トヨタ自動車が,IT(情報技術)の2007年問題について抜本的な対策を講じていたことが明らかになった。その対策とは,ブラックボックスになっていた基幹情報システムを一から作り直すというもの。最もリスクが大きいやり方だが,老朽化・肥大化してしまい全貌が分からなくなっている情報システムを一掃し,同時に情報化を牽引する人材を育てるには基幹システムの全面刷新しかない,とトヨタは判断した。

 トヨタは,社内情報システムに関する取材を受けないことで知られる。そこで情報化の総合誌である日経コンピュータは独自取材により,トヨタが部品表データベースと基幹システムの再構築に踏み切った経緯,開発プロジェクトの顛末と成果まで,「トヨタ流西暦2007年問題対策」の全貌を探り出し,2006年7月24日号の特集記事に掲載した。それによると,トヨタは1990年代終わりから再構築の準備を始め,第一段階として2003年3月に,部品表と生産管理システムという中核部分の再構築を完了した。本稿の表題になっている『2007年問題をぶっとばせ』は,日経コンピュータの特集記事の題名を流用したものである。


2007年問題は技術のブラックボックス化

 ITの西暦2007年問題を一言で表現すると,「情報システムのブラックボックス化」となる。ブラックボックスとは一応所定の役割を果たしているが,仕組みが分からないという意味である。具体的には,情報システムを実現しているコンピュータ・ソフトウエア(プログラム)がどうなっているか,把握できない状態を指す。過去にそのソフトを開発した技術者が引退したり,異動になってしまい,ソフトの中身が分かる人が減っていくために,ブラックボックス化が起きる。こうなると,ビジネスの変化に応じて,情報システムを修整しようとした時,うまく直せずにシステムとビジネスを停めてしまう危険がある。

 多くの企業と同様に,トヨタもITの2007問題に直面していた。「グローバル統合部品表」と呼ぶデータベースと,それをとりまく業務処理のためのソフトがいずれも老朽化・肥大化し,ブラックボックス同様になっていたのである。データベースも,ソフトも基本部分は,今から33年前に作られた。トヨタはそれらを延々と改善し,利用し続けていたが,修整に時間がかかるなど限界が来ていた。

 ブラックボックス問題を解決する一番分かりやすい方法は,古くなった情報システムをすべて作り直してしまうこと。作り直しにベテランと若手を投入すれば,情報システムに関する知見を伝承できるし,若手を育てられる。若手を育成するには,実際のプロジェクトを体験させることが一番である。トヨタはこの方法を選択し,部品表と生産管理システムから再構築に取りかかった。ただし,このやり方はリスクが非常に大きい。

 部品表データベースとは,自動車に組み込む部品のメーカー名,仕様,価格,生産状況,仕様変更状況を記録する「表」である。自動車の試作,設計,部品調達,原価計算,生産指示,保守といったトヨタの全業務に,部品表は関わる。トヨタが保有するソフトウエア群は部品表データベースを利用して動くので,部品表の再構築はすべての情報システムに影響を与える。再構築に失敗したら,すべての業務が止まり,トヨタは車を作れなくなる。

 しかも,部品表全体を作り直す作業の量は膨大になり,技術者を大量に集めないといけない。当然,金も時間もかかる。事業に支障をきたすリスクと,再構築にかかる手間を勘案すると,多くの企業は基幹システムの再構築に二の足を踏んでしまう。米国の自動車会社も,ITの2007年問題に直面しているが,部品表の全面再構築はしていない。


なかなかできない基本の数々

 基幹システムの全面再構築という,トヨタが採用した2007年問題対策を調べてみたところ,数々の教訓が得られた。簡単に紹介すると次のごとくである。

●事前準備に金をかける
 ブラックボックスをいきなり解体しては危険である。トヨタは,部品表はどうなっているのか,将来を見据えてどうあるべきか,といったことを調査し議論する勉強会を開催。ここにキーパーソンが集まり,意見交換をするところから着手した。

