前回,イメージシティ事件判決の考え方について検討しました。今回のこの判決については,IT業界の関係者からはかなり批判的な意見が多かったようです。裁判長のことを,ともすればおかしな判決を出す傾向があるかのような批判もありました。

 当然ながら,判決自体を批判することは自由であるべきだと思います。しかし,今回の判断が一裁判長の個性に基づく判断であるというのは少し的はずれです。IT業界の関係者が本判決の結論に違和感を感じることはよく分かるのですが,この判決で採用されている考え方は本判決で突然発生したものではありません。いままでの判例法理,あるいは最近の下級審判決の流れに沿ったものです。ある意味,オーソドックスな判決といっていいでしょう。

 ここでいう判例法理とは,いわゆる「カラオケ法理」と呼ばれるものです。この理論ですが,もともと,キャバレー,スナック等においての無許諾での演奏・上映について,スナック等の経営者を著作権侵害の主体ということができるのか,というものです。仮に,スナック等の経営者は著作権侵害の主体ではないということになれば,カラオケを歌っている客の歌唱自体は著作権侵害にあたらないため(注1),著作権侵害は成り立たないことになります。クラブ・キャッツアイという事件では,最高裁まで争われました。

 この点について,クラブ・キャッツアイ事件最高裁判決(注2)は,スナックの経営者を音楽著作物の利用主体として認めました。同最高裁判決は,物理的に演奏行為等を行っていなくとも,規範的な見地から利用主体を判断するという考え方をとり,(1)著作物の利用についての管理・支配の帰属,(2)著作物の利用による利益の帰属,の2点を総合的に判断するという判断の枠組みを採用しています。

 その後も,同様の考えに基づき下級審判決が積み重ねられました。クラブ・キャッツアイ事件はスナックでの歌唱行為の事案でしたが,その後,カラオケボックスの事案(注3)においても,このような考え方は踏襲されています。

 カラオケボックスの事案においては,「顧客は被告らの管理の下で歌唱し,被告らは顧客に歌唱させることによって営業上の利益を得ていることからすれば,各部屋における顧客の歌唱による管理著作物の演奏についても,その主体は本件店舗の経営者である被告ら」であるとして,カラオケボックスの経営者が侵害の主体であると認定しています。また,その認定の中で「本件店舗に来店する顧客は不特定多数の者であるから,右の演奏及び上映は,公衆に直接聞かせ,見せることを目的とするものということができる」とも言っています。イメージシティ事件判決の「公衆」の認定と,同じ考え方であるといえるでしょう。

判例の積み重ねに忠実な予想された判決だった

 このように,カラオケに関連して判例は積み重ねられています。また,カラオケ以外にカラオケ法理が適用されたのは,イメージシティ事件判決が初めてではありません。既にいくつかの判決が,このような考えに基づいて出されています。

 まず,ピア・ツー・ピア方式による電子ファイル交換サービスの事案であるファイルローグ事件(注4)があります。中間判決では,ファイル交換サービスの提供者が送信可能化権及び自動公衆送信権の侵害の主体であるかどうかについて,

i)同サービス提供者の行為の内容・性質
ii)利用者のする送信可能化状態に対する同サービス提供者の管理・支配の程度
iii)同サービス提供者の行為によって受ける同者の利益の状況

等を総合斟酌して判断すべきであるとした上で,サービス提供者を侵害の主体と認定しています。控訴審判決でも若干認定理由は異なりますが,同様の判断をしています。

 これ以外にも,サービス提供者がテレビチューナー付きのパソコンを設置して,インターネットを通じて利用者がテレビ録画を予約,視聴できるようにしたサービスに関する「録画ネット」事件(注5),録画ネットと同様のサービスをソニーが販売しているロケーションフリーテレビを使用して提供した「まねきTV」事件(注6),集合住宅向けのテレビ放送を対象としたハードディスクレコーダー・システムに関する「選撮見録」事件(注7)は,いずれも著作権侵害の主体が誰かという論点が問題となっています。

 なお,録画ネット事件とまねきTV事件は,結論は正反対になりました。録画ネット事件はサービス提供者側の敗訴,まねきTV事件はサービス提供者側の勝訴です。しかし判例法理に関しては,どちらも基本的にカラオケ法理に従っています。結果の違いは事実の“あてはめ”の違いに過ぎず,まねきTV事件の判決がカラオケ法理を採用していないわけではありません。

 従って,イメージシティ事件判決は,一裁判官(あるいは一合議体)の判断の問題ではなく,判例法理から導かれた結論であるということを押さえておく必要があります。これだけ判決例が積み重ねられていると,実務的には無視できない重みがあります。イメージシティ事件の判決は,このようなカラオケ法理に忠実な判決であり,本判決は予測された結論ということになるのでしょう。

 ただし,私自身はこの判例法理をIT関連サービスにそのまま適用することがよいのか(特に射程範囲)については,懐疑的です。IT系のサービスへのカラオケ法理の適用(拡張)については,批判的に検討すべき点もあるのではないかと思います。特に疑問に思っているのは,本判決のような考え方をとると,当該本人以外の人物による著作物利用を回避しようとして,個人認証をしっかりすればするほど,サービス提供者の積極的関与が認定され,著作権侵害の主体がサービス提供者であると認定されてしまう,というところです。

 複製権侵害の点については,分析的に見れば確かに複製は行われているわけですが,「果たしてその複製(あるいは,本事案のような形の送信)で著作権者が損害を被るのか?」というところが根本的な問題でしょう。通常のカラオケの場合には,まだしも著作権者の損害というのが想像しやすいのですが,本判決のような事案で「著作権者に何か損害があるか」と問われるとよく分かりません。

 著作権者に損害がなければ複製をしても構わないという理屈は,著作権法上認められているわけではありません(もちろん,私的利用の複製等は認められていますが,損害の有無と直接は関係しません)。しかし,個人が適法に取得したコンテンツをその当該個人が便利に利用する行為自体は,他人が関与する部分があったとしても許されても良いように思います。その意味でカラオケ法理の修正というものも考えられるべきではないかと思います。

(注1)著作権法38条1項により,営利を目的にしない上演,演奏,上映等は著作権者の許諾を得ないで,上演等を行うことができます。カラオケとして歌う場合には,聴衆からお金をもらうわけではないので,同38条1項が適用されることになります
(注2)最高裁昭和63年3月15日判決
(注3)東京地裁平成10年8月27日判決「カラオケボックス・ビッグエコー事件
(注4)東京地裁平成15年1月29日中間判決および東京高裁平成17年3月31日判決
(注5)知財高裁平成17年11月15日決定(著作隣接権侵害差止仮処分決定認可決定に対する保全抗告事件)
(注6)原審:東京地裁平成18年8月4日決定および抗告審:知財高裁平成18年12月22日決定
(注7)大阪地裁平成17年10月24日判決および大阪高裁平成19年06月14日判決


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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。