前回まで,米国型のフェアユース規定と英国のフェアリーディングという考え方を紹介しました。今回は,これに反対する意見とともに,先般パブリックコメントが開始された「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会報告案」(注1)の内容を紹介したいと思います。

権利者団体が提出資料でフェアユース規定の問題点を指摘

 知的財産戦略本部の「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」の第8回(平成20年10月14日開催分)では,権利者側の参考人ヒアリングを実施しました。本稿執筆段階では議事録は公表されておらず,参考人である実演家著作隣接権センターが提出した資料(注2)が公表されているのみです。ここでは,フェアユース規定の問題点を指摘する意見として,まず,この参考人提出資料を見てみましょう。

 「参考人提出資料3」では,「権利者の権利が制限されるべきフェアな利用が存在することについて権利者も異論は無く,その一般規定についても法律論として検討の余地があることについては理解している」として,フェアユース規定について検討の余地があるとしています。その上で,フェアユース規定の問題点として,以下の2つを指摘しています。

  1. 『カジュアルな侵害』と『確信犯的侵害』を混同する可能性への懸念
  2. 権利者の『負担増大』への懸念

 このうち1については,具体的に以下のような指摘がなされています。

  • フェアユースで解決できるとされた「常態化しているカジュアルな権利侵害」とは別に,ネット上においては「権利者に不利益をもたらすような権利侵害」が日常的に蔓延しており,フェアユース規定の導入により,これらが意図的に混同される懸念がある。
  • ネット上でのモラルは実に多岐にわたり,あらゆるコンテンツは無償であるべきとの主張すら見ることが出来るが,こうした状況下においてフェアユース規定を導入すれば,フェアユースを標榜するフリーユースが蔓延して,この無法状態にいっそう拍車がかかるとの見方が権利者としては一般的である。
  • こうした懸念を裏付けるものとして,昨今の報道等の傾向を見るに,知財本部におけるフェアユース規定の検討について,あたかも自由利用の領域を拡大する検討であるかのように受け取られている観がある。

 ここでは,フェアユース規定を根拠にして,フリーユースを正当化する論調が蔓延しかねないという懸念が示されています。確かに,「あらゆるコンテンツは無償である」という主張はネットの世界で散見されます。しかし,フェアユース規定がどのような形で導入されたとしても,このような主張が是認されるわけでないことは明らかですし,フェアユース規定を導入すべきだと考えている私自身もコンテンツは無償であるべきとは考えていません(注3)。また,確かに「権利者に不利益をもたらすような権利侵害が日常的に蔓延して」いるのですが,それらのほとんどはフェアユース規定が適用されても合法化されないデッドコピー(そのままの複製)であり,フェアユース規定により拍車がかかるというようなものではないと考えられます。

 2の権利者の『負担増大』については,以下のように「司法の判断によってしか解決できないこととなる結果」を懸念しています。

  • ネットにおいて違法に流通しているコンテンツの量は,正規流通を上回る(日本レコード協会提出資料参照)勢いであり,これら違法なものに対するネット上でのルール作りが未整備であることもあって,必ずしも十分には対応しきれていない現状がある。
  • ネット上のコンテンツは無償であるべきとの価値観まで存在する中で,もし一般規定を導入すれば,権利者サイドにリスクが集中することは明らかである。現状は違法と判断される利用でも,フェアユースを標榜した場合,司法の判断によってしか解決できないこととなる結果,無法状態が放置され,権利者に更なる負担を強いることになる。(コンテンツ業界の活力を大きくスポイル)

 これについては,フェアユース規定がない現状でも,権利者が強制的に権利を実現しようとすれば,最終的には司法の判断を仰ぐ必要があります。フェアユース規定の導入によって,確かにこれまでよりも裁判の場に持ち込まれる機会は増えると思いますが,コンテンツ業界の活力をスポイルするほどのものではないでしょう。

 また,「コンテンツ業界」に属する権利者の多くが資金力を有する「コンテンツ業界側」であるのに対し,無法状態を引き起こしている権利者の多くは個人と考えられます。このため,利用者の側が訴訟費用をかけてまでフェアユース規定で裁判を争うケースはそれほど多くないのではないでしょうか。

 参考人である実演家著作隣接権センターの提出資料は,「この際『早急に対応するべき課題』に一旦立ち戻り,それらに関する個別の権利制限規定の導入について検討を行った上で,一般規定の導入については更なる慎重な検討をお願いしたい」として,著作権者の権利制限は個別列挙でも対応可能ではないかという提言で締めくくられています。

 これは,これまでも触れてきたように,著作権の権利制限の判断を,立法に委ねるのか,司法に委ねるのかという問題になります。権利者側がこれまでのように立法段階(立案の検討段階で)で意見を反映させやすい個別規定による対応が合理的である,と考えるのは確かに理解できます。私自身もフェアユース規定が万能であると考えているわけではありません。しかし,立法による調整には時間がかかりすぎるという問題があります。現在も,「早急に対応するべき課題」として各種の個別の権利制限規定の導入が文化庁の委員会等で検討されていますが,やはり時間がかかってしまう傾向があるようです。

 また,権利者側は,権利侵害の問題について,裁判所の判断による間接侵害(いわゆるカラオケ法理)による権利拡大の利益を享受しています(関連記事)。にもかかわらず,権利制限については裁判所の判断によることはまかり成らんというのでは,バランスを欠くことになります(さすがに,そのような主張をされているわけではありません)。

 いずれにせよ,参考人提出資料にある「個別の権利制限規定の導入について検討を行った上で」という点をどう評価するかが,この問題のポイントになるでしょう。筆者自身は,権利者側の利益の保護は別の制度によって図ることも可能であり,フェアユース規定導入を遅らせる根拠とはならないのではないかいう印象を持っています。実際,これまでも権利者側の権利保護のための法改正はたびたび行われています。

フェアユース規定に意見があればパブコメに提出を

 「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」では「『デジタル・ネット時代における知財制度の在り方について』(報告案)」について,パブリックコメントを実施しています。同報告案は,フェアユース規定だけを取り上げているわけではありませんが,フェアユース規定についても,抽象的な形ですが,以下のように導入の方向で報告書案が作成されています。

以上のことから,個別の限定列挙方式による権利制限規定に加え,権利者の利益を不当に害しないと認められる一定の範囲内で,公正な利用を包括的に許容し得る権利制限の一般規定(日本版フェアユース規定)を導入することが適当である。

 これを受けて,文化審議会等でさらなる議論がなされると思いますが,著作物の利用というのは皆さんにとっても身近な問題であり,もし意見があるならパブリックコメントに意見を提出してみてはどうでしょうか。いずれにせよ,文化庁はフェアユース規定の導入に消極的であるという話も聞きますので,今後もこの問題について注視していきたいと考えています。

(注1)デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会報告案に関する意見募集
(注2)「フェアユース規定導入の検討に関する権利者の立場について
(注3)私自身は,販売戦略等として,部分的に無償にすることは好ましい場合があるとは考えていますが,基本的には権利者が判断すべきことであり,すべて無償にすべきだという考えは採りません

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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。