地上デジタル・テレビ放送がごく限られた地域のみだが放送開始され,徐々にハイビジョン映像の魅力が一般に知られるようになってきた。家電メーカーはアテネ五輪や夏のボーナス商戦に向けて続々と新製品を投入,買い換えるなら「地デジ」付きのテレビ,しかも薄型で,と販売は絶好調のようだ。

 地デジが受信できなくても,衛星を通じてのBSデジタル,110度CSデジタル放送では既に全国でハイビジョン映像が視聴可能だから,たくさんの方が大型パネルで「俳優の毛穴」まで見える鮮明画像をお楽しみのことだろう。それに加えて,DVDレコーダ付きハード・ディスク内蔵のビデオ・レコーダも,時間を気にせず自由に視聴可能な便利さが受け,爆発的に普及を始めている。

 ところが多くの場合,ハイビジョンを売り物にしているテレビにこうした最新の録画機をつないでも,ハイビジョンの高画質では録画できない。「ハイビジョン放送の録画にも対応」とキャッチ・コピーに書かれた録画機であっても,実際に録画されるのは標準画質に品質を落としたものになるものがほとんどだ。

 そんな閉塞状態に小さな穴を開ける製品が登場した。アイ・オー・データ機器の「Rec-POT M(レックポット・エム)」,PC周辺機器を得意とするメーカーの家電マーケットへの新しい提案だ。

「1回限りコピー可能」に対応

 これは,2003年9月に書いた「デジタルであってデジタルにならないもの」の回答となる製品の登場である。

 これまで,ハイビジョン映像がそのまま録画できるHDDレコーダは,シャープのDV-HRDシリーズなどごく限られた機種のみに留まっていた。DV-HRDシリーズの最新機種「DV-HRD2/20」は地上デジタル/BS/100度CSデジタル・チューナ,そしてDVDレコーダも内蔵した,まさに“全部入り”のウルトラ・スペック・マシンだ。当然ハイビジョン映像を楽しんでいるときに追いかけ再生や,録画中に録画済みの番組を見ることもできる。しかし,これだけ入ると価格はどうしてもアップする。3月15日に発売開始されたばかりのDV-HRD20の場合,街では10万円台後半で売られている。

 これに対し,Rec-POT Mの場合は,機能も回路も削りに削って簡素に仕上げた。デジタル・ハイビジョン・テレビに入っているチューナを使うから,チューナはなし,入力も出力もデジタル・ハイビジョンのストリームだけを扱うのだからi-Link(IEEE 1394)のみ。したがって背面パネルはシンプルそのもの。電源とi-Linkのポートが2個だけ。その結果,使い始めるのもごくごく簡単。i-Linkのケーブルをハイビジョンテレビにつなぐだけでハイ準備オッケーとなる(製品詳細のページ)。

 価格もシンプルな分だけお手軽だ。オープン価格だが,店頭では4月中旬から5万円台前半で売られる見込みだ。160GBのハード・ディスクを搭載し,地上デジタル・ハイビジョンで約17時間の録画が可能。

 2004年4月から,日本のデジタル・テレビ放送は不正コピー排除のため,すべての放送に「1回限りコピー可能」という制御信号が付加される。これが入ることにより,一旦ハード・ディスク・レコーダなどに録画した番組は,長期保存をするためにD-VHSなどにダビングはできない。Rec-POT M はこうしたコピー制限に対応するため,録画したデータをムーブ(移動)する機能を組込んだ。

移し替えるはしから元データを消去

 Rec-POT MからD-VHSにハイビジョン映像のまま移しかえると,元データは消去され,映像のコピーは1つだけとなる。これが「1回限りコピー可能」への対応だ。しかも,放送業界の要求は厳しく,「ある時点で2つ以上のコピーができないようにしなければならない」との認識があるという。このため,「AからBへムーブ中,移動が終わった部分はAから完全に消去します。従って,ムーブは実時間かかりますし,移動途中で作業を中断するとAとBに分断された状態で残ります」(アイ・オー・データ機器マルチメディア事業部AVネットワーク3課 増田憲泰プロダクトマネージャー)。

