米国のインターネット業界では,スパム・メール(junk email)が手に負えないほど,はびこってしまった。ePrivacyというコンサルタント会社の調査によれば,今やネット上を行き交う電子メール全体の40%はスパムだという。世界最大のプロバイダAOLの場合,40%ではとても収まらない。何と全体の70%以上がスパムであるという。

 当然ながらプロバイダは,利用者からの苦情処理やフィルタリングなどに追われて四苦八苦している。対抗措置としてAOLは先日,悪質なスパム業者らを相手取って,総額1000万ドルの損害賠償を求める訴訟を起こした(関連記事)。同社が訴えた12の業者は,全体で10億通にも上るスパムを送信し,そのためユーザーから800万件もの苦情が寄せられたという。

 米Microsoftも今年2月,同様の訴訟を起こしている。ねずみ算式に増加するスパム問題を重く見たFTC(米連邦取引委員会)は今週(4月28日の週),スパム対策を検討するための緊急フォーラムを開催する予定。

「何がスパムか」という定義がハッキリしていない

 なぜここまで,はびこってしまったのか。最大の理由は,郵便を使ったダイレクト・メールに比べ,スパム・メールが格段に安いからだ。New York Timesの記事によれば,100万通のダイレクト・メールを出すには最低でも4万ドルかかるが,これを電子メール化すれば500~2000ドルで済んでしまうという。その効果のほどまでは書いていないが,100万通のメールが500ドル程度で済むなら,広告主の方でも「ダメモトでやってみようか」という気になるだろう。

 もちろん,こうした電子メール広告のすべてがスパム・メールというわけではない。米国の大手小売業者やEコマース専門業者らも,毎日たくさんの電子メール広告を不特定多数の消費者に送っている。彼らはこうした広告をスパムとは呼ばない。「ちゃんと相手の了承を,取って送っている」というのが,その理由である。

 確かに相手の了承を得ているならよいが,本当にそうしているかは分からない。消費者が几帳面にプロバイダまで報告しない限り,大抵の場合,第三者には確かめようがないのである(関連記事)。

 また仮に無断で届いたメールであったとしても,必ずしも「嫌われるスパム」とは限らない。実はこの点が,スパム対策の一番難しいところで,要するに「何がスパムか」という定義がハッキリしていないから,フィルタリング・ソフトも作り難い。たとえば仮に業者がクーポン券付の電子メール広告を送りつけたとする。フィルタリング・ソフトがこのメールをはじいてしまったが,後でそれを知った消費者が「あの割引クーポンは欲しかったのに」と言ったとしたら,この電子メール広告はスパム・メールと呼べるのだろうか。

技術的な対策ではなく法律で禁ずる道も

 スパム対策には,「フィルタリング・ソフト」という技術に頼るやり方と共に,法律で禁ずるやり方もある。連邦上院議会では今月11日,spam禁止法案が提出されたが,AOLやYahoo!をはじめ,主要なインターネット関連業者は一様に,この連邦法案を支持している。

 ちなみにAOLが既に起こした訴訟は,彼らが本社を置くバージニア州の法律に基づいて告訴したものである。この州法はスパム・メール自体を禁止しているのではなく,「コンピュータを使った悪質な営業行為」などを禁じた法律だ。ニューヨークやオクラホマなどいくつかの州では既に,スパム・メール自体を禁止する法律が制定されたが,連邦レベルではこの上院法案が初めてとなる。

 さて,この連邦のスパム・メール禁止法案は可決されるだろうか。新聞報道を見る限り,完全禁止とはまではいかないまでも,何らかの形でスパム・メールを規制する連邦法は生まれそうである。

 しかし,私個人の経験から判断すると,それが実際にスパム・メールの蔓延(まんえん)を食い止める効力を持つかどうかは怪しい。米国では不特定多数を相手にした営業活動は,かなり大目に見られているからだ。

 例えば電話やファックスを使った販売は,本当に頻繁に行われている。Unsolicited Promotion Call(セールス担当者がランダムに電話して,たまたま受話器を取った人に売り込む営業行為)などと呼ばれるが,ニューヨークなど都会に暮らしていると,これはもう毎日と言っていいほどかかってくる。

 私もアメリカに移住した当初は,英会話の勉強のつもりで丁寧に応対していたが(もちろん何一つ買ったことはない),後になると,Unsolicited Callだと分かった瞬間に電話を切ってしまうようになった。しかし切っても,すぐまたかけてくる。「何で切るのか。失礼じゃないか!」と怒鳴られたこともある。とにかく,しつこい。運が悪い日は,一日に2,3回かかってくる。あまりに煩わしいし,腹が立ったので,ある時などは次のように答えたものである。

“I used to be a Yakuza, notorious Japanese gangster. Do you still want to sell it to me?”

・・・信じたのかどうかは知らないが,向こうの方から電話を切ってくれた。とにかく,こうでもしないと相手はなかなか引き下がらない。

 このUnsolicited Callに比べれば,スパムなんてかわいいものである。逆に言えば,これほど悪質なUnsolicited Callを禁止する法律がないのだから,スパム禁止法案の行方も危ぶまれるのだ。Unsolicited Callを禁止できないのは,恐らく米国の保険やクレジット・カード会社など,こうした販売方法に強く依存する業界が,議会で強力なロビー活動を展開しているためだ。今回も同じような圧力がかかって,法案は最終的に「骨抜き」にされる恐れがある。