NTTドコモが定額のPHSデータ通信サービス「@FreeD」(アットフリード)の提供を4月1日に始めると発表した。このニュースを聞いてふと,「もしかしたらこれで,事業者が提供する無線LANアクセス・サービスはおしまいなんじゃないか?」と思ってしまった。なぜか。今回はそのあたりを書いてみたい。

  定額のPHSデータ通信サービスと無線LANアクセス・サービス――。どちらも改めて説明することはないだろう。定額のPHSデータ通信サービスは,DDIポケットが「AirH"」(エアエッジ)としてすでに提供中。関西エリアでPHS事業を展開するケイ・オプティコムなど旧アステル・グループにも,PHSを活用した月額定額のデータ通信サービスを提供しているところがある。文字通り,月額定額料金でPHSのデータ通信が使い放題になるサービスである。一方の無線LANアクセス・サービスは,無線LAN技術を使い,喫茶店やホテル,駅や空港など人の多く集まる場所で高速インターネット接続ができる環境を提供する通信サービスだ。

 見た目はまったく異なるこの二つのサービス。サービスを提供する事業者からすると「大量のデータを高速でダウンロードできる無線LANアクセス・サービスと定額PHSサービスは別のニーズを満たすもの」(NTTドコモ)という。しかし,どちらも,自宅やオフィス以外の場所でネットワークを利用するユーザーがターゲットとなる点は同じ。両者が競合すると考えるのは自然だ。

 そうなると両者を比較してみたくなる。無料ならいざ知らず,料金を支払って両方のサービスを併用するというのは考えにくいからだ。そうして考えた結果が冒頭の思いになったわけである。

 ちなみに,今回対象とするのは,通信サービスとしての無線LANアクセス・サービス。メルコの主導で設立したFREESPOT協議会が中心に展開している「FREESPOT」など,ユーザー登録なしで通信料金もかからない無線LANアクセス・サービスは比較の対象としていない(関連記事)。この点をあらかじめお断りしておく。

料金は無線LANアクセス・サービスに軍配が上がるが・・・

 まず,料金から比べてみよう。通信サービスを比較するうえで,料金の比較は欠かせない。

 定額PHSサービスから見ると,DDIポケットのAirH"(32kビット/秒パケット通信)向け「つなぎ放題コース」が月額5800円。これに3500円加えると128kビット/秒のパケット通信も使い放題になる。NTTドコモが4月に始める@FreeDは32kもしくは64kビット/秒の回線交換で,月額4880円。年額だと4万8000円である。両社のサービスとも,別途プロバイダの契約が必要となる(ただし,@niftyやBIGLOBE,so-netといった大手プロバイダのADSLサービスやFTTHサービスを利用しているユーザーなら,追加料金なしに利用できる)。

 それに対して,無線LANアクセス・サービスの料金はかなり安い。本サービスを始めているNTTコミュニケーションズの料金を見ると,月額1600円の定額制。1日500円で利用できるプリペイド・カードも販売している。この料金だけで,プロバイダの契約なしに利用できる。@niftyやso-netといった大手プロバイダは,NTTコムから無線LANアクセス環境を借り受けて,自社のユーザー向けに無線LANアクセス・サービスを提供している。こちらのほうが料金は割安で,@niftyの場合で月額1400円もしくは1日当たり350円となっている。

 今なら無料で利用できる試験サービスもいろいろある。ソフトバンクBBの「Yahoo!BBモバイル」や日本テレコムとJR東日本が共同で展開中の「無線による駅でのインターネット接続実験」などだ。Yahoo!BBモバイルは,試験サービス開始時点に月額1580円(Yahoo!BBユーザーなら月額980円)という料金を発表しているが,「料金は本サービス開始時に改めて決める。ただし,まだまだ正式サービスに移行するのは先になりそう」(ソフトバンクBB)という。

 通信速度でも無線LANアクセス・サービスが圧倒的に速い。128kビット/秒のPHSに対して無線LANアクセス・サービスは伝送速度11Mビット/秒のIEEE802.11b無線LANを使うのが主流。一部では36Mビット/秒のサービスもある。

 ここまで見れば,無線LANアクセス・サービスに軍配が上がりそうだ。でも,肝心な点で無線LANアクセス・サービスはPHSにかなわない。それは,サービス・エリアの広さだ。

