お盆の頃,何気なくITProのトップページを見ると,筆者がちょうど2年前に書いた記者の眼が「昨日のヒット・ランキング」や「参考になったランキング」の上位に顔を出していた。

 2年前の記事とは 「ペース・メーカーの利用者には事実を伝えるべきだ」というもの。携帯電話によるペース・メーカーへの影響について意見したものだった。記事公開時には数多くのアクセスと130ものコメントをいただいた。その後,それらのコメントに答える記事も執筆した。

 この2年のあいだに筆者は日経バイトから日経コミュニケーションに異動になっている。そんな前の記事がなぜ今になって読まれているのだろうか――。IT Pro編集部に問い合わせてみたが,「大手ポータル・サイト経由でのアクセスが多いが,詳しくは分からない」と言う。

携帯電話を“圏外”にアンテナを調整

 自分なりにその理由を調べてみると,あるニュースに目が留まった。大手メーカーによる心臓ペース・メーカーの回収である。発表は8月9日なので,時期的にはつじつまが合いそうだ。

 そうこう調べているうちに,もう1つ気になるニュースを見つけた。名古屋の地下鉄が,この9月にも心臓ペース・メーカーへの影響をかんがみてホームや車内で携帯電話を利用できないようにする,というのである。

 早速,名古屋市営地下鉄を運営している同市交通局に問い合わせてみた。すると,「もともとホームは携帯電話の通話エリアから外している。改札階などコンコースに置いたアンテナからの電波をホームや車内で拾っていた」(資産活用課)。そこで,「コンコースのアンテナを交換したり向きを変えるなどで,ホームに電波が届かないようにした。ペース・メーカーで問題が起きた事例はないが,何か起こってからでは遅いと思い手を打った」(同)という。これは初耳だった。

 筆者は,車内でのマナーは全国的に「優先席付近では携帯電話の電源をお切りいただき,その他の場所ではマナーモードに設定のうえ通話はご遠慮ください」に統一したものだとばかり思っていた。このルールは関東圏では昨年の9月から実施された。筆者が毎日利用している地下鉄(東京メトロ有楽町線)でもそうだ。

 ところが,この認識は間違っていた。全国の鉄道事業者の対応を調べてみたところ,全国の主要な10の地下鉄のうち,半分が「車内では電源オフ」もしくはそれに順ずるマナーを掲げていた(関連記事)。横浜市交通局のようにすべての座席を「優先席」に設定しているので,車内は電源オフというところもある。JRグループはJR東海以外の全社が統一マナーを採用していた。

FOMAのアンテナはホームに設置

 名古屋市営地下鉄の取り組みには続きがある。

 実は携帯電話の方式を限定して,ホームでも使えるようにしているのだ。NTTドコモやボーダフォンが採用している第3世代のW-CDMA方式の携帯電話については,この4月からホームへのアンテナ設置を許可し,利用できるようにしている。

 この判断のよりどころとなっているデータがある。2年前に総務省や厚生労働省などが中心となって実施した心臓ペース・メーカーと携帯電話の影響実験の結果である(総務省の発表資料)。冒頭で述べた2年前の記者の眼もこの結果を元に執筆した。

 実験では最大124台のペース・メーカーと,PDC(NTTドコモとボーダフォンの第2世代携帯),W-CDMA(NTTドコモとボーダフォンの第3世代携帯),cdmaOne(auの第2世代携帯)およびCDMA2000 1x(auの第3世代携帯),PHSの5方式の組み合わせを試し,安全な距離を算出している。

 具体的には,ペース・メーカーに携帯電話の端末を近づけて,ペース・メーカーが誤作動した際の距離を測定した。誤動作しなかったペース・メーカーの方が多かったのだが,誤動作した距離の最大値が以下の表である。実験用に端末が出す電波の出力が常に最大になるように設定して実験したという。

表1●実機による誤動作が起きた距離の最大値
通信方式 最大干渉距離
W-CDMA 1.0cm
cdmaOne 1.8cm
PDC(1.5GHz帯) 4cm
PDC(800MHz帯) 11.5cm


 名古屋市交通局ではこの値に安全係数としてルート2をかけた値を,安全な距離として評価していった。そして,「2cmあれば人間の体の肉厚を考慮すれば安全」(資産活用課)を目安に,ホームでの利用を許可することにした。ルート2をかけるとW-CDMAは約1.4cm,cdmaOneは約2.5cmとなり,ここからW-CDMAだけが許されたのである。

実はPHSもOKか,一番の“優等生”

 実機による計測ではPHSとCDMA2000 1x端末はなかったが,携帯電話機のシミュレータを用いた計測値はある。シミュレータの結果は表2の通りである。実機とシミュレータの両方がある通信方式の計測値を比較すると,シミュレータの方がより強い電波を出しているようだ。

表2●電話機のシミュレータによる誤動作が起きた距離の最大値
通信方式 最大干渉距離
PHS 2.5cm
W-CDMA 3.5cm
cdmaOne/CDMA2000 1x 6cm
PDC(1.5GHz帯) 6cm
PDC(800MHz帯) 15.5cm

 このシミュレータによる結果からすると,PHSの影響が最も少ない。実際,筆者が2年前に日経バイトの特集記事を執筆するため,専用測定器を借りて端末付近の電界強度(V/m)を調べた際も,PHSが一番弱いという同様の傾向だった。名古屋市交通局は「PHSによりどころとなる実機の結果が出れば検討する」(資産活用課)という。

名古屋以外は抜本取り組みに消極的

 方式を限定してホームに電波を届かないようにする“名古屋方式”は現時点でベストな方法といえる。

 携帯電話をマナーモードにしていても外部から着信はする。そして着信時には,通話時よりも電磁波の強度が1桁も2桁も跳ね上がることがあるからだ。現在は傾向が変わっているかもしれないが,2年前の最新端末ではそうだった(日経バイト2002年9月号特集「電磁波影響の研究」を参照していただきたい)。

 もっとも現時点では,全国にあるほかの地下鉄9事業者は「名古屋のような対応は予定していない」と口をそろえる。また,地上を走る鉄道の場合は周囲のアンテナから電波を受けるので対策の打ちようがない。

 地下鉄で電源オフが多いのはそれなりの理由がある。

 1つは地下鉄では,ホーム内に携帯電話やPHSのアンテナを設置する場合があり,遠くのアンテナから電波を受ける地上の列車に比べると,より強い電波となる可能性があること。トンネルを抜けて電波が届けば端末とアンテナとのやり取りが始まり,音声通話やメールが着信することもある。

 もう1つは携帯電話機が出す電波の出力レベルである。トンネルに入った車内で利用するとアンテナから端末への電波はどんどん弱くなる。利用中の場合は,接続が切れないように端末から出す電波の出力を上げる場合もある。では名古屋の地下鉄のように完全に電波が届かない場合はどうなるのか。