5月は携帯電話事業者が夏商戦向け端末を華々しく発表する時期である。19日にはNTTドコモとソフトバンクモバイルが相次いで新端末を発表(関連記事1関連記事2)。1週間後の25日にはKDDIが発表した(関連記事)。

 端末だけでなく,携帯コンテンツも最近話題に上ることが多い。例えば,官民共同で国際展開への布石が着々と打たれているといったニュースだ。具体的には5月11日に設立された「日中モバイルブロードバンド合作推進会」(関連記事)などが挙げられるだろう。日本が先行する携帯電話向けのコンテンツやアプリケーションの分野で,日中の協力体制を築くという。

 こうした端末の利用やコンテンツの流通を足下で支えるのが,携帯電話事業者のネットワークである。その運用体制が,少しずつだが変わり始めている。特に変化が見えてきたのが,端末が最初に接続する相手である基地局の運用・監視体制だ。携帯電話事業者の場合,免許が必要な基地局を保有することは,すなわち特定の周波数帯の電波を使えることを意味する。事業の根幹とも言えるが,このあり方が運用・監視体制の変化とともに変わろうとしているのだ。以下でその変化を見ていこう。

基地局の障害はアラームで通知,それを支える体制に変化

 携帯電話の基地局の運用・監視に長くかかわっている関係者に話を聞くと,現在起こっている変化は大きく二つ。一つは,海外の基地局メーカーが運用・監視に対して以前にも増して大きく,そして深く関与するようになっていること。二つ目は,運用・監視業務の中で大きな役割を担っている大手通信建設業者を“中抜き”する動きが出始めていること――である。その背景には,基地局など設備分野における日本メーカーの相対的な地位の低下と,事業者側のコスト削減要求があると関係者は説明する。

 ここでいったん,基地局の運用・監視について整理しておこう。まず,基本的なこととして理解しておきたいのは,運用・監視業務は携帯電話事業者が単独で実施しているものではないということだ。水平分離が進んでいるように見えるが,現実には事業者を頂点とした強固な垂直的な組織体制が運用・監視を担っている。携帯電話事業者系エンジニアリング会社や基地局メーカー,メーカー系エンジニアリング会社,通信建設会社,さらにはその2次請け,3次請け業者など多くの関係者が運用・監視体制を支えている。

 基地局に障害が発生すると,MTSO(mobile telephone switching office)やNOC(network operation center)と呼ばれる施設に即座にアラームが上がる仕組みができている。MTSOやNOCの数およびカバー範囲は事業者によって異なるものの,アラームが上がった後の対応はどの事業者もほぼ同じだという。(1)該当する基地局がどのエリアにあるかを確認し,(2)各エリアを担当する業者へ情報を伝え,(3)該当エリアの担当業者が現場に駆け付けて対応する,という流れである。アラームが鳴ってから障害が完全復旧するまでの時間は,携帯電話事業者と担当する業者の間のSLA(service level agreement)に基づく。例えば障害発生から2時間で現場に急行して復旧させる「2時間駆け付け」といったSLAがあるという。

 この現場対応と並行して,障害が発生した基地局の近くにある別の基地局の設定をリモートから調整し,障害発生エリアを一時的にカバーするといった対策が取られることもあるという。また,障害発生のアラームが鳴ったからといって,必ずしも「駆け付け保守」になるというわけではない。「自然復旧」することもあるそうだ。トラフィックの一時的な集中でアラームが鳴ったというようなケースだ。さらに前述の関係者によると,「アラームが鳴ったらまずは再起動」という運用が一般的になっているという。アラームが鳴った場合,最初に基地局に接続されている固定回線側の障害か,基地局自体の障害かを切り分ける。基地局側の障害の場合,まずはリモートから基地局を再起動することで復旧するケースが意外に多いという。

海外基地局メーカーが,直接NOCを運営しサポート

 こうした運用・監視は24時間365日,休むことなく続けられている。この体制があるおかげで,ユーザーは携帯電話をいつでも安心して使うことができるというわけだ。そんな中,今運用・監視の現場で進んでいるのが前述した2点の動きである。繰り返すと,(1)海外の基地局メーカーの運用・監視に対する関与の増大,(2)大手通信建設業者の“中抜き”――である。(1)については海外メーカー製基地局を採用する以上,致し方ない面もあるだろう。基地局のことを最も詳しく知っているのは,その機器を開発したメーカー自身だからだ。実際,ある事業者のNOCは基地局メーカーが運営しているという。

 (2)の考え方はシンプルだ。現状だとMTSOやNOCでアラームが鳴った場合,現場対応が必要となれば,大手通信建設会社などの1次請け業者から,該当地域を担当する2次請け,3次請け業者へと処理が流れていく。このフローを見直すのが(2)である。MTSOやNOCが,直接最終対応業者に連絡すれば,効率のよい保守体制が築けるとの発想だ。これは(1)と密接に関係している。MTSOやNOCを基地局メーカーが運営していれば,そのメーカーが保有する保守部品をバイク便や小型トラック便などで直接現場に発送し,現場へ向かう業者が保守部品を調達するために途中で“寄り道”する時間が節約できる。そうすれば障害対応は以前よりも迅速にできるというわけだ。現在,こうした体制作りのため,最終業者の名簿集めに奔走しているメーカーがあるという。

インフラ共用化のための“地ならし”?

 筆者は,こうした体制の変化を否定するつもりはない。障害への対応が早くなったり,障害そのものが減ったりするのであれば,それはユーザーにとっては望ましいことだからだ。ただ,気になることがある。運用・監視体制のこうした変化は,基地局の共用化を後押しするようにように見えることだ。

 現在,携帯電話事業者間で鉄塔などの基地局設備の共用化を要望する動きが出始めている(関連記事)。さらに欧州では一歩進んで,基地局を含めた携帯電話のインフラそのものを事業者同士が共用化できるような規制緩和が進んでいる。共用化する場合,必ずや問題となるのが「誰がその設備を保守・運用するのか」ということだ。こうしたことを考えると,運用・監視体制の変化は,日本での設備共用化のための“地ならし”に思えてならないのだ。

 基地局を含めた携帯電話のインフラの共用化は,これまで事業者に連なる垂直統合的な世界で保守や運用・監視を担ってきた大手通信建設会社だけでなく,設備を自ら保有することを誇りとする携帯電話事業者のあり方にまで大きくかかわる問題である。現状は運用・監視体制という一部の変化にしか見えないが,それが業界を変える蟻の一穴となるかもしれない。