今月15日,米Microsoftの会長Bill Gates氏と,米IntelのCEO Paul Otellini氏がThe Wall Street Journal(WSJ)紙に異例の共同寄稿をしたというニュースが報じられ,少しばかり話題になった。

 ことの発端はその数日前。同じくWSJ紙に掲載された記事である。コラムニストWalter S. Mossberg氏による「ポストPC時代,Appleのデバイス・モデルはPCの手法を打ち負かす」と題するコラム記事。「パソコンのように複数の企業が開発するハードウエアとソフトウエアから成る,標準プラットフォーム上で提供される『コンポーネント・モデル』は,今のデジタル・デバイス時代において敗者になりつつある」といった内容である。Mossberg氏は「むしろ米Apple Computerの『iPod』や『iTunes』のように1社のみで顧客を囲い込む『エンド・ツー・エンド・モデル』の方に勝算がある」と述べた(www.post-gazette.comに掲載のWSJ記事)。

「パソコンは新たな時代を迎えている」

 これに両氏が真っ向から反論したのだ。両氏は「そうしたデジタル機器の市場拡大に伴って,パソコンは新たな役割を担っている。(中略) 昨年1年間,Centrino/Windows XP搭載のノート・パソコンの出荷台数は,AppleのiPodを上回った」などと反論。パソコンの時代は終焉ではなく,新たな時代を迎えている,とした。

 折しも米IDCが,2006年第1四半期におけるパソコンの出荷台数の伸び率が鈍化したという調査結果を発表したばかり。昨今,「iPodやデジタルカメラ,ビデオレコーダの台頭により,家庭の中でパソコンは影を落としつつある」,といった見方もある。Microsoft社の次期Windows OS「Windows Vista」の度重なる出荷時期延期によりパソコンの買い控えが続いていると言われるなど,両氏にとって好ましくない状況も多い(英Reutersの記事)。

Microsoft社にとって冷や水

 Mossberg氏の記事はとりわけMicrosoft社にとって冷や水だったのかもしれない。同社には間近に開発者向け会議が迫っていたからだ。Microsoft社は,5月23日,シアトルで「WinHEC 2006」を開催。Windows Vistaのベータ2を配布し,Vistaはじめとする主力製品を軸にしたパソコン/サーバーの将来像を披露した(関連記事)。先立つ5月18日には,Vistaに関する情報やツールを提供するWebサイト「Windows Vista“Get Ready”」を立ち上げた(関連記事)。ここでVista対応パソコンのスペック情報を提供するなど,来年1月(あるいは2月=関連記事)の発売に向けた準備を整えている段階である。

存分に楽しめるのは高価格帯のVistaだけ

 ここ最近明らかになったMicrosoft社の製品戦略について見てみよう。米CNET News.comの記事によると,Microsoft社はVistaの各バージョンのうち,上位版製品の販売を促進していくことを同社の戦略としたという。とりわけ家庭向け製品では「シナリオ」と呼ぶVistaの具体的な使い方を紹介。これに焦点を当てたキャンペーンを展開していくという(掲載記事)。Vistaの家庭向け上位版製品とは,「Vista Home Premium」と「Vista Ultimate」である。

 Vistaの要求スペックには,「Vista Capable PC」と「Vista Premium Ready PC」の2つの分類があるが,前者"Capable"のマシンにはこれら上位版2製品は向かない。前者は,プロセサの動作周波数が800MHz以上,メモリー容量が512Mバイトといったコンポーネントを最小構成とするマシンである。それに対し,後者の"Premium"スペックは,動作周波数1GHzのプロセサや1Gバイトのメイン・メモリー,128Mバイトのグラフィックス・メモリーを要求する。

 つまりVistaの廉価版である「Vista Home Basic」のスペック分類は"Capable"。上位版2製品「Premium」と「Ultimate」は"Premium"のスペックとなる。この"Premium"スペックは,Vistaの目玉となる新ユーザー・インターフェース「Aero」を利用する条件にもなる。また,「Media Center」機能や,デジタル・メディア関連の各種機能を利用できるのも"Premium"のスペックである。

 つまり,高精細テレビやビデオ,音楽,写真,ゲームといったエンターテインメント機能など,ユーザーが家庭で新OSを存分に楽しむためには,高価格帯のVistaとそれに適合するパソコンが必要になる。そしてMicrosoft社はこちらの方に注力して販売戦略を展開していくというわけである(関連記事)。

