Webサイトで公開するコラムを書く場合,筆者は極力,何らかの実験をするように心掛けている。読者との議論を基にコラムを書き上げた例原稿の執筆時間を計測し,それを原稿に書いた例ある一日に聞いた話をそのまま公開した例,といった具合である。

 今回は,同一テーマのコラムを3本ほぼ同時に書き,三つのサイトで公開することを試みたい。三つのサイトとは,IT Pro,製造業やハイテク産業の技術者向けサイトTech-On!,そして日経ビジネスEXPRESSである。

 取り上げるテーマとして「何が技術者を殺すのか」を選んだ。技術者のやる気を失わせる諸問題について考えようということである。IT ProではIT関連技術者に向けた内容を書き,Tech-On!ではエレクトロニクス・メカニカルの技術者に向けて,日経ビジネスEXPRESSでは経営者やビジネスパーソン一般に向けて,それぞれ書いてみる。

 このテーマは,筆者が編集に関わっている技術経営戦略誌「日経ビズテック」が,その第8号の特集記事で取り上げたものだ。日経ビズテックにおいては,特集の題名を「技術者問題を考える」とした。もとの題名は「何が技術者を殺すのか」であったが,印刷直前に変更したのである。ただし英語の題名は「What's Killing Engineers?」とそのままにした。

技術者を悩ませる三つの問題

 3本のコラムのうち,まずIT Pro向けのコラムを書くことした。IT Proの締切が一番最初に来たからである。日経ビズテックは,ITにとどまらず,テクノロジー全般を扱っている。そこで今回の特集で提起した問題を,ITの世界に当てはめて考えてみたい。

 「技術者問題を考える」で提起した問題点は,大きく次の三つである。

(1)研究開発の活動を事業化になかなか結びつけられない。
(2)そもそも研究開発の前提となる事業戦略が他社の後追いか横並びである。
(3)稚拙な成果主義の導入に見られるように,技術者をきちんと評価できない。

 ITの世界では,技術者の長時間労働が問題視されるが,それは(2)によって起こると考えられる。それでは,順番に見ていこう。研究開発から事業化へ至る道がなかなか険しいことが,なぜ技術者のやる気に関係するのか。それは,自分の仕事が社会や会社に貢献しているという実感を持てなくなる危険があるからだ。純粋な科学者は別として,通常の企業の研究者や技術者は,世の中に役立つ技術や,顧客から評価される製品を作ろうと日夜努力している。ところがいくら研究を続けても,あるいは開発を続けても,それが事業化されないとなると,本来の目標を達成できないことになり,モチベーションは下がらざるをえない。

 もちろんすべての研究や開発が成功するわけはないので,どこかの段階で,経営者が事業化するかどうかを判断する。問題は,事業化の芽があった研究まで打ち切ってしまう経営者がいることだ。また,いつまでたっても判断できない経営者も困りものである。

 こうした問題は,コンピュータ・メーカーや製品開発型のソフト会社では大いにあり得るし,新事業に取り組むシステム・インテグレータでも起こりうる。ただし,多くのソフト会社,あるいは企業の情報システム部門にとっては,実感がわかない問題かもしれない。というのも,ソフト会社や情報システム部門の多くは,研究開発機能を持っていない。つまり,「決められた仕事を繰り返すばかりで,新しい挑戦がなかなかできない」ことのほうがより深刻な問題と言える。

 「必ず会社の役に立つ」とシステム部門が考えてまとめた企画を,経営陣がいったん承認しておきながら,実施段階になって「今期の利益が厳しいので,開発は凍結する」と言い出すことはしばしばある。もちろん会社の利益は重要だが,経営陣が開発凍結を言い渡す時に「システムの強化はさほど急ぐ案件ではない」などと言ってしまうと,システム部門の担当者のやる気は大きくそがれてしまう。

 新製品を作って売るコンピュータ・メーカーや製品開発型ソフト会社と,企業情報システムをきちんと維持・強化していく情報システム部門,そしてシステム部門のパートナーとなるソフト会社の任務は異なるから,一律に論じることはできない。しかし,なんらかの挑戦的なプロジェクトを実施しない情報システム部門やソフト会社が,力を付けていくことは難しい。

