前回は,米国におけるフェアユース規定の定め方を見ました。今回は,米国型のフェアユース規定以外の権利制限規定のバリエーションについて検討してみます。

英国では個々の権利制限内容に応じて中間的な一般条項を設定

 米国と同じく判例法系の英国では,“フェアディーリング(fair dealing)”という権利制限規定が定められています。アメリカ型のフェアユースが権利制限にかかわる大きな一般条項を定めているのに対して,フェアディーリングでは,個々の権利制限内容に応じて中間的な一般条項を設けているのが特徴です。

  • 私的学習・非営利の研究を目的としたフェアディーリング(29条)
  • 批評,評論を目的としたフェアディーリング(30条(1))
  • 時事の報道を目的としたフェアディーリング(30条(2))

 もちろん,このようなフェアディーリングに関する規定の後に,個別の権利制限規定が定められています。

 もう少しフェアディーリングの規定を説明しますと,例えば,批評,評論を目的としたフェアディーリング(30条(1))の場合,以下のような規定になります。

当該著作物若しくは他の著作物又は著作物の実演の批評又は評論を目的とする著作物の公正利用は,十分な出所明示を伴うことを条件として,その著作物のいずれの著作権をも侵害しない。(注1)

 そして,一定の目的及び出所明示が必要であることは明確な要件として定められていますが,その他の点については「公正利用は,…著作権を侵害しない」と抽象的に定められています。すなわち,この「公正利用」(fair dealing)の部分は,最終的には裁判所で解釈されることになりますので,その部分に関しては米国のフェアユース規定と同じような機能を有していることになります。この個々の規定でのフェアディーリング(公正利用)に関する判断要素は,ほぼ米国のフェアユース規定と同様のようです(注2)

フェアユース規定に比べて権利制限を認める目的を限定

 他方,英国のフェアディーリングが米国のフェアユース規定と異なるところは,目的が比較的限定されているところです。三つのフェアディーリングのうち,「批評,論評」を目的とする場合については比較的解釈の幅があるようですが,「私的学習・非営利の研究」,「時事の報道」については,目的が限定されています。その意味で,米国のフェアユースと日本の権利制限規定の中間的な形であると言えるでしょう。

 フェアディーリングによる中間条項のような立法形式での日本版フェアユース規定の導入もあり得ると思います。フェアユース規定の問題点として何が違法で何が合法であるかの予測可能性が奪われるということが指摘されますが,フェアディーリングでは目的が限定されている分,予測可能性が高まると考えられます。このことから,一つの落としどころとして出てくる可能性があります。

 ただ,英国における現行のフェアディーリングが認める範囲であれば,日本の権利制限規定の定めとの関係で,新たに導入しても余り意味がないのではないかとも考えられます。さらに,目的を限定するような形の中間的な一般規定の場合,その目的を狭く設定してしまうと,結局新しい事態が生じたときに新たなフェアディーリング規定を盛り込む必要が出てきます。それでは,現状の権利制限規定を細かく改正により増やしていく方法と同じになってしまいます。技術の進展に著作権法が対応できないためにフェアユース規定を導入するのであれば,米国型のフェアユース規定の方が望ましいのではないかと考えます。

 また,フェアディーリングは米国型のフェアユース規定より予測可能性が高まるとはいっても,何が「公正利用」であるのか否かということは,一定程度裁判所の裁量に委ねることになります。従って,現在の日本の権利制限規定の明確さ(厳格さ)と比べれば予測可能性が奪われるという点はアメリカ型のフェアユース規定と同じです。だとすれば,中間的な一般条項は中途半端な対応に終わるのではないでしょうか。

 私自身は,アメリカ型の自由度の高いフェアユース規定の導入が望ましいと考えています。仮にそのような形の,広い一般規定が導入された場合に出てくる問題を少し検討したいと思います。

 これは,「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」で神戸大学の島並良教授が示された考え方なのですが,フェアユース規定は「1つは,既存の権利制限規定をオーバーライドするものであってはならない」と発言されています(注3)。個別の権利制限規定は,立法者により権利利益のバランスが図られ,かつ,予測可能性も担保されているのであるから,個別の権利制限規定で定められている事項については,フェアユース規定により権利制限されるべきではないという考え方のようです。

 確かに,個別の権利制限規定のもつ予測可能性を重視するならば,このような考え方になると思われます。ただし,個別の権利制限規定が採る“権利と利用のバランス”は,あくまでも立法時点のバランスであり,時間の経過(技術の進展)によりそのバランスが崩れたときには,裁判所がそのバランスを修正する余地を残さないとフェアユース規定の導入の意味は薄れてしまうのではないかと思います(注4)。いずれにせよ,具体的な規定ぶりを見る際には,このような問題についても注意深く見守る必要があるでしょう。

 上記の「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」では,権利者側の意見が反映されていないという権利者団体等の申し入れがあり,権利者団体である実演家著作隣接権センターからのヒアリングが行われました。次回は,このヒアリングでの意見も含めて,フェアユース規定の導入に慎重な意見について検討し,また,関連する問題として,間接侵害の問題とフェアユースの関係についても検討します。

(注1)イギリス著作権法の条文については,著作権情報センターのHP参照。引用部分は,同HPの大山幸房氏の訳によっています
(注2)「法的環境動向に関する調査研究 著作権リフォーム ― コンテンツの創造・保護・活用の好循環の実現に向けて ―報告書」38頁以下,横山久芳氏発表部分参照
(注3)デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会(第6回)議事録
(注4)ただし,仮にオーバーライドを認めないという考え方に立ったとしても,個別の権利制限規定が定めていない部分にはフェアユース規定が適用され,個別の権利制限規定が立法当時予定していない部分を「規定が定めていない」と評価(解釈)できるのであれば,実質的には違いがないかもしれません

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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。