「Microsoftだけが提供できるサービス」

 もう1つ注目されるのは,Microsoft社がゲーム業界のイベント「E3」の際に発表した新構想「Live Anywhere」である(関連記事)。「Live」と聞くと「Windows Live」「Office Live」といった,同社が最近展開しているオンライン・ベースのソフトウエア・サービスを思い浮かべるが,Live Anywhereは同社ゲーム機「Xbox」のユーザー向けに2002年から提供してるオンラインゲーム・サービス「Xbox Live」を拡張するものである。Microsoft社はこの構想のもと,オンラインゲームをXboxだけでなく,パソコンや携帯電話,携帯端末のユーザーにも広げようとしている。

 その第1弾となるのが「Shadowrun」というシューティング・ゲームである。Microsoft社はこのゲーム・タイトルのVista版とXbox 360版をVistaと同時期にリリースする予定。これを手始めにXbox Liveの世界をWindows Mobile搭載機やJava/BREWベースの携帯電話にも展開していきたい考えである。

 もっとも,複雑で素早いアクション操作を必要とするゲームを携帯電話で行うというのはなかなか困難で,そうしたいと思うユーザーは少ないだろう。そこでMicrosoft社が考えたのがゲームを通したユーザー間のコミュニティである。

 同社はこの構想のもと,携帯電話の画面にもゲーム・ユーザー情報を表示できるサービスを提供しようとしている。たとえば,リストに表示されるゲーム仲間の情報を閲覧すると,その人の過去のスコアや高得点を出しているゲームの種類といった情報が表示されるようになるという。その仲間に容易にメールを送れるなど,Xbox/パソコン/携帯端末といった機器の違いを問わず,どこからでもコミュニケーションをとれるようにするという計画である。

 また同じユーザーであれば,機器に応じてアカウントを取得するのではなく,同一のアカウントですべてを利用できるという仕組みを用意するいう。Gates氏は,「消費者がいつでもどんな機器からでもアクセスできるこうしたサービスは,Microsoftだけが提供できるもの」と説明する。このサービスは来年の今ごろまでに提供する計画という(発表資料)。

MicrosoftにはXboxがある

 以上見てきて,これらの展開から何かが見えてくるような気がするのは筆者だけではないだろう。それは,Vistaを家庭市場に広めたいMicrosoft社にとって,Xboxを利用した展開が最も効率よい攻略法ということに同社が気付いたことではないだろうか。

 Xboxは日本では苦戦しているものの,北米をはじめとする海外では好調な売れ行きを示している。同社によれば昨年11月に発売したXbox 360の累計出荷台数はまもなく550万台に達する。年末のホリデー・シーズンでは出荷が追いつかないという盛況ぶりだった(英Reutersの記事)。同社はライバルの次世代ゲーム機が市場投入される前にXbox 360を1000万台の大台にのせるとしている。この調子で販売力を維持し,ソニーや任天堂に先行して圧倒的優位な立場を確保したい考えだ。

 同時にMicrosoft社は,Live Anywhere戦略をネットワーク事業で最重要事業と位置付けている。Live Anywhereを軸に,家庭市場に食い込むことができれば,パソコン/ゲーム機/携帯端末を連携したサービスを提供できる。その先には,映像や音楽の配信/マーケットプレースという展開も待っている。そしてその基盤となるのがVistaというわけである。

 Apple Computer社がiPodの好業績で,iPodはもとより,音楽配信事業でも成功した。これが奏効しブランド力も高まり,同社のMacintosh製品の売り上げにも貢献した。

 Microsoft社の場合は,Xboxがあるというわけだ。ゲームやそれを取り巻くオンライン・サービス/コンテンツを核にして,企業イメージをあげ,家庭のリビングルームで確固たる地位を築く。今のMicrosoft社にはそんな意気込みが感じられる。

 パソコンはかつてのように生産性向上のためだけのツールではなく,エンターテインメント分野にも進出するようになった。その市場に装いも新たに登場するのがWindows Vista。まだまだWindowsの時代は終わっていないよーー。そんなメッセージがGates氏の反論の真意なのかもしれない。

■著者紹介:小久保 重信(こくぼ しげのぶ)

ニューズフロント社長。1961年生まれ。98年よりBizTech, BizIT,IT Proの「USニュースフラッシュ」記事を執筆。2000年,有限会社ビットアークを共同設立し,「日経MAC」などに寄稿。2001年,株式会社ニューズフロントを設立。「ニュースの収集から記事執筆・編集など,IT専門記者・翻訳者の能力を生かした一貫した制作業務」を専門とする。共同著書に「ファイルメーカーPro 職人のTips 100」(日経BP社,2000年)がある。