前回は,大学などで多発しているパソコン盗難による個人情報流出事件を取り上げた。2008年3月8日付読売新聞記事(「大学を狙うパソコン盗,19校で被害」参照)によると,警視庁捜査3課は,一連のパソコン盗難について,大掛かりな窃盗団による犯行との疑いを強めているという。同記事によると,西日本の大学では2006年後半から類似したケースが発生しており,2007年12月以降,東日本に広がってきたようだ。大学の個人情報管理者同士でリスク情報を共有し,緊急対応できるような仕組みがあれば,被害を最小限に食い止められたかもしれない。

 さて今回は,最近の「ケータイフィルタリング問題」から,未成年者の個人情報保護対策について考えてみたい。

ネットで強まる少年非行対策と個人情報保護対策の相互依存

 警察庁生活安全局少年課は2008年2月,「少年非行等の概要(平成19年1月~12月) [H20.2.25 更新]」を発表した。これによると,刑法犯少年の検挙人数が4年連続で減少し,前年と比べてすべての包括罪種で減少するなど,少年非行は全体的に減少傾向にある。ところがその一方で,直接的・間接的にITが関わるケースはむしろ目立ちつつある。

 例えば,警察庁の報告書で取り上げられた少年非行事例等のうち,電子メール,電子掲示板,出会い系サイトなど,インターネット/モバイルが何らかの形で関係しているケースを挙げると,以下のようなものがある。

  • 高校生による同級生に対する恐喝事件(東京,2007年1月検挙)
  • 無職少年によるインターネットカフェ仮眠者を狙った窃盗事件(東京,2007年7月検挙)
  • 中学生によるインターネット掲示板利用の詐欺事件(香川,2007年1月検挙)
  • 高校生によるインターネット掲示板利用の殺害予告事件(滋賀,2007年1月検挙)
  • 高校生によるインターネット掲示板利用の詐欺事件(東京,2007年7月検挙)
  • 中学生による不正アクセス事件(愛知,2007年8月検挙)
  • 中学生による架空ネットバンキング口座開設等事件(兵庫,2007年10月検挙)
  • 中学生による電子メールを使用した脅迫事件(石川,2007年9月補導)
  • 無職男性による児童買春周旋事件(千葉,2007年1月検挙)
  • 高校教諭による児童買春事件(島根,2007年3月検挙)
  • 小学校教諭による児童買春事件(静岡,2007年9月検挙)
  • 無職男性による児童ポルノ製造・販売等事件(埼玉・福島,2007年1月検挙)
  • 男子児童を被害者とする大工男性による児童ポルノ提供事件(神奈川,2007年5月検挙)
  • 無職男性等による児童ポルノDVD販売事件(東京・三重・福岡,2007年10月検挙)
  • 会社役員等による児童ポルノDVDの輸出及び海外サーバへの保管事件(大阪,2007年12月検挙)
  • 芸能プロダクション社長等による児童福祉法違反(有害目的支配)事件(神奈川,2007年12月検挙)
  • 無職男性等による売春防止法違反(周旋)事件(長野,2007年2月検挙)
  • 男子大学生による不正誘引事件(三重,2007年1月検挙)
  • 男性会社員による不正誘引事件(滋賀,2007年10月検挙)

 これらの事件を見ると,名前,電話番号,電子メール・アドレス,ID,パスワード,画像など,未成年者の個人情報の一部がインターネットを介して行き来しているケースが多いことに気付く。子どもの世界にインターネットが普及するにつれて,少年非行対策と個人情報保護対策の相互依存関係も同時に強まってきたと考えられる。

ケータイ先進国だからこそ可視化される個人情報保護対策のROI

 ところで,第52回で触れたように,子どものプライバシー保護を優先する米国では,COPPA(Children's Online Privacy Protection Act:児童オンライン・プライバシー保護法)など,厳しい法規制が敷かれている。2006年の米国中間選挙を控えた時期には,SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)における子どものプライバシー・個人情報保護を巡る議論が沸騰し,「MySpace」(後にNews Corporationが資本参加),「Facebook」(後にMicrosoftが資本参加),「Orkut」(後にGoogleが資本参加)などの業績への影響が懸念されたこともあった。

 インターネットにおける子どもの安全・安心を守る代表的な手段が,フィルタリング機能である。海外では家庭や教育分野のパソコンから普及してきたが,日本では,政府のIT戦略会議が「重点計画-2006」の重点施策にフィルタリング・ソフトの普及を掲げ,未成年者の利用率が高い携帯電話・PHSキャリアなどが積極的に普及・啓蒙活動を行ってきた(第54回参照)。

 2008年2月からは携帯電話・PHSキャリア各社が,20歳未満の契約者に対し,原則としてフィルタリング・サービスを適用させる仕組みを開始した。その際に,未成年者のフィルタリング・サービス問題がマスメディアで頻繁に取り上げられるようになったが,個人情報管理の観点からは「想定内」の出来事に過ぎない。

 第74回で指摘したように,子どもの個人情報保護は日本のEC(電子商取引)市場を左右するテーマである。このため,早くから重要性を認識していたコンテンツ・プロバイダーやEC事業者は,「安全・安心」への投資で他社との差別化を図ってきた。このような個人情報保護対策のROI(投資対効果)が,ケータイフィルタリング・サービス問題を契機に,企業業績や株価に反映されようとしているのである。

 むしろ,ケータイ先進国の日本だからこそ,こうした問題がいち早く起きたと考えてみてはどうだろうか。アジアの新興ケータイ市場への進出拡大を狙う企業にとって,個人情報保護対策のノウハウは大切な資産となるはずである。

 次回は,「Web 2.0」技術と個人情報保護対策について考えてみたい。

【参考サイト】


→「個人情報漏えい事件を斬る」の記事一覧へ

■笹原 英司 (ささはら えいじ)

【略歴】
IDC Japan ITスペンディングリサーチマネージャー。中堅中小企業(SMB)から大企業,公共部門まで,国内のIT市場動向全般をテーマとして取り組んでいる。医薬学博士

【関連URL】
IDC JapanのWebサイトhttp://www.idcjapan.co.jp/