さて,どこまで売れるだろうか・・・。一昨年からさんざん騒がれ,「次世代の乗り物」と期待される「Segway Human Transporter」が,いよいよ今月から一般消費者に向けて出荷される。既にオンライン小売サイトAmazon.comでは,多数の予約注文が舞い込んでいるという。

 Segwayは2001年初頭から,「Ginger」「IT」というダブル・コード・ネームのもと,半ば公然と“秘密開発”が続けられた(開発者は発明家のDean Kamen氏)。Webを中心に「謎の乗り物」というウワサが広まり,それをテレビ局や新聞社があおり立て,あっという間に世界中を駆け巡るニュースとなった(関連記事)。

 中には「空を飛ぶスクーターだ」「動力に核融合技術を使っているらしい」といった,信じられないようなウワサもあった。当時はITブームも終焉に達していたが,活況の名残を留める米国産業を背景に,みんなが「奇妙な乗り物」のウワサに興じる余裕があった。

実体はウワサほどではなかったが評判はまずまず,普及への障害は道路規制

 Segwayが公開されたのは,それから約1年後。二輪の立ち乗り式スクーターで,動力には「比較的,環境に優しい」とされるNiMH(ニッケル水素)電池を使っていた。重量はモデルにより異なるが,一般消費者向けは38キロ。最高速度は時速20キロ程度。内蔵する5台のジャイロ・スコープによって,乗り手が体重移動させるだけで前後左右へと操縦できる。さすがに「空を飛ぶ」までには至らなかったが,試乗した人達の評判は上々だった(関連記事)。

 その後,Segway社(Segwayの開発・販売のためにKamen氏が設立した会社)では,米国の有名人に乗ってもらったり,一般人の中から希望者を募り,彼らに試乗してもらうなどして,出荷に向けた「地ならし」を進めた。Segwayの奇抜な形状と,体重移動でユルユルと移動するコミカルな動きが受けて,ここでも評判は極めて良かった。

 普及に向けて最大の障害と見られたのが,道路規制だった。米国では(恐らく,どの文明国でもそうだと思うが),歩道を動力車で移動することが禁止されている。Segwayは大したスピードは出ないが,それでも動力車であることは間違いない。

 そこで,この道路規制を解除させるため,SegwayHT社は米国各州の議会で熱心なロビー活動(議員への説得活動)を展開。この結果,現在までカリフォルニア州をはじめ30州で,動力車の歩道走行が可能になった。ただ各州議会の中には,Segwayのために提出された新法案の中身がよく理解できず,「新型の車椅子」と勘違いして賛成票を投じた議員もいたという。ともあれ,このロビー活動に,同社は少なくとも100万ドルを費やしたというウワサである。

 今後の課題は,州の下に位置する市町村レベルでの規制を解除することである。さらに連邦レベルでの支持も取り付ける必要がある。自治制が発達した米国では,逆に法規制の網の目が複雑で,ある自治体がOKを出しても,他からクレームのつくケースがままある。例えばカリフォルニア州の法律は,Segwayにゴー・サインを出したが,その中にあるサンフランシスコ市では,高齢者の市民団体が反対した結果,Segwayの走行は禁止された。「歩行者にぶつかったら危ない」というのが,主な反対理由である。

 Kamen氏は連邦レベルでの働きかけも活発に行っている。低燃費・低公害を売り物にして,「(環境に優しい)Segwayの購入者に対し,税額控除の優遇措置をとってくれ」と政府高官を説得しているという。Segwayのファンには,副大統領のDick Cheney氏など,意外な有力者が含まれており,まんざら実現の可能性がないわけではない。Cheney氏が心臓に持病を抱えていることは周知の事実。心臓に負担をかけたくない副大統領は,しょっちゅうSegwayに乗って自宅付近を移動しているという。

普及への道は険しい

 ここからは全くの私見だが,Segwayは一挙に普及することはないように思う。最初は体に負担をかけたくないなどの理由でどうしても必要とする人たちや,郵便配達など特定の用途に限定され,そこから徐々に浸透して行くのではなかろうか。

 また現在の交通手段を一新するほど,広範囲に普及するかも疑問だ。地域や国による違いも出てくるだろう。たとえば東京都心のような大都会の混雑した歩道で,Segwayが自由気ままに走行するシーンは想像し難い。

 むしろ自転車やモーター・バイクが行き交うカンボジアやベトナムなど発展途上国なら,そうした古い乗り物の代わりとして重宝しそうだ(この場合は車道を走るのである)。中古バイクの排気ガスもなくなり,公害の発生も防げるだろう。しかし,そういう国では,今度は価格が問題になる。現在のSegwayの価格(4950ドル)では,高過ぎて手が出ない人が多いだろう。

 米国では,「一般道路に,Segway用の特別車線を作れ」という意見も出ている。実際,こうでもしなければ,歩道ではいずれ事故が発生するような気がする。試乗段階では大きな事故は報告されていないが,これは何と言ってもまだ走行台数が少ないせいである。ただ特別車線を増設するにしても,米国のように道幅に余裕のある国なら可能だが,日本では極めて難しい。いろいろな面を考えると,やはり市場は限定されるような気がするのである。