筆者は今年2月に「姿を見せ始めたか,IPv6の“卵”」という記事を書いた。その記事に対してIT Pro読者の方から「今のインターネットと互換性のないプロトコルはいくら金を投入してもインターネット・レベルでは普及しない」というコメントをいただいた。

 その理由は「現状でもNAT(解説記事)の不便さは個々のアプリケーションが解決しつつあるからだ」というご意見である。これを後押しするような技術が登場した。“NAT越え問題”をなくすためにフリービットが開発した「Emotion Link」である。

 IPv6のメリットの一つは,インターネットにつながった多様な端末(コンピュータだけでなく,ネット家電などを含む)が直接やり取りする「双方向通信」が実現しやすいことだった。だが,IPv4のままでも端末間通信を容易にすることを狙った「Emotion Link」のような技術によって,IPv6のメリットはかすんでしまうかもしれない。逆に,端末間通信のメリットが認知され,IPv6への注目度が高まる可能性もある。

 今回は,Emotion Linkを紹介しながら,インターネット上での多様な端末間通信が,これからどのような姿になっていくのか,を考えてみたい。

「双方向通信ならIPv6」のはずだったが・・・

 「NAT越え問題」とは,ブロードバンド・ルーターなどによって家庭内や社内でプライベートIPアドレスを使っている場合,ルーターの外側から内側の端末に通信を始めようとしても,その端末に到達できない,という問題である。ルーターの外側からは内側の端末のIPアドレスが分からないからだ(これはセキュリティ対策の1つとして機能している面ももちろんある)。

 ところが,アプリケーションによっては端末同士で直接やり取りしたいことがある。そこで,NAT越え問題を避けるために,アプリケーション側で工夫したり,ルーターの設定に工夫を凝らしたり,といった対策がなされてきた。

 例えば,サービス提供者側がサーバーを立てて,サーバーを介して通信し,端末同士で通信しているように見せる。ルーターでは,あるポートへのアクセスがあった場合は,内側にある特定の端末にそのパケットを転送するように設定する,といった具合である。

 サーバーを立てる方式ではサービス提供者がそれぞれ工夫を凝らして,アプリケーションごとにサーバーを立てているのが現状。ルーターの設定についてはITプロフェッショナルのみなさんなら,造作のない作業だろうが,ブロードバンド利用者が1500万に広がってきた現在,誰もができる作業というわけではない。

 端末間通信したい端末がパソコンであれば,冒頭のIT Pro読者のコメントのようにサーバーとの連携などで処理を工夫する手もある。ところが端末がネット家電などのパソコン以外の製品だったら,CPUの処理性能やメモリー空間など制約が多すぎる。そこで注目されてきたのが次世代IPプロトコル「IPv6」である。

 IPv6であれば,グローバルIPアドレスを非パソコン端末に割り振って,特別な工夫をしなくとも端末間通信ができるようになる。アドレス変換がないので,通信相手の非パソコン端末のIPアドレスさえ分かれば直接通信ができるのだ(もちろん,アドレス変換によってセキュリティの一面が確保されているという,NATのメリットは失われてしまうので,それは別の面でカバーする必要がある)。

 パソコンでは,まだインフラの整っていないIPv6を使わなくとも,そのパワーを生かした工夫で既存のIPv4インフラ上でなんとか対処できている。非力な非パソコン端末こそIPv6を使えば,シンプルに端末間通信ができる。なかなか立ち上がらないIPv6の活路はここにあるのではないか,と筆者は考えていた。

非PCでの利用を考えているEmotion Link

 ところが,非パソコン端末だってIPv4のままで端末間通信ができるじゃないか,という技術が,冒頭で紹介したフリービットのEmotion Linkである。Emotion Linkは,NATの内側の端末同士が確実に通信できることを目指して開発された。

 その結果,生まれたのが,実際にはサーバーを介しながらも,あたかも端末間で通信しているように見せかける,という方式である。「NAT越えを追求した結果,旧来のクライアント/サーバーのような形を取ることになった」(フリービットのソリューションビジネス事業部,屋島新平シニアコンサルタント)。

