「MSNとは何だったんだろう」。記者はここ1年ほど,マイクロソフトのWeb事業については「Live」を追いかけるばかりで,「MSN」のことを完全に忘れていた。しかし先日,自分が2年間の長きにわたって,使ってもいないMSNの有料サービスに毎年1万6128円も払っていたことに気づいた。そこで改めてMSNのことを調べて感じたのが,冒頭の思いである。

 記者がなぜ,年に1万6128円もMSNに支払っていたのか。まずはそこから説明させて頂きたい。

 記者は2003年12月に「MSN Premium」というマイクロソフトの有料サービスに加入した(加入当時は「MSN8」という名称だった)。この料金が月額1344円で,1年だと1万6128円になる。MSN Premiumは現在も運用中のサービスで,新規に加入もできる。露出は非常に小さいが,MSNのトップ・ページの一番下に極小フォントで記載されている「MSN9 Premium」というリンクをクリックすると,サービスのWebサイトが表示される。

たった3年前の「昔話」

 記者がMSN Premiumに加入したのは,「MSN Explorer」というWebブラウザを使ってみたかったからだ。2003年当時,記者は日経Windowsプロという雑誌の編集部に所属して,米Windows IT Pro Magazineの記事を頻繁に翻訳していた(今もその仕事をITproで続けている)。そのWindows IT Pro Magazineが,「現実味を帯びてくる『IE 7.0は出ない』という説」(2003年2月17日)という記事や,「Microsoft,『IE 6 SP1が独立した最後のWebブラウザ』と語る」(2003年6月3日)という記事を書いていた。マイクロソフトは今もそうだが,当時も独占禁止法関連訴訟を大量に抱えていた。訴訟を回避するために,Internet Explorerの開発を止めてMSN Explorerに移行するのではないか,というのが同誌の見立てだった。

 そんな中,マイクロソフトは2003年8月27日に,ブロードバンド・ユーザー向けの有料インターネット・サービスであるMSN Premiumを開始すると発表し(関連記事:米Microsoft,ブロードバンド向け有料インターネット・サービス「MSN Premium」を発表),その後矢継ぎ早に機能を追加した。MSN Premiumを契約すると,ポップアップ遮断機能を搭載した新ブラウザ「MSN9 Explorer」や,米Network Associates(現米McAfee)のウイルス/スパイウエア対策ソフト,電子百科事典の「エンカルタ」に加えて,25Mバイトの「大容量」メールボックスが利用可能になるのだった。

 現在,マイクロソフトやグーグルが,メールボックス容量が2Gバイトの無料電子メール・サービスを提供していることを考えると,MSN Premiumは冗談のような有料サービスだ。当時も魅力的なサービスではなかったが,「IEの後継バージョンがMSN Explorerになるかもしれない」と思うと,「マイクロソフト・ウォッチャー」として入らねばなるまいという気になり,勉強料だと考えて加入した。今思えば高い勉強料だった。

MSN Premiumは「空っぽ」

 MSN Premiumに関する当時の感想は「空っぽ」に尽きる。それ以外言いようがない。ただ,1つだけ気に入った機能があった。「Outlook Connector for MSN」というソフトで,Outlookで管理する「予定表」のデータを,インターネット経由で「Hotmailカレンダー」に同期できた。これはよく利用していたのだが,しばらくして日経BP社がネットワーク運用ルールを変更したらしく,Outlook Connector for MSNでHotmailカレンダーに接続できなくなった。こうして記者は,MSN Premiumのサービスを全く利用しなくなり,MSNのことを忘れていった。料金を払い続けたままで…。

 そんな記者の元に先日,米Skypeから「サービスにあとX日ログオンしないと,支払い済みのSkype Outクレジットが無効になります」といった旨のメールが届いた。そこでようやく記者は2年ぶりに,MSN Premiumの料金を払い続けいていたことを思い出したのだ。これはどう考えても記者のミスであり,マイクロソフトに落ち度は無い。それでも「Skypeのようにリマインダー・サービスがあれば」と天を仰いだことも,明記しておきたい。

 記者は2年ぶりにMSN Explorerを起動した。といってもMSN Explorerは既に削除していたので,グーグルで必死に検索して最新版の「MSN Explorer 9.5」を探し出した(マイクロソフトの「Live.com」で検索して見つかったのが「MSN Explorer 7」だったことにも驚いた)。そして,MSN Premiumのサービスが2年前以上にスカスカであることを確認し,少し切ない気持ちでMSN Explorerを終了した。

 するとパソコンのスピーカーから,「グッバイ」という女性の声が聞こえてきた。ハッとしてMSN Explorerを起動し直すと,「グッド・イブニング」というあいさつが聞こえてきた。結局MSNは,メールが届くと「ユー・ガット・メイル」と喋る「AOL」を意識して生み出された「AOLクローン」だったのだ。AOLの存在感が低下するのに合わせるかのように,MSNも「Live.com」にその座を譲ったわけである。

オンライン事業の幹部は総入れ替え?

 米国シリコンバレーのうわさサイト「VALLEYWAG」は,今年の3月にMSN部門の幹部が大量に退いたことを指して「MSN Meltdown(メルトダウン)」と表現した。その幹部の中には,Windows 95の開発責任者で,直前までMSNを統括していたDavid Cole氏や,マイクロソフト日本法人の前社長であるMichael Rawding氏の名前も含まれているという。実際にマイクロソフトのWebサイトにある彼らのプロフィールも,休職中であることを示唆するものになっている。

 記者は,MSN部門で「人事的なメルトダウン」があったといううわさの真偽を,確かめるつもりはない。MSNのサービスを見れば,MSN部門にメルトダウンが起きたのは明らかだ。マイクロソフトには現在,看板の検索サイトを2つ(Live/MSN),インスタント・メッセンジャーを3つ(Windows/MSN/Windows Live),電子メール・サービスを2つ(Hotmali/Windows Live),Webブラウザ用のツールバーを3つ(MSN/企業用MSN/Windows Live)も提供している。MSNブランドのアプリケーションやサービスがいつまで使えるのかは,全く分からない。

 米New York Timesの記事「Looking for a Gambit to Win at Google's Game」によれば,MSNのサイトは「Yahoo!」や「AOL」と同じ,情報がたくさん掲載された(Web 1.0型の)「ポータル・サイト」であり,検索目的で来ているユーザーは少数だったという。そのためMSNのサイト自体を,現在のLive.comのようなグーグル・ライクな機能やデザインにできず,MSNとLive.comが併存する状況に陥ったという。New York Timesの記事には,MSNからLive.comへのスムーズな移行がままならないマイクロソフトの姿が描かれている。

 Bill Gates氏の後継者で,マイクロソフトの現CSA(Chief Software Architect)であるRay Ozzie氏は,ソフトウエアのサービス化が「Service Disruption」,すなわち,緩やかな変化ではなく,急激で過去とのつながりのない(=Disruption,断絶的な)変化であると語る(関連記事:「インターネット上の先進的なサービスを企業システムに取り込む」---米MSのOzzie最高技術責任者の基調講演)。

 MSNとLiveの間に存在する大きな「Disruption」は,これからのLive(Windows LiveやOffice Live,Xbox Live)に何をもたらすのだろう。マイクロソフトのオンライン事業がどうなるのか,記者はまだ,先が見えないでいる。