前回は,家庭と教育現場の情報化の観点から,個人情報保護対策を取り上げた。

 ロイター発のニュースによると,ポルトガル政府は2008年9月23日,ノートパソコン50万台を廉価で全国の学校に提供するプログラムを開始したという(ロイターの記事)。ポルトガル政府は,中学校レベルの生徒と教師にノートパソコンとインターネット接続を提供する「e-School」プロジェクトを実施してきており,2008年7月30日には,米Intelと共同で,児童に教育用PCを提供するプログラム「Magellan Initiative」を開始している(「Intel Collaborates with Government of Portugal on a Comprehensive New Education Initiative」参照)。各校に配布されるのは,米国Intel社が,新興国の教育支援を目的として開発・提供しているノートパソコン「Classmate PC」だ。

 ポルトガルは西欧諸国の中でも学力水準が低めとなっていることから,同国のソクラテス首相が教育の向上を最優先課題に挙げてきたという。国家目標である「教員に一人一台のコンピュータ」達成の目途が立たない日本だが,教育のIT化で新興国に追い抜かれるような事態は避けてほしいものだ。

 今回は,学校に通う子どもの「安全・安心」の観点から,モバイル業界のフィルタリング・サービスの現状について考えてみたい。

モバイル業界と親や教育現場で広がるフィルタリングへの認識差

 第142回で触れたように,2008年6月11日,「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律案(青少年ネット規制法)」が参議院で圧倒的多数により可決成立した。青少年ネット規制法は,有害情報を具体的に例示するとともに。青少年が有害情報を閲覧する機会をできるだけ少なくすることを目的とし,フィルタリング・サービスの普及などを促している。

 このような法制化の動きに対し,早くから対応してきたのが,モバイル業界だ。第130回で触れたように,2008年2月,携帯電話・PHSキャリア各社は,20歳未満の契約者に対し,原則としてフィルタリング・サービスを適用させる仕組みを開始した。その後2008年4月には,青少年を違法・有害情報から保護し,健全なモバイルコンテンツの発展を促進することを目的として,「有限責任中間法人モバイルコンテンツ審査・運用監視機構(EMA)」が設立されている。

 EMAは2008年9月4日,携帯電話事業者が提供する「特定分類アクセス制限方式(ブラックリスト方式)」におけるアクセス制限対象カテゴリー選択基準に関する意見書を通信事業者及びフィルタリング会社に提出した(「アクセス制限対象カテゴリー選択基準に関する意見書」参照)。その中で,EMAは,下記の5つの要件に当てはまるサイトをアクセス制限すべきカテゴリーとするよう提言している。

  1. 画像・表現・描写などにより著しく性欲を刺激するもの
  2. 暴力的又は陰惨な画像・表現・描写などにより興味本位に暴力行為又は残虐性を喚起・助長するもの
  3. 自殺を誘発・助長・ほう助するもの
  4. 犯罪行為及び刑罰法令に抵触する行為又は誘引・助長・ほう助するもの
  5. その他,青少年の健全な育成を著しく阻害するおそれがあるもの

 第74回で触れたように,子どもは日本の消費者向け電子商取引(B2C-EC)市場の重要な顧客層であり,サイトへのアクセスが制限されれば,ECビジネスは成立しなくなる。当然,モバイルサービスプロバイダのフィルタリングに対する関心は高いのだが,その反面,子どもの親や教育現場のフィルタリングへの認識は必ずしも高くないのが実情だ。この認識のギャップをどう埋めていくかがモバイル業界の課題となっている。

eラーニング・ツールとして教育関係者の注目集めるiPhone 3G

 ところで,このような動きとは別のところから,モバイル・フィルタリングの課題が浮かび上がってきた。その契機となったのが,今年夏のiPhone 3G登場だ。

 iPhone 3Gの場合,携帯電話キャリアの提供するモバイル・インターネット環境だけでなく,無線LANを介したインターネット環境も利用できる。無線LANは,携帯電話キャリアによるフィルタリング・サービスの対象範囲外だ。加えて,iPhone 3Gでは,携帯電話向けのサイトと通常のインターネットのサイトをシームレスに閲覧することが可能であり,端末側に重いアプリケーションを搭載したり,容量の大きいファイルを保存したりすることもできる。従来の携帯電話・PHS端末やモバイル・ネットワークに閉じたフィルタリング・サービスでは,限界が見えている。

 その一方で,iPhone 3Gは,教育関係者からの注目を集めている。すでに外国語学校や通信講座の自習ツールとしてiPodが利用されているが,前述のiPhone 3Gの機能とタッチパネル方式のインタフェースを上手に組み合わせれば,ノートパソコンや携帯電話・PHS端末,スマートフォンの隙間を埋める,eラーニング・ツールとして活用できるからだ。例えば,学校で,音声や動画のポッドキャスト教材をアップデートして,通学途中や自宅で学習したり,学外から講師に質問をしたりすることができる。筆者も最近,学校や企業の教育研修でiPhone 3Gを活用できないかというユーザーの問い合わせを耳にする機会が多くなった。

 次世代ネットワーク(NGN)技術では,同一の端末を場所や状況に応じて移動体通信と有線通信の双方で利用できるFMC(Fixed Mobile Convergence)が注目を浴びている。iPhone 3Gの登場により,フィルタリングの分野でもFMCのように携帯電話経由と通常のインターネット環境を混在させたフィルタリング・サービスの開発・提供が求められるようになるだろう。これは,日本発モバイルサービス創出のチャンスでもある。

 次回は,内閣府が発表した「平成19年度個人情報保護法の施行状況」を取り上げてみたい。


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■笹原 英司 (ささはら えいじ)

【略歴】
IDC Japan ITスペンディングリサーチマネージャー。中堅中小企業(SMB)から大企業,公共部門まで,国内のIT市場動向全般をテーマとして取り組んでいる。医薬学博士

【関連URL】
IDC JapanのWebサイトhttp://www.idcjapan.co.jp/