 端末からサーバーに通信を始めて,サーバーとの間に仮想的なトンネルを作る。これは通常のWebアクセスと同じようにNATがあっても問題なく接続できる。サーバーに接続すると「EL IPアドレス」が割り当てられる。10で始まるクラスAのプライベートIPアドレスである。端末間はこのEL IPアドレスを使って,通信する。

 インターネット上での表向きの通信はクライアント/サーバーなのだが,サーバーを経由した仮想的な通信網で,ICMP,マルチキャストを含むあるゆるIP通信ができるようになっている。

 Emotion Linkを用いたサービスの第1弾がグローバル・メディア・オンライン(GMO)の「GMOどこでもLAN」であるため,「SoftEtherの二番煎じか」と一般には思われている面もある(関連記事)。両者は確かによく似ているのだが,Emotion LinkはIPベースなのに対して,SoftEtherはIPに限らず他のプロトコルも使える点が異なる。この点でSoftEtherの方が適用範囲は広い。

 一方,Emotion Linkはパソコン・ベースだけでなく,ネット家電などの非パソコン端末への組み込みも狙っている。この点において,Emotion LinkはIPv6の出番を減らすかもしれないと筆者は考えるのだ。Emotion Linkを組み込んだ非パソコン端末によって,IPv4ネットワークで双方向通信が実現できれば,少なくともこの用途ではわざわざIPv6を使う必要はない。

開発者たちは,双方向アプリが増えることを期待

 もっとも,Emotion Linkは開発者たちは,Emotion LinkがIPv6の出番をなくしてしまうとは考えていない。そもそもフリービットは「Feel6 Farm」というIPv6接続実験を行ったり,IPv6ベースのIP電話サービス「FreeBit OfficeOne IPビジネスホン」を提供する(関連記事)など,IPv6を推進する企業の1つである。Emotion LinkはFeel6 Farmと同時に開発が進められていた。

 「Emotion Linkによって双方向通信が増えることを期待している。双方向通信のアプリケーションが増えれば,IPv6を使うメリットも広く分かってもらえるはず」(フリービットのCEO室 R&Dグループ加藤潤一マネージャー)

 確かにEmotion Linkでは,サーバーが規模拡大のボトルネックになる可能性がある。サーバーは全端末とセッションを張り続けて,端末間の通信の仲介を続けなくてはならないからだ。フリービットは,数千接続のレベルまではサーバー運営に自信を持っている。それを超えて,接続端末数を増やそうとする場合にも,サーバーの分散化を図るなどしてスケーラビリティを追求する方向性もある。

 一方,IPv6を使えば,Emotion Linkのようにサーバーを経由させたり,トンネルを作らなくても,シンプルに双方向通信ができる。だがそのためには,インターネット全体をIPv6に切り替える必要が出てくる。そのためのコストを考えると,IPv4のままジワジワと双方向通信のスケールを拡大していく方が可能性が高いように筆者自身は思う。

IPv6の“最後の砦”は,アドレス数の多さ?

 今までのネットワークの発展の歴史は,技術的にジャンプするよりも,既存の技術の延長の方を選択することが多かったように思う。例えば,イーサネットが10Mbpsから100Mbpsになろうとするとき,既存のイーサネットを大幅に拡張してQoSに仕組みを取り入れた100VG-AnyLANよりも,既存のイーサネットを高速化した100BASE-TXの方が主流になった。今では100VG-AnyLANと言っても,知らない人がほとんどだろう。果たしてIPv6はどちらの道を歩むのか。

 双方向通信でのIPv6の出番がなくなってしまったとしたら,「アドレス数の多さ」という点があらためてIPv6のメリットとしてクローズアップされる。アドレスの桁数がIPv4の32ビットから4倍の128ビットに増えた分,まさに桁違いに多くのアドレスを使えるようになる。

 IPv6への切り替えが起こるとすれば,「双方向通信でなくても良いから,IPアドレスが新たにたくさん必要なアプリケーションが出てくること」が条件になるのではないだろうか。

(和田 英一=IT Pro)