画面越しの相手が目の前に“いる”と錯覚するほどの臨場感を標榜するテレビ会議「テレプレゼンス」。2006年に米Hewlett-Packardと米Cisco Systemsが製品を投入して以来,各社のデモを体験してきた。文字通りのプレゼンスを感じる場面がないわけではないが,対面会議に比べれば物足りない。東京-名古屋を最短40分で結ぶ2025年開業予定の東海道新幹線バイパス,いわゆるリニア中央新幹線の進捗を耳にするたびに,その思いが強くなる。

 テレプレゼンスとは,「バーチャル会議室」なり,「バーチャル演台」なりを,壁紙や照明の効果を計算したうえで作り出すソリューションだ(関連記事「あたかも同じ会議室にいるように,テレプレゼンスに進化するテレビ会議システム」)。内装工事を伴う関係上,しめて云千万円,という高額商品である。それだけに合理的な買い物になり得るユーザーはグローバル企業が中心で,各社のプレゼンテーションでは,「プライベート・ジェットで飛び回るよりオトク」とか「二酸化炭素排出量をこれだけ減らせてエコ」という文句が踊るのが常だ。

 しかしそのうたい文句について,筆者はかねてから懐疑的だった。「テレプレゼンス」という割に,たいして「プレゼンス」を感じなかったからだ。それは結局ディスプレイやスピーカーを通しての疑似体験だから仕方がない,と思い込んでいたのだが,一部のメーカーが提供するテレプレゼンスは少し趣が異なっていた。

 そこには確かに没入感,プレゼンスがあったのだ。

没入感の演出でしのぎを削る

写真●ポリコムジャパンのテレプレゼンス施設
写真●ポリコムジャパンのテレプレゼンス施設「Polycom RPX HDデモルーム」
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 そのメーカーとは,テレビ会議システム大手の米Polycomである。他社とのアプローチの違いは,カメラ配置の妙が生み出す視線の自然さにある。カメラの高さを着席した人間の目と同じ高さに配置することで,視線が一致するよう工夫しているのだ(写真)。

 テレプレゼンスに限らず,テレビ会議システムのカメラはたいていディスプレイの上や下に置いてある。当然,頭上にあるカメラの映像は,どうしても見下ろす格好になり,下にあればその逆の現象が生じる。かといって目の高さに合わせればカメラが視界に入り没入感をそこなう。ディスプレイの間に配置する手もあるが,ただでさえ目障りなプラズマや液晶の額縁が邪魔をする。

 一方ポリコムのテレプレゼンス・ソリューションでは,ディスプレイにリア・プロジェクタを使う。白色スクリーンに背後から投影する構造のため,任意の場所に「穴」を開けられるからだ。リアプロを複数台並べ,目線の辺りの高さに穴を開ける。その穴からカメラを覗かせる。

 当然,穴の部分はぽっかりと黒い見た目になるのだが,人と人の間にくるように配置するなどなるべく目立たないようにしている。プラズマ・ディスプレイなどでは避けられない額縁もない。トレードオフとして照明下での画質,特にコントラスト比はプラズマや液晶に一歩劣るのだが,アイ・コンタクトの自然さによる没入感がその弱点を忘れさせる。

2025年,リニア中央新幹線の開業時の到達点を思う

 それでも,と残念に思うのは,ポリコムのソリューションもカメラの位置を教えてもらった後は画面に空いた穴が気になる点だ。何も気がつかずにテレビ会議に参加していた時の没入感は,だいぶそがれてしまった。スキャナ兼液晶ディスプレイが可能なのだから,ディスプレイとカメラの融合はいつかできるはず,ヘッドマウント・ディスプレイ(HMD)を付けてカメラごと見えなくしてしまえ,HMDを付けた姿は奇異に映るだろうが,拡張現実が普及すれば問題ない,などと技術進化の加速を期待してしまう。

 テレプレゼンスに期待と失望の両方を味わっていた頃,耳にしたのが「リニア・モーターカー」実用化の報道だ。同計画を推進するJR東海の資料によると,2025年に首都圏・中京圏を結ぶバイパスとして開業する計画だという。子供の頃に見た未来予測本の定番は,今でいうテレプレゼンスとリニア・モーターカー。その片方が期日付きで具現化に動き始めた。最終的なルート次第とはいえ,最高時速500kmで名古屋まで最短40分。具体的な計画はまだだが近畿圏への延伸を視野に入れている。

 現時点では,テレプレゼンスを使うよりは1時間もせずに中京圏,さらには近畿圏にまで移動できる方がありがたい。対面でなければ得られない経験,例えば取材相手が業を煮やして手元のノートに貴重な手書き資料を残すこともない。

 リニア中央新幹線の開業は,計画通り進んだとして17年後。そのとき,テレプレゼンスの到達点はどこにあるのか。リニア中央新幹線の第一の競合は航空機だが,テレプレゼンスは「疑似移動」として対抗馬たる進化を遂げているだろうか。カメラ/ディスプレイ・デバイスの進化,立体投影技術による疑似移動,指向性音響技術による耳打ち,拡張現実との融合。17年後の勝負が楽しみだ。