総務省がアイピーモバイル跡地の2GHz帯を再活用すべく取り組みを進めている(関連記事1関連記事2)。この帯域で導入可能な技術方式に,中国版の第3世代携帯電話(3G)規格である「TD-SCDMA」(time division synchronous code division multiple access)がある。この方式は,中国の3G方式の“本命”で,中国政府は2008年8月にスタートする北京五輪で大規模な試験サービスを展開予定だ(関連記事3)。TD-SCDMAの最新動向や今後の方向性について,通信チップを手掛けるオランダのNXPセミコンダクターズ(旧フィリップス セミコンダクターズ)中国圏モバイル&パーソナル部のスティーブン・リン副社長に聞いた。

(聞き手は白井 良=日経コミュニケーション


TD-SCDMAのサービス化に向けた中国の準備状況を教えてほしい。


NXPセミコンダクターズ 中国圏モバイル&パーソナル部 スティーブン・リン副社長
[画像のクリックで拡大表示]
 チャイナモバイル(中国移動)によるインフラの準備は完了している。基地局は2007年の早い段階で調達があり,既に10都市に基地局を設置済みだ。これで7500万人がサービス対象になる。このうち8都市ではオリンピック競技が開催される。現在は,敷設したインフラで端末が動くかどうかを試験している。

 ただ,このスケジュールは当初予定より遅れたものだ。特に基地局の設置場所の確保に手間取ったと聞いている。中国ではGSMによる携帯電話サービスが普及していて,多くの設置場所候補がGSM基地局に占有されていた。また,建物の屋上に基地局を設置するのを嫌がるオーナーも多かった。中国でも,電波が健康に悪いという噂が流布している。

 端末については,第一弾の調達が2008年第1四半期中に行われる見込みだ。調達規模は約4万台で,音声端末が3万台とデータ通信カードが1万台となる。もともとは200万台規模の予定だったが,インフラ整備や端末の成熟が遅れたことから縮小されてしまった。端末メーカーとして中国当局の認定を受けたのは15~20社で,米モトローラや韓国サムスン電子などの中国外の大手企業も含まれる。

 チャイナモバイルは第一弾の調達の結果を見て,北京五輪のトライアルに向けた第二弾の調達を行う。これは第一弾の調達よりもずっと大きなものとなり,50~60機種のラインアップとなる見込みだ。

 実際の商用化はもう少し先になるだろう。チャイナモバイルのこれまでのやり方は,サービスを展開する都市でトライアルを行い,それを大規模にしながら商用サービスに入るというもの。今のTD-SCDMAのトライアルは,商用トライアルの段階ですらない。

GSMとのハンドオーバーは行うのか。

 TD-SCDMAは新しいネットワークなので,どうしてもGSMよりもカバー・エリアの広さは劣る。これを補うため,チャイナモバイルはTD-SCDMAとGSM/EDGEの間でシームレスなハンドオーバーを行う。実際,チャイナモバイルは,調達する全端末でTD-SCDMAとGSM/EDGE間のハンドオーバーを必須にしている。

 中国の地域事業者であるグァンドン・モバイル(広東移動)が深センで行ったトライアルでは,音声用途で問題なくハンドオーバーできるとの結果になった。

TD-SCDMAはデータ通信のスペックはどうか。

 最大2.8Mビット/秒の通信が可能な「TD-HSDPA」がある。2007年にマカオで開催された展示会で,サムスン電子と共同で試験端末によるデモンストレーションを成功させている。北京五輪での試験サービスでは,TD-HSDPA上でVoIP(voice over IP)を動作させるデモンストレーションなどを行う。2009年後半には商用端末を出せるだろう。

 この先のロードマップもある。上り回線を高速化する「TD-HSUPA」を準備しているし,通称「TD-LTE」と呼ぶ次世代規格の策定も進めている。特に次世代規格では,W-CDMAを推進する標準化団体「3GPP」とハーモナイズした。TD-LTEは,3GPPで策定された技術仕様としてITU(国際電気通信連合)の標準規格に提案している。

 つまり,W-CDMAの進化版である「LTE」が次世代規格のFDD(周波数分割複信)バージョン,TD-SCDMAが発展した「TD-LTE」がTDD(時分割複信)バージョンといえる。

NXPセミコンダクターズの強みは。

 強みについて説明する前にビジネス体制を説明したい。TD-SCDMAは,中国のダタン・モバイル(大唐移動),サムスン電子,モトローラとの合弁企業である「T3Gテクノロジー」が担当する。この会社の発行済み株式のうち44%をNXPセミコンダクターズが保有する。一方,NXPセミコンダクターズ自身はGSM/EDGEを担当する。当社が出荷した通信チップは,世界で1億台以上の端末に搭載された実績がある。

 これらの2社が技術面・ビジネス面で密な連携を取ることで,通信事業者にTD-SCDMAとGSM/EDGEを連携させたソリューションを提供する。例えば,TD-SCDMAとGSM/EDGE間のシームレスなハンドオーバーは,NXPセミコンダクターズとT3Gテクノロジーが最も早く実現した。

 また,チャイナモバイルが実施中の端末トライアルでは,我々のチップを使った端末が最もパフォーマンスが良いという結果になっている。

TD-SCDMAは中国以外にも広がるのか。

 会社としてではなく私個人の見解だが,その可能性はあると思う。TD-SCDMAが中国国内で広がっていけば,ユーザーは香港やマカオでのローミングを必要とする。近隣の日本や韓国でのローミングも,ユーザーのニーズとして出てくるだろう。中国国外で事業展開する事業者も出てくるのではないか。

 また,チャイナモバイルが海外事業者に資金提供してTD-SCDMAを広げる可能性もあると思う。具体的には,3Gが導入されていない新興国が対象になるだろう。そうした国で,チャイナモバイルが自社網の“クローン”を作る。チャイナモバイルは世界最大規模の通信事業者で資金は非常に潤沢だ。

 中国の携帯電話市場はまだ拡大の余地が十分にある。現在のユーザー数は4億~5億人だが,潜在的には9億~10億人の市場規模がある。先進国は携帯電話を2台持つユーザーも多いが,中国ではまだそうしたユーザーは少ない。巨大な市場を背景に,最近は中国で採用された技術が“国際標準”になる傾向が強い。TD-SCDMAもそうなる可能性がある。

 ただ,まずは中国国内で成功しないといけない。チャイナモバイルが中国国内の10都市で成功できれば,次に国内で100都市,200都市とTD-SCDMAのエリアを広げていく。海外展開を考えるのはその後だ。