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企業はなぜ,在庫を持つのか今日は,筆者の顧問先企業の一つ,切削工具の金型メーカーであるC社を訪問しました。この中堅企業のコンサルティングを引き受けたキッカケは「どのようにしたら材料や製品などの在庫と,ERPシステムのデータとを一致させることができるのか」にありました。
一致しないことがあるのか,と驚いてはいけません。これは棚卸資産の評価に,ある方法を採用していると,問題の本質が見えなくなることに端を発しています。システムを導入したのはいいが,製造現場への指導や会計処理のアドバイスが放置されることによって,問題の傷口はさらに広がります。
金型メーカーのC社では,社長から若手社員までが大部屋に机を並べ,風通しの良さが抜群です。これが中堅・中小企業のいいところ。まぁ,怒鳴り声が直接聞こえてしまうのが,玉に瑕(キズ)ですが。 ただし,今回はC社に伝授した在庫管理ノウハウや修正仕訳の紹介ではありません。企業はなぜ,在庫を持つのか,の話です。
「タカダ先生ったら,何を当たり前のことを。材料を切らしたら生産工程がストップしてしまうし,一定数量の製品在庫を確保しておかなければ販売機会を逃してしまうじゃないですか。そのために,在庫を持つんですよ」 「それもまた,いわずもがな,の問いかけですね。元帳をみれば一目瞭然です」
確かに元帳残高を見れば,棚卸資産の在高(ありだか)がわかります。しかし,それは貸借対照表上のものでしょう。コスト管理の観点からすれば,貸借対照表上のストック残高を,損益というフローの金額で見ることができるか,ということが重要です。
「ああ,それは,タカダ先生が最初に訪れたときに,説明してくれましたね。資本コスト率を使って計算するんでしょう」
表1●1000万円の在庫保有で発生する損失の計算式(資本コスト率を0.1%とする)
資材倉庫に材料1000万円を保有することは,同額の札束を棚に積んでおくことと同じです。同じ1000万円でも銀行に預けておけば1年後には1万円の利息を受け取れるのに,銀行に預けることなく,あえて材料として保有することは,1万円の収益チャンスを逃していることになります。 この例における,預金利息相当分の1万円を『機会原価』といいます。1000万円という価値を,銀行に預金するのではなく,在庫として保有するほうを選択した場合,1万円を得る「機会が失われる」ので,この1万円は『機会損失』と呼ばれます。
「もし,在庫を一掃して,1000万円を銀行に預ければ,1万円の『機会利得』に転じるわけですね」
「でも,1年間で1万円なんて微々たるものですよ。機会損失として恐れるほどの金額ではないと思うのですが」 例えば,C社の資金調達に係る加重平均資本コスト率は約3%ですから(注3),同社の各事業が稼ぐROI(注4)は3%を超える必要があります。ROIが3%を下回っては,デフォルト(債務不履行)を起こしますからね。 この3%を先ほどの表1の式に当てはめると,機会損失は30万円(=1000万円×3%)に拡大します。大企業であれば30万円のロスなど大した問題ではありませんが,中小企業で30万円を稼ぐことが,いかに大変なことか。売上高営業利益率(注5)を5%とした場合,600万円(=30万円÷5%)もの受注を探してこなければ,30万円の利益を手に入れることはできないのです。 それでもあえて1千万円の材料を保有しようとするのは,現在の機会損失30万円を上回る利益を,将来において稼げるだろうと経営者が期待するからです。現在の犠牲(=機会原価)よりも,将来において期待される利益のほうが大きければ,それは機会利得に生まれ変わります。 「なるほど,機会利得や機会損失というのは,相対的な評価なんですねぇ」 それから,金型メーカーであるC社では材料が大きな比重を占めていますが,商品や製品などの最終品でも機会損失などの考え方を適用することができます。2週間前に訪問した某小売業の経営者から「春物商戦で取り扱い商品に在庫切れを起こし,儲け損なってしまった」と嘆き節を聞かされました。「儲け損なった」というのは,機会損失が発生した,と同義です。
「では,ゴミ置き場に30万円の現金が落ちていて,それをこっそりポケットにしまい込んで『儲かっちゃった』と,ほくそ笑むのは,機会利得になるのですね?」
(注1)資本コスト率の基本的な考え方は,フローをストックで割った比率のことです。たとえば,定期預金利率は,受取利息(フロー)を預金元本(ストック)で割ることによって求めます
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