2007年8月,日本実業出版社から新しい書籍を出版することになりました。タイトルは『高田直芳の実践会計講座 戦略会計入門』です(注1)

 拙著の「はじめに」にも書きましたが,これは筆者の挫折体験をもとに書き始めたものです。

 そのキッカケとなったのは「カリスマ経営者」という存在です。成長著しい企業には必ず,こうした経営者が存在します。しかし,1社だけで,カリスマ経営者が何人も何代にもわたって輩出されることはありません。ポストカリスマの企業は徐々に,集団指導体制に移行していくものです。

 一番悲惨なのは,先代のカリスマ経営者を超えようとして,世襲の2代目が暴走したときです。一例を挙げましょう。

 筆者の大学時代の友人に,Bくんがいます。彼の父親(A社長)は創業者の跡を継いだ2代目経営者で,先代が築き上げたディスカウントショップ(A社)を基盤に,多角化経営を推進していきました。

 相手に向かって人差し指を振りかざすA社長の話しぶりは,カリスマというよりも超ワンマンの名に相応(ふさわ)しいものがありました。経営者としての品格はともかく,会社のほうは「数年後には株式上場」と噂されるほどの拡大を示し,Bくんは3代目社長として輝かしい未来を約束されていました。

 そのBくんがある日,筆者のもとを訪ねにきました。

 A社は数年前に東北地方の某スーパーマーケット(Y社)を買収しました。そのY社について「父親(A社長)には内密で,調べてきてほしい」というのが,Bくんの依頼内容でした。Y社は,A社長とその腹心しか詳細を知らぬ「アンタッチャブルの事業」だそうで,この問題に触れようとした監査法人はA社長の逆鱗に触れて次々と解任されたそうです。

 やまびこスーパーエクスプレスに乗って筆者がY社を訪ねたところ,確かに,会社の看板は掲げられているし,土地や建物も謄本の通りにある。しかし,従業員は1名もおらず,店舗は火事場泥棒にあったような状態。事務室の窓からは,前世紀末に繰り広げられた「土地投機」の残照が差し込んでいました。

 買収当時,Y社の業績は右肩上がりで,いけいけ,どんどん,だったのでしょう。しかし,どこに経営判断の誤りがあったのか。筆者が訪れたときは,もはや調べようがありませんでした。Bくんの依頼で他の事業も調べてみたところ,そのほとんどがドンヅマリ状態になっていることが判明。A社長の経営手腕が通用したのは,右肩上がりのバブル景気が背景にあればこそ,だったのです。

 こうした事例から,しばしば耳にするのは「企業は,経営者の能力を超えることはない」というものです。

 果たしてそうでしょうか。戦略会計に関するしっかりとした知識があれば,超えることも不可能ではない。筆者はそう思っています。

 そこで今回の『戦略会計入門』では,このコラムの第3回第10回第12回でも紹介した機会利得や機会原価などの概念を駆使して,「会計は専門家が扱う特殊なもの」から「会計は誰でも身に付けるべき一般的なもの」へと発展させました。機会利得や機会原価などは,現代のビジネスにおける必須用語として定着してきています。こうした概念を使い,戦略会計がビジネス社会において,いかに有用な武器であるかを,拙著全体で明らかにしています。

 『実践会計講座』というサブタイトルが示すように,拙著はシリーズ第1弾(戦略会計編)というべきものです。今後,第2弾(コスト管理編),第3弾(キャッシュフロー編)のシリーズ化を予定しています。

 なお,筆者が執筆した書籍は拙著で8冊目となります。これだけの書籍を出版してくると「あれを書いておくべきだった」「あそこはこう書くべきだった」と思うところが多々あります。それについては,このコラムで随時,補足説明を行なっていく予定です。

(注1)同じ出版社から2006年10月に『実例でわかる新しい決算書のつくり方』も上梓しています


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/