Amazon Web Servicesを提供する米アマゾン・ドットコムは、最近になって「リーン・クラウド」を掲げている。このところ話題になっている、起業時におけるアプローチ「リーン・スタートアップ」にならったものと言える。このほど来日した同社CTOのヴァーナー・ボーガス氏に、リーン・クラウドの導入背景や活用事例などを聞いた。(聞き手は、菊池 隆裕=ITpro)

4月6日に開催されたイベントでは、テーマとして「リーン・クラウド」を掲げました。これは、どのようなものですか。

米アマゾン・ドットコムCTOのヴァーナー・ボーガス氏
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 リーン・クラウドのリーンは、無駄のない、あるいはやせたという意味の英語であり、もともとのコンセプトは日本から生まれました。リーンのアプローチで大事なことは、無駄を省くことです。顧客に価値を届けることに焦点をあてていないものは、すべて無駄と言えます。私たちがクラウドサービスを開発する際にも、この原則論を常に念頭に置いていました。

こうした考えに至る背景を教えてください。

 このところ、あらゆるビジネスの風景が一変しています。競争は激しさを増し、顧客の声が一段と強くなっています。この変化に対応しようとすれば、資本が必要になります。若い企業も大企業も、無駄のないリーンなやり方を採用することで、新事業が成功するかどうかを早い段階で知ることができるのです。

 製品化を考えたとき、これまでなら発売の1~2年前に開発に着手するのが当たり前でした。しかし、今日では不確実性が増しているので、早い段階でマーケットに出して、いち早くフィードバックをもらう必要があります。しかも、フィードバックは常に手に入れなければなりません。

 不確実なものについては、リソースの管理方法も変えていく必要があります。必要なだけリソースを調達して、いらないリソースはすぐに解放するのです。これにより、その組織のコアコンピタンスを十分に発揮できるようになります。クラウドコンピューティングはその原則に従ったサービスであり、しかもコンピューティング資源の性能や信頼性はアマゾン側が面倒をみるので、ユーザーは商品の価値の創造に注力できるのです。

リーン・クラウドは若い会社向けとは限らないとの説明でした。

 そうです。リーン・クラウドの適用対象は、設立されたばかりの若い会社が中心ですが、大企業内の新規事業も視野に入っています。いずれも同じ方法で顧客やビジネスモデルを模索しないといけないと思っています。大きい会社であれ、生まれたての小さい会社であれ、やり方を学べば成功できる、それがリーンのアプローチです。

 私たちは、スタートアップを「不確実性のあるマーケットに対し、何かしらの製品を出していく組織」と定義しています。どの企業も、長い時間をかけてようやく製品を開発した結果、ニーズがなかった、と言っている余裕はありません。とにかく早く製品化し、市場からの声を聞いて方向性を調整する必要があります。やるのも引き上げるのもすばやくやるのが肝要です。

活用事例を教えていただけるでしょうか。

 ネットで成功を収めているフォースクエアやドロップボックス、プレイフィッシュなどすべての若い会社は、最初からクラウドで始めて、リーンなアプローチを実践しています。ここでは、老舗企業の活用例を紹介しましょう。英国の新聞テレグラフの例です。

 どの国でもそうですが、新聞社は定期購読が減っているので新しい収入源を模索しています。テレグラフは、新たな試みとして、ファッションに関するすべてのコンテンツを集めたメディアの作成に取り組んでいます。そこからオンラインショッピングにつなげていこうというもので、同社としては新しい試みです。

 実験なので、うまくいくかもしれませんし、不評かもしれません。そのすべてをクラウド上で実現したので、うまくいったら大規模化できますし、失敗したときのコストも知れています。結果は1日あたり20万ものページビューがあり、広告収入も集まりました。

 ここから分かるのは、リーンは規模の大小にかかわらず、すべてのビジネスの原則であるということです。同社のサービスも、初日から完成度が高いものではありませんでしたが、走りながら改善し、今では満足度の高いものになっています。

 このほか米国の新興市場ナスダックのデータ部門も、ユーザー向けの情報提供にクラウドを取り入れました。それまでの考え方を大きく変えて、データをシンプルな形でクラウドに放り込み、ユーザーに渡すことを選びました。このやり方なら既存の事業にもインパクトを与えず、ニーズがないと分かれば簡単に止められます。

 AWS自身もリーンなアプローチで進化しています。最初は最低限の機能群で評価してもらい、製品の方向性をユーザーに諮りました。その結果、5年で実装したサービスは82にも上ります。

大手企業では、一般に動きが遅くなりがちなものです。テレグラフのような大きな企業が迅速に動くときの動機付けは何でしょうか。

 すべての企業は、競争の激化と外部からの圧力にさらされています。商品化までの時間は短縮される一方です。商品の開発手法を変えていかないと、極端な話、企業は滅んでしまいます。実験的なことを低コストで始めて、ニーズがマッチしないなら止めてしまう。そして、資金の余裕をほかのものに振り分ける判断が必要になります。

 もう一つ注目している変化は、競争が大企業同士だけでなく、若い企業が大企業と同じ土俵でできるようになってきたことです。クラウドやオープンソースを使えば、若い会社も老舗企業と台頭どころか、より強く戦うことができます。

 さらに、日本はどうか分かりませんが、企業に対する顧客のロイヤルティが薄れています。なじみの会社とずっとつきあう、ということが少なくなっています。若い会社は顧客中心の開発を進めています。大企業も、同じように顧客中心で望む必要があるでしょう。