最大のポイントはエリア

 自宅やオフィスを離れた外出先で使うとなると,ユーザーとしていちばん気になるのはエリアだろう。どこでも使いたいときに使えないと,満足できないユーザーが多くいるはず。無線LANアクセス・サービスとPHSでこの点を比べたら,結果は明らか。無線LANアクセス・サービスがPHSにかなうはずがない。PHSは街中ならほぼどこでも利用できる。地下の店舗や地下鉄に乗っている間など,使えないエリアは限られている。

 それに対して無線LANアクセス・サービスは,無線LANの設備がある限られた場所でしか利用できない。「街角無線インターネット」をウリにPHSのように広いエリアでのサービスを狙ったモバイルインターネットサービス(MIS)のような事業者もあったが,今年の1月1日で無線LANアクセス・サービス事業から撤退したというニュースを覚えている読者も多いだろう(関連記事)。つまり,無線LANアクセス・サービスでは,広いエリアをカバーするサービスはないのである。

 しかも,サービスを提供する事業者各社は無線LANアクセス・サービスの“陣取り合戦”をしている状況。例えば,「Yahoo!BBモバイル」を展開するソフトバンクBBはマクドナルドやスターバックスなどのチェーン店に無線LAN設備を置いてエリア展開しているし,NTTコミュニケーションズの「HOTSPOT」はモスバーガーやミニストップ,プリンスホテルなどをエリアとしている。

 だれもがこれらの無線LANアクセス・サービスすべてを使えたらだいぶ便利になるだろうが,それでもPHSのエリアにはかなわない。また,事業者ごとに別々の契約やユーザー登録が必要となるケースが多く,街中の無線LANアクセス・サービスすべてを利用するために各サービスにユーザー登録して料金を支払うというのは現実的な対策とはいえない。しかも,チェーン店すべてで無線LANアクセス・サービスを利用できるところまで設備が行き届いていない。

 これでは,どこでも使えるという状況にはほど遠い。無線LANアクセス・サービスを頼りにするなら,あらかじめ利用できるスポットを確認しておかなければならないという話になる。

 使える場所が制限されるというのはモバイル・サービスにとって致命傷だ。AirH"を提供するDDIポケットに,エリアが限られている無線LANアクセス・サービスに対してコメントを求めたところ,自らの経験を引き合いに出して,「PHSのサービス開始当初,エリアが狭いために痛い目にあった。逆にそのおかげで,今は広いエリアをカバーできている。モバイル・サービスが受け入れられるかどうかは,エリアが大きく影響する」と語ってくれた。

 通信する必要性があってノート・パソコンを持ち歩いているユーザーは,「どこでも通信したい」というニーズが強いはず。そうしたユーザーは,料金が安くエリアが限定されている無線LANアクセス・サービスより,サービス単体では高いが,どこでも使える定額PHSサービスの方が結局は割安だと考えるのではないか。これが,筆者の考えた最大の理由である。

こうしたサービスはだれが使うのか

 この理由を理解していただくには,補足が必要かもしれない。それは,こうしたサービスのニーズがどこにあるかという点だ。つまり,「通信する必要性があってノート・パソコンを持ち歩いているユーザー」とはどんなユーザーなのかという点である。

 それを考えるうえで参考としたのが,日本テレコムとJR東日本がまとめたモニター・アンケートの結果である。両社は,2002年2月から11月まで,JR東京駅周辺で無線LANアクセス・サービス利用実験を実施しており,利用者からのアンケートをまとめている。

 注目したのは「利用用途」,つまり無線LANアクセス・サービスを何に使ったのかという項目である。詳しい結果は公開されていないが,「メール」「乗り換え・運行情報検索」「駅周辺情報収集(地図)」「最新情報収集(ニュース)」「仕事上の情報収集」「会社や学校のLANへの接続」といった用途が列挙されている。

 しかし,メールを確認するだけなら,無線LANアクセス・サービスどころか定額PHSサービスさえいらない。ノート・パソコンを持ち歩くまでもなく,携帯電話機だけで済むからだ。電車の乗り換えや運行情報の検索も,iモードなどで可能。そう考えると,定額PHSサービスや無線LANアクセス・サービスを利用するのは,何らかの理由でノート・パソコンを持ち歩くユーザーに限られる。

 しかも,ノート・パソコンが内蔵するモデムを公衆電話につないだり,携帯電話やPHS端末を接続してダイヤルアップでネットワークにアクセスして事足りるようなユーザーではない。実は筆者もノート・パソコンを持ち歩いてはいるが,データ通信する場合はPHSに接続して利用している。