横並び王国日本

 次に,二番目の問題点である「事業戦略が他社の後追いか横並び」を考えたい。要するに,そもそもの戦略が「失敗しなければいい」といった消極的なものなので,それが技術の選択においても影響し,「よそがやっているからやれ」「先例がないから投資しない」といった話につながる。こうなると,現場の技術者の意欲は失われる,というわけだ。

 横並び問題は,日本の企業全体が抱える病と言えるので,コンピュータ・メーカー,ソフト会社,インテグレータ,そして情報システム部門まで,IT関連技術者が所属する日本企業のすべてにこの問題は当てはまる。例えば,日本のコンピュータ・メーカーの後追い戦略にまつわる逸話は,いくらでも挙げられるが,IT Pro読者の多くは見聞きされているだろうし,いまさら失敗を論っても仕方がないので別なことを書く。

 出来上がった日経ビズテックの特集(全部で75ページある)を読み直してみると,多くの寄稿者(登場する寄稿者や発言者は総勢22人)が,「異質な人材を許容できない日本」といった指摘をしている。経営者も横並びなら,管理職も現場も横並びなのである。社内で皆同じようなことをするだけではなく,社外においても談合をし,異質な会社を排除する。無用な波風を立てない生活の知恵ではあるが,新しいことを生み出す力はなかなか出てこない。

 ニューコア・テクノロジーという画像処理プロセサ開発会社を起業した渡辺誠一郎氏が興味深い指摘をしていた。渡辺氏はインテルに在籍していたとき,マネジャ研修で「アチーバーを大切にしなさい」と習ったそうだ。アチーバーとは,「常に先を見て,進歩しようという強い動機を持つ人材」で,目標を自分で立て,上司の指示を受けなくてもばりばり仕事をする。これに対し,指示通りにきっちり仕事をする優秀な人材をフォロワーと呼ぶ。マネジャの仕事は,アチーバーの目標を企業のビジネス目標に合わせることと,フォロワーを上手く動員することという。

 筆者が面白いと思ったのは,渡辺氏が「アチーバーは往々にして,人格的にゆがんでいたりするが,企業にとって極めて重要な人材だ」と述べていたことである。確かに長年取材していると,「この人は凄い。しかし部下にはなりたくない。同僚として毎日会ったら疲れるかもしれない」と思わせる逸材にお目にかかることがある。読者の皆さんの周囲にも,アチーバーがいるのではないか。経営者がアチーバーを評価しないのは問題だが,現場もアチーバーを村八分にしていないだろうか。

技術者を評価できるか

 三番目の問題は「技術者をきちんと評価できない」である。これが,やはり最大の懸案であろう。そもそも事業戦略が曖昧である以上,人材の評価も曖昧にならざるをえない。アチーバーを評価できないだけではなく,フォロワーも評価できないのである。

 今回,この問題について,人事コンサルタントの城繁幸氏に寄稿いただいた。城氏は,富士通の人事部門に所属した経歴を持ち,『内側から見た富士通成果主義の崩壊』(光文社),「日本型成果主義の可能性」(東洋経済新報社)といった著書がある。

 城氏は,「ポストと報酬を分離する」「現場に人事権を持たせる」といった提言をしている。管理能力がない人を外そうとすると,給与を下げることになり,それは日本企業で難しい。ポストと報酬を分離すれば,管理職から外しても給与は下げないで済む。また,現場の管理職が部下を評価し,給与まで決められるライン人事に移行することで,真に事業に貢献した人を評価しやすくなる。もちろん,現場の管理職が人事権に見合った能力と責任を持つことが前提である。

 ここまで書いて気付いたが,最後のところで,また日本問題が顔を出す。「現場の管理職が人事権に見合った能力と責任を持つ」ことが可能かどうかという問題である。

 最近,「記者の眼」を書くと,色々なことを考えてしまい,原稿がやたらと長くなる傾向にある。そこで今回は問題提起をするに留めた。冒頭に述べたように,このテーマで後2本コラムを書き,Tech-On!日経ビジネスEXPRESSで公開する。お時間のある読者は,この二つのサイトを覗いてみて頂きたい。IT以外のサイトを眺めてみると,思わぬヒントが得られるかもしれない(ただし日経ビジネスEXPRESSは,日経ビジネス読者限定となっています)。

(谷島 宣之=日経ビズテック・日経ビジネス・日経コンピュータ編集委員)