新しい携帯電話の予感も

 050電話はこれまでのIP電話と異なり,NTT網の着信機能を必要としない。このため,製品設計の自由度が大きい。単に今あるさまざまな電話と競合し,買い換えの対象になるということだけでなく,今ある電話そのものの形にも影響を与えかねない。

 まず電話器の形状であるが,通常の電話器タイプやパソコン向けソフトに加え,モバイル端末型というジャンルが登場しつつある(写真1[拡大表示],写真2[拡大表示])。電話ソフトは複雑ではないので,インターネット接続機能を持つ機器なら何でも050電話になれる可能性がある。

写真1●PDAを使い無線LANのアクセス・ポイント経由でIP電話を利用しているところ。
NTT-MEが試験中の「ネオモバイルサービス」
 
写真2●携帯電話型のIP電話端末。
アイピートークが無線LANアクセス・サービス用に開発

 重要なのは,無線LAN機能を活用すれば携帯電話と同等の使い勝手も実現できそうなこと。「無線LANを使う050電話端末を用意し,内線と外線の両方が使える構内PHSのイメージで使ってもらう」(フュージョン・コミュニケーションズ サービス企画部サービス開発グループの市来裕教担当課長)。

 実は携帯電話の次世代規格としては,VoIPをベースとする案が具体化している。だが,それを待たずに携帯電話をVoIP技術で実現してしまう可能性さえ出てきている。例えばKDDIは2003年4月に「CDMA2000 1x EV-DO」というデータ通信専用IPサービスを開始する。ここにVoIPソフトを搭載すれば,すぐにでも携帯電話をVoIPで実現できてしまう。この件についてKDDI au事業本部 1xEV-DO推進室の重野卓室長は,050電話サービスの取り込み方については何も決まっていないと前置きしたうえで,「EV-DOでIP電話に取り組むとしたら,データ通信をしながら音声をやり取りするようなアプリケーションや,カーナビ搭載端末などが対象になるだろう。多様な機器とのやり取りが求められる機器なら,音声だけ回線交換で別の処理にするより,データも音声も同じIPで実現する方式の方が親和性は高い」という。

音声品質の目安となるR値

 インターネット電話は音声をIPパケットに変換してインターネットでやり取りする。インターネットが混雑すれば,IPパケットの到着が遅れたり,途中で破棄されてしまったりする。そうなると,音声は聞き取りにくくなる。インターネットのトラフィックは絶えず変化するため,インターネット電話は通話品質が安定しないというデメリットを承知した上で使うのが当たり前だった。

 こうした現状を踏まえ,050電話サービスの実施に当たって総務省は事業者に通話品質の保証を求めた。「かけてもつながらない,音質が悪くて会話がままならないという事態を避けたい」(総合通信基盤局 電気通信事業部 電気通信技術システム課の松井俊弘課長補佐)。具体的には,050電話サービスの申請に当たって,一定の基準を満たしていることを義務付けたのである。

表2●総務省が定めるIP電話への番号割り当て条件

 基準として挙げられたのは,「R値」という音声通信を想定した回線品質の指標と,端末間の遅延時間である(表2[拡大表示])。R値の最大値は100。R値の高いネットワークほど,そこを通過した際の音声劣化は小さい。

 総務省はこの二つの指標から電話サービスに三段階(クラスA~C)の品質クラスを設定し,少なくともクラスCを満たすことを050電話サービスの提供条件としたのである。音質の目安としては,クラスAが「固定電話並み」,クラスBが「携帯電話並み」とされている。なおIP電話で固定電話と同じ番号体系(0ABJ系)を取得するには,条件が一番厳しいクラスAをクリアしなければならない。

遅延がすべての判断基準に

図3●R値の算出に必要な要素。
パラメータとしては20個あるが,050番号では遅延のデータのみを変数として代入して算出する

 R値の算出はかなり複雑だ。電話の端末やネットワーク,ユーザの環境など20ものパラメータを測定して計算しなければならない(図3[拡大表示])。

 ただし現段階ではR値の計算で必要なのは遅延に関する三つのパラメータのみである。他のパラメータに関しては固定値を入力すればいいという運用になっている。

 TTC(情報通信技術委員会)で測定と評価の方法を検討したアジレント・テクノロジーの平沼陽二郎氏によると「室内の雑音や端末の特性など,環境を特定できないものは定数として考え,遅延のみ測定することにした」という。つまり,050番号を取得する条件は遅延値のみで決まるのである。

図4●R値の測定方法。
入力したアナログ信号とIPパケットに変換し,IP網を通過してきた信号を再度アナログ信号に戻して比較する。測定した遅延の値からR値を算出できる。アジレント・テクノロジーの測定器を使った場合

 測定には専用の機器を使う。例えば,アジレント・テクノロジーのTelegra VQTでは図4[拡大表示]のような手順で遅延の値をはじき出す。入力した音声信号とIP網を通過してきた音声信号を比較するのである。測定器では,R値とは別のPESQ値という音質評価の指標と遅延に関するいくつかのデータを得る。R値は遅延のデータをソフトウェアで計算することで算出している。

 遅延はIP電話の端末とIP網のそれぞれで生じる。

 まずIP電話の端末で音声とIPパケットを変換するのに「20ミリ~30ミリ秒程度の遅延が生じる」(フュージョンの市来担当課長)。IP電話のユーザ同士で会話すれば40ミリ~60ミリ秒の遅延となる。つまり逆算すると,クラスAをクリアするには,IP網での遅延を40ミリ~60ミリ秒に抑えねばならない。これを実現するのは「非常に厳しい」(市来担当課長)という。

 それでは,遅延は実際の音質にどの程度響くだろうか。沖電気工業 ネットワークシステムカンパニーIP電話普及推進センタの井坂正純シニア・エバンジェリストによると,「端末間の遅延が100ミリ秒を越えると多少は気になるが,実用上は200ミリ秒以内であればまったく問題ない」という。つまり150ミリ秒以内を定めたクラスBであれば,十分な音質であるといえる。

品質対策の王道は帯域確保

 音質の劣化をもたらす原因としてはどのようなものがあるのだろうか。

図5●IP電話における音声劣化の要因と対策

 一番わかりやすいものが前述の伝送遅延である(図5上[拡大表示])。これが生じると会話の間が空いてしまい,衛星通信を使った国際電話のようになる。伝送遅延はエコーの原因にもなる。相手の端末に届いた声は,端末上で折り返して相手の声とともに自分のところまである程度戻ってくる。「遅延が大きくなるにしたがって,折り返してきた声がエコーとして認識されるようになる」(沖電気工業の井坂氏)からだ。

 ゆらぎもある(図5中[拡大表示])。IPパケットは送り出した時と同じタイミングで受信者の所に届くとは限らない。IPパケットによって違う経路を通ることもあるし,一部のIPパケットだけ遅れて届くこともある。

 最も影響が大きいのはIPパケットの破棄である(図5下[拡大表示])。IPパケットの破棄はIP網が混雑して,ルータがIPパケットを処理できる能力を超えた場合に起こる。ルータがIPパケットを破棄してしまうのである。IP電話では遅延を防ぐためIPパケットをUDPプロトコルで送受信する。そのため,送った端末は再送制御を実行しない。

 これら音質の劣化に対する対策はいくつかある。最も効果的なのは,広帯域な音声専用のIP網を構築し,ルータで帯域を制御することである。例えばNTT-MEは「遅延が生じないように高速回線と高性能ルータで音声専用のIP網を構築し,さらに経路を二重化している」(サービス イノベーション本部 XePhionコール事業部の長谷川義廣事業部長)。

 別の対策としては,送信側の端末で音声をパケットを小さくする方法がある。パケットを小さくすると,音声がディジタル化されてIPパケットとして送られるまでの平均時間が短くなる。ただし,IPパケットを小さくすると,同じデータ量を送るために必要な送信パケット数が多くなる。これはルータの負荷を高めるので,事業者はそのあたりの兼ね合いを考慮してパケット・サイズを決めることになる。

 ゆらぎは受信側の端末である程度IPパケットをバッファしてから再生することで吸収できる。ただし,「バッファの容量を増やすと,最初に到着したIPパケットは音声を再生するまで待たされてしまい,遅延が大きくなる」(沖電気工業の井坂氏)。こちらもトレード・オフの関係にある。

(市嶋 洋平)