●データベースを念入りに設計
 企業の仕事のやり方は頻繁に変わるが,まったくの新規事業を手がけない限り,企業が扱うデータは大きく変化しない。したがって,自社がどのようなデータを使っているのか,使っていないのかを精査し,あるべきデータベースをしっかり設計しておくことが望ましい。トヨタは,33年前の部品表を作ったベテランも含め,入念にデータベースを設計した。

●土台となるコンピュータやソフトウエアは10年以上使う
 コンピュータの世界は日進月歩である。すぐに新しいコンピュータやソフトウエア製品が発売され,従来製品は陳腐化してしまう。プロジェクトを実施する段階で,最新の製品を次々に使っていくという発想もあるし,古くて枯れている製品を意図的に使う,といったやり方もある。トヨタは,未完成品に近い発売直後あるいは発売直前の製品をあえて採用した。最低でも10年間は使い続ける,という考えからである。枯れた製品のほうが安心だが,10年間その製品が存続するかどうか分からない。

●いかなることがあってもプロジェクトの期限を守る
 トヨタが自動車の生産ラインを作る場合,予定期日を守れないことはありえないという。いかなる手段を使ってでも,いったん決めた期日は守る。情報システムについても,このポリシーは貫かれた。

 これらは,いずれも情報化に関する基本中の基本である。だが,当たり前のことほど,実践するのは難しい。それをやり抜くところがトヨタ流と言える。


「やるべきだからやる」

 ここで一つ疑問がわく。トヨタはなぜ,リスクの大きい全面再構築に踏み切れたのか。どのような経緯で,開発計画を承認したのか。日経コンピュータの取材班が複数の関係者から聞き取り調査をした結論はこうである。

 「どうせやるなら大きい仕事をしよう」とトヨタの経営者,情報システム担当部門,現場の担当者が考えた。

 なんだそれは,と言われそうだが,誰もが納得する明解な理屈があって,それに基づいて計画が通ったわけではない。もちろん,再構築の利点とリスク,必要経費など詳細な計画は立てられ,経営陣に提示されていた。しかし,情報システムの案件だけに,費用対効果がはっきり分かるわけではなく,すんなりと承認されたわけではない。理屈というより,「今やらないといけない」という危機感が経営トップから現場まで共有された結果,再構築プロジェクトは始動した。

 ここへ来て,トヨタは品質問題で揺れているが,もともとは,どれほど利益を上げようとも,「まだまだ問題がある」と危機感を持ち続け,あくなき改善を続ける企業として知られていた。情報システムの案件でも,同様の危機意識が貫かれた恰好である。

 特集記事にかかわって痛感したのは,前向きな危機意識を持ち,挑戦する気があるかないかで,すべては左右される,ということである。先に示した情報化の基本事項など,何十年も前から指摘されている。当たり前のことができるかどうかは,企業の風土や文化にかかっている。「金があるトヨタだからこそやれる対策」「なんといってもトヨタは特別」などと思うようでは,トヨタの挑戦から何も学んでいないことになる。そうした企業は,永遠に2007年問題から脱却できないだろう。

 最後にお知らせがある。日経ビジネスオンラインとITproは今年4月から,『経営とIT新潮流2006』というサイトを新設した。狙いは,ビジネスとITをもっともっと連携させるためのヒントを提供することだ。このほど,経営とIT新潮流2006において,『再考 2007年問題』という新企画を始めた。基幹システムのブラックボックス化の問題は,企業にとって喫緊の課題だからである。『再考 2007年問題』のコーナーの中で,「解決への道筋」と題したコラムと,読者の投稿に基づく「私はこう考える」を毎週掲載していく。
 
 3年前,ITproにおいて,『「西暦2007年問題」の解決策を募集します』というコラムを書き,2007年問題の対策を募集した。その後も,2007年問題についてコラムを書くたびに,読者の方からご意見をいただいてきた。今回,皆様からいただいたご意見を,サイトから発信していく。引き続き,ご意見をコメント欄に書き込んでいただければ幸いである。