 こうした代替手段では満足できないユーザーが定額PHSや無線LANアクセス・サービスを利用しようと考えるのだろう。日常的に外出先で大量のデータをやりとりするニーズがあれば,無線LANアクセス・サービスを選ぶユーザーもいるだろうが,筆者はそうしたユーザー像を想像できなかった。想像できたのは,例えば,ほとんどオフィスに戻らないが,1時間ごとに多数のメールをチェックし,それに返信しなければならないようなマネージャや営業マンなど,つまり「通信する必要性があってノート・パソコンを持ち歩いているユーザー」である。

 こうしたユーザー像を想定すると,スピードよりエリアを重視するのは当然だろう。「高速だから」や「安いから」という理由で無線LANアクセス・サービスを利用しようというユーザーはかなりの少数派だと思われる。

セキュリティの不安が無線LANアクセス・サービスの足を引っ張る

 もう一つの理由として,無線LANのセキュリティに不安を感じているユーザーが多い点も挙げられるだろう。企業の無線LANが外から丸見えだったというニュースが多く報じられたのは記憶に新しいところ(関連記事)。最近も,百貨店の無線LANで顧客の個人情報が筒抜けだったというニュースがあったばかりだ(関連記事1関連記事2)。無線LANを安心して使える標準的なセキュリティ技術が決まったのはつい最近の話。まだまだ実際の製品に装備されていないのが現状だ。

 こうしたニュースから「無線LAN=危険」という印象を持ってしまったユーザーは,あえて無線LANアクセス・サービスを利用しようとは思わないのではないだろうか。実際には,メーカー独自の機能や運用でさまざまなセキュリティ対策がなされてきたとしても,とくに「通信する必要性があってノート・パソコンを持ち歩いているユーザー」は安心して使いづらいだろう。

 また,料金面で無線LANアクセス・サービスに差をつけられている定額PHSサービスだが,これは改善される見通しがある。なぜなら,定額のPHSデータ通信サービスで競争が始まったからだ。

 AirH"のユーザー数は,「2003年2月末時点で73万」(DDIポケット)。それが,NTTドコモの参入でサービスの認知度が向上し,ユーザー数はさらに増えると見られる。両社で競争が始まれば,定額PHSサービスはこれまで以上に使いやすく変わっていくだろう。料金が値下げされる可能性が高くなるだけでなく,通信速度などのサービス品質でも競争になり,サービスとして洗練されていくはずである。

 もちろん,料金が安く多数の事業者が参入している無線LANアクセス・サービスでも競争は激しくなるだろう。ただ,無線LANアクセス・サービスの場合,事業者間の競争がユーザー側のメリットになるとは限らない。提供スポットの数を競っても,他の事業者のスポットで利用できないことに変化がないかぎり,ユーザーが最も重視する「どこでも使えるサービス」にはならないからである。

「ご意見・反論,お待ちしています」

 無線LANアクセス・サービスにとってなかなか悲観的な記事になってしまった。読者の中には「そんなことはない」と思っておられる方も多いと思う。そういう方は,ぜひコメントをお寄せいただきたい(記事末の「FeedBack!」欄,またはIT Pro編集部あてメールiteditor@nikkeibp.co.jpでどうぞ)。できることなら,お寄せいただいたコメントにお答えする機会も持ちたいと考えている。実は筆者も,まだまだ無線LANアクセス・サービスには期待したい部分がある。その辺りも合わせてご報告したい。

 ここで繰り返しておくが,今回の記事で対象としたのは有料の無線LANアクセス・サービスである。無料で無線LANアクセスを顧客に開放している店舗まで否定するつもりはない。あくまで通信サービス(通信を提供することでその対価を受け取るビジネス)の話ということをご理解いただきたい。

(藤川 雅朗=日経NETWORK副編集長)

【追記:2003-03-25】
関西エリアでPHS事業を展開するケイ・オプティコムや中国地方の中国情報システムサービス,東北地方の東北インテリジェント通信など,アステル・グループのPHS事業を受け継いだ各事業者も定額PHSサービスを提供しています。このため,本文最初から2段落目に,この内容を追記いたしました。同時に「定額PHSサービスはこれまでDDIポケットのAirH"だけだった」との記述を削除いたしました。以上,おわびして訂正します。