 つまり,今コンピュータで行っているファイルのムーブ機能,すなわち,「別の場所にファイルの複写を作り,それが終わった段階で元のファイルを消す」といった手法は使えないのだという。それができれば,デジタルでのムーブは一瞬で終わるはずだが,放送業界ではそれは認めないのだという。コンピュータ型のファイル・ムーブでは,ある時点で2つのコピーができてしまうし,消したといっても「消したことを示すフラグが立つ」だけだ。日本の放送業界ではこれはムーブとは呼べないのだそうだ。

 D-VHSなどテープを媒体にしているような場合は実時間かかってしまうかもしれないが,将来出てくる大容量メディアにデジタル・コピーをするなら,こうした問題に解決策を示さなければならないだろう。

 例えば,(1)ムーブ命令が出た段階で元データをエンドユーザーがアクセスできない形に(2)複写先にデータの複製を行う。ただし,まだエンドユーザーには利用不可のまま(3)ファイルのベリファイなどを行った後,複写先データを利用可能(ビジブル)にする。(4)元データのディレクトリを完全消去するなどサルベージ不可能な状態にする――といった方策を取れば,瞬時のコピーがあるいは可能になるかもしれない。もちろん,(1)の作業を行った後,電源断やケーブルの抜き差しがあったとしても回復できる仕組みがなければ,利用者は多大な損害を被ることになる。メーカにとっては負担のかかる開発となるだろう。

 このアイデアを同社の細野昭雄社長にぶつけたところ,「検討に値する面白いアイデアだが,放送業界の理解を得る方に時間がかかりそう」だという。どうやら日本の放送業界というものはユーザーの利便性,気持ち良く多くの人にみてもらうという意向より,1本たりとも不正コピーは許すまじとのかたくなな意思のもとに動いているようだ。これではデジタル放送の普及にはブレーキがかかってしまうだろう。

 米国などでは,日本よりもハイビジョン放送の提供は遅れ気味だった。しかし,その遅れを一気に取り戻そうと,ハイビジョンの映像をとことん楽しんでもらおうと手を変え品を変え,魅力的な製品開発を推し進めている。放送事業者も,家庭内利用なら,何台のディスプレイ端末で使っても自由に視聴可能なネットワーク・ライセンスを開放し,機器の提供も始まっている。

この辺りの事情については,本年1月に書いた。ご参照いただきたい(「もう米国では手に入るHD録画,裏番組同時録画,10万円」)。

 家電メーカも「ハイビジョン・テレビを作りました,でもハイビジョンで直接録画はできません」という消費者を戸惑わせるような市場開発から早く脱却すべきときに来ているだろう。しかし,家電メーカは放送業界と密接に関連したビジネスを展開しているため,ユーザ本位のビジネス・モデルを作りあげる勇気がない。放送業界を敵に回してしまえば,そのメーカの明日はない。これが日本の悲しい現実なのだが,ここに風穴を開けるのが今回のアイ・オー・データのような家電業界以外からの挑戦となるだろう。

内蔵する機能がシンプルな分,制限も

 サイズが小さいのにも感心する。ちょっと大きめの単行本といった大きさ。中にはハード・ディスクとそのコントローラくらいしか入っていないから,当然といえば当然かもしれないがすっきり,どこにでも納まる感じだ。

 EPGによる録画予約,映像をデコードして再生する機能などはすべてテレビ側のチューナで行う。したがっていろいろな機能が犠牲になる面もある。たとえば,録画中に録画分を再生する追いかけ再生機能などは可能なチューナとできないチューナがある。できないチューナの場合は,録画中は他の作業はできない。

 追いかけ再生ができるテレビ機種は限られる。対応機種についてはアイ・オー・データ機器のサイトで確認できるようになるはずだが,現在のところ,東芝の新型ハイビジョン・テレビでは追いかけ再生が可能だ。東芝側でも,Rec-POT MをOEMオプション製品,デジタル・ハイビジョンHDDレコーダ「THD-16A1」として販売する。

 録画や再生のコントロールをチューナ側で行うため,予約時間の変更,Gコード予約などができないこともある。時間的に連続する複数の番組を予約録画すると1本の番組にまとまってしまうといった不都合もある。

 「チューナを積み,自分で追いかけ再生などができるようにするアイデアもありましたが,