなく,ルーターやスイッチ,IP電話制御サーバーといったありとあらゆる機器のバグや故障が原因で,やはり電話が突然使えなくなる,通話中に切れる,使っていないのに話中になる,さまざまな雑音が交じる――などに頭を悩ましていたのだ。

 中には,300台導入したIP電話機のフックがあがらなくなって,全部交換する事態になったという珍トラブルもある。障害はとりあえず解決したが根本原因は結局不明のままという事例もあるし,導入から数カ月たっても未だ解決せず,悪い音質に悩み続けるユーザーもいた。

 こうした現象や原因をズラズラと並べてしまうと「なーんだ,そんなことが原因ならすぐに解決できるのではないか?,こんなことで悩むのか?」などと思われる読者もいるかもしれない。だが,これらのトラブルは現場の担当者が予期していなかったものがほとんど。試験環境でテスト済みであっても,実環境ではなぜかトラブルが発生した例すらある。移行がうまくいき安定運用に入ったとしても,ある日突然バグが出たりするので,まったく安心はできない。

 通信事業者各社がIPセントレックス・サービスを続々と開始して約2年,内線を自営でIP化するユーザーがポツポツと出始めて7年近くの年月が経っている。ところが今回の取材で浮かび上がってきたのは,「IP電話が安定し始めた」とは未だ言い難い厳しい現実だった。当然この間,通信事業者もサービス品質の向上に努め,機器メーカーもバグや故障を減らそうと必至に努力し続けている。しかし,安定性にはまだ課題が残っているようだ。

 IP電話関連の技術が“枯れて”安定するまで,まだ時間がかかりそうなので,ユーザーは運用などで障害を防いだり,克服したりする対策が必要となる。それには,他社が経験したトラブル事例を知ることが有効だと思う。自社のIP電話の運用やトラブル対策に生かせるかもしれないからだ。本誌がIP電話トラブル特集を企画する意図は,IP電話を否定的に見ることではなく,導入ユーザーの失敗を笑うことでもないことを,ここでお断りしておく。

ヒアリングした約半数の企業でトラブル発生

 紙面に限りがあるため,今回の特集で13ページにわたって紹介した事例は9社分,トラブル数は14個である。舞台裏をお伝えすると,実際にトラブル事例を取材できた企業は十数社。細かい障害も含めると事例は30個以上になった。

 取材開始当初,トラブルに遭遇したかどうか確認するためにヒアリングの電話をした企業数は40社近くである。サンプルが少なすぎるので統計的な数字とは言えず,あくまで参考ではあるが,事前にヒアリングした企業の約半分が,多かれ少なかれ何らかのトラブルに遭遇していたことになる。これらの企業のIP電話導入時期は1998年~2004年秋までと,それぞれ幅広く散らばっていた。導入時期が遅ければ遅いほどトラブルに会う可能性が低いとも言えない。

 やや古い数字で恐縮だが,本誌が2004年7月~8月に実施した日本最大の企業ネット実態調査(調査対象は3748社,有効回答企業数は1312社)では,22.4%の企業が「VoIP(voice over IP)内線網を既に構築済み」と答えた。12.3%の企業が「2004年下期か2005年中にVoIP内線網を構築予定」と回答しており,「時期は未定だが,IP電話導入を検討する」との回答は27.1%あった。今後も続々とIP電話が企業に入り始めることが数字で裏付けられているが,この中の少なからぬ企業がなんらかのトラブルに見舞われる可能性は高そうだ。

IP電話導入を後悔している企業はいなかった

 ただし取材をさせていただいた範囲では,多くのトラブルに遭遇しながらも,IP電話の導入を後悔していた企業は1社もいなかった。これは特筆すべきことだろう。IP電話導入がまだ一般的でない1998年ころから,内線電話のIP化に取り組んだ企業ですら,「IP電話の導入は時期尚早だった」と悔やむことなく,創意工夫で対処してきたという。

 トラブルを経験して頭を悩ませた企業が,IP電話導入を悔やんでいない理由としてあげたのは,IP電話のコストの安さだけではなかった。ボイス・メッセージやプレゼンス機能,グループウエアとの連携など,業務スタイルの変革と効率化を狙える“IP電話の将来性”への期待も大きい。数多くのトラブル経験は,障害切り分けや今後の運用の貴重なノウハウになる,と極めて生産的に考える企業も多い。

 時代の流れを考えると取材をさせていただいた企業だけでなく,IP電話のトラブルに悩みつつも,導入を後悔している企業は,実はほぼゼロに近いくらい少数なのではないかと,筆者は考えている。「NTTが『加入電話網をいずれ捨てる』と宣言する時代に,企業がレガシーの電話に固執する理由がない」というのは,IP電話を導入したある企業の取締役の言葉。実に象徴的だ。このほか,「たとえトラブルが多発しても導入を後悔している場合ではなく,前向きに対処していくべきだ」という,多くのネットワーク担当者の決意を取材しながら感じた。

 とはいえ,筆者が聞いた「後悔していない」という声は,ネットワーク担当者の強がりかもしれず,「実は後悔している」とは,導入を決めた担当者としては口が裂けても言えないのかもしれない。さらに,エンドユーザーの方はネットワーク担当者とは別の意見の可能性もある。「ネットワーク担当者はIP電話を導入して満足しているようだが,エンド・ユーザーとしては使いにくくて困る」・・・などだ。

 ということで筆者はこの場を借り,IP電話を導入,利用されている方々の本音の声を幅広く聞いてみたいと思っている。導入を実は後悔しているネットワーク担当者や導入を恨めしく思って毎日使っているエンドユーザーの方も,もしいらしたらご協力いただけないだろうか。何に不満があり後悔しているのか,ぜひご意見をいただきたい。

 おそらくその意見はIP電話が今後,必ず克服しなければならない重要なものばかりだと思うからだ。結果は,日経コミュニケーションが本誌やIT Proサイトでお伝えする予定である。ユーザーや機器メーカー,通信事業者が課題として共有し,前向きに解決できれば有益だと思う。

(宗像 誠之=日経コミュニケーション)