消費者の強い要求を背景に,悪質なスパム・メールを禁止する法案が先週,米上院議会を通過した(関連記事)。今後,下院で審議中のスパム禁止法案とすり合わせた後,ブッシュ大統領の署名を経て法制化される公算が高い。「よくよく見ると抜け穴だらけの法律」とも評されているが,米国の消費者団体らは概ね歓迎している。カリフォルニア州では連邦より一足早く,最高100万ドルの罰金を科すスパム禁止法が成立し,来年1月から施行される予定だ。

 それにしても,「100万ドル(1億円以上)」の罰金とは。常識外れの重罰を科すに至った背景を,以下で探って行く。

opt-inかopt-outか

 米国では電子メール全体の半数以上がスパムと言われる(関連記事)。その数は1日当たり1000億通にも達する。おかげでインターネットの通信速度はガタ落ち。メール・ボックスはクズ情報であふれかえり,ともすれば本当に必要なメールを読み落としてしまう。あるいは「ポルノ・ビデオ」や「体の特定部分を大きくする薬」などを売り込むメールが子供に届き,親たちが頭を悩ますといった事態が毎日のように起きる。

 あえて断るまでもなく,どんな人でもスパム・メールを忌み嫌っている。しかしつい最近まで,それを禁止する法律は存在しなかった。しかし,ここに来て抵抗勢力の努力も限界に達した。

 カリフォルニアのスパム禁止法は,いわゆるopt-in方式を採用している。Opt-in,すなわち業者があらかじめ「メールを送っていいですか」と聞き,「イエス」と回答した人にだけスパムの送信を許可する,という法律だ。一方,今回上院を通過した禁止法案は,opt-out方式。すなわち業者は最初,手当たり次第誰にでもメールを送ることができる。しかし「私にはもうメールを送らないで下さい」という回答を返した人には,それ以降はメールを流してはいけない。

 両者を比較すると,opt-in,すなわちカリフォルニア方式のほうが,より厳格にスパム・メールを取り締まることができる。逆に言うと連邦上院法案の方が,性格的にはスパム業者に甘い法律である。この点を補うために,上院法案では「do-not-spamリスト」というのを用意し,ここに登録した人間にはマーケティング業者が最初からスパム・メールを送ってはいけない,と定めた。Do-not-spam,すなわち「私にスパムを送らないで」リストである。

「巨額の罰金=バレたときの怖さ」は抑止力になるか

 Do-not-spamリストには,お手本がある。今年9月に成立したTele-marketing禁止法である。Tele-marketingは別名,Unsolicited Marketing Call(不特定多数の消費者にかける販促電話) とも呼ばれる。

 以前,本コラムでも紹介したが,米国に住んでいると頻繁にこの電話がかかってきて,煩わしい事この上ない(記事へ)。Tele-marketing禁止法では一概に電話販売を禁止するのではなく,あらかじめ「do-not-callリスト」に登録した人には,販促電話をしてはいけない,と定めている。Do-not-call,すなわち「私に電話をかけないで」リストだ。これをたのが,今回の上院spam禁止法案なのだ。

 さて電話の方,つまりDo-not-callリストには一月あまりの間に,5000万人以上の米国人が登録したという。短期間にここまでリストが膨らむとは,腹に据えかねていた人がよほど多かったのだろう。ただし,その有効性のほどは定かではない。仮に消費者が「電話かけないで」リストに登録したところで,マーケティング業者側がそれを無視したら何の役にも立たないからだ。

 Do-not-spamリストとなると,もっと頼りない。電子メールの送信者アドレスなんて,いくらでもごまかすことができるから,禁止リストに載っている人にだって,業者は平気でスパムを流し続けるだろう。

 Opt-inやopt-out方式の効力にしても,最終的にはマーケティング業者の良識次第ということになる。いくら法律で「了承を取った相手にだけしか送れない」と定めたところで,「バレなければいいのさ」と開き直れば,業者はいくらでも送り続けるだろう。

 「法律の抜け穴」とは,つまりそういうことである。「最高100万ドル」という超高額の罰金を課したのは,バレた時の怖さを思い知らせて,スパム業者を脅すためである。

法律は技術に追いつけるか

 Do-not-spamやDo-not-callリストには,さらなる前例がある。それは1964年に連邦で定められたダイレクト・メール管理法である。これは消費者があらかじめ郵便局の所定リストに登録しておけば,その人の住所にはダイレクト・メールは郵送できない,という法律である。しかし私はアメリカに住んでいるとき,こんな法律があるとは知らなかった。それほど気にしてなかったのである。

 確かにダイレクト・メールは毎日何通か届いたが,大して迷惑とは思わなかった。その理由はダイレクト・メールの量が限られていたからだ。玄関のポストがギッシリになって,本当に必要な郵便物が埋もれてしまうほどにもなれば,私も怒ったはずだ。しかし,そうはならなかった。

 あれは結局,コストの問題である。何だかんだ言っても,郵便料金はバカにならない。ダイレクト・メール業者だって,だれかれ構わず送りつけていたわけではあるまい。商品やサービスに応じて,それを買ってくれそうな人に,ある程度的を絞って送っていたはずだ。本来,ダイレクト・メールとはそういう物のはずだ。

 しかし,電話,さらに電子メールと,技術の発達に連れてどんどんコミュニケーション・コストが下がって行った。それでも電話ならいくらか料金・労力がかかるから,まだ歯止めがきく。しかし電子メールとなると,100万通出したってタダ同然で,手間もかからない。こうなると業者は,もう手当たり次第に送りつけるようになる。揚げ句の果てに,電子メールの半分がジャンク・メールとなってしまった。

 こう見てくると,一つの対処の仕方としては,「スパム・メールには何らかの特別料金を課す」という方法もあり得る。実際,連邦や各州議会では,今回の件とは別にこうした法案も俎上に上っている。とはいえ,これも最終的には「実現可能性」の問題に行き着くのである。「スパムには特別料金を課す」といっても,いったい,技術的に可能なのだろうか。そもそも誰か出したかだって,よく分からないのに。

 「法律は常に技術に後れを取る」とはよく言われることだが,スパム問題はその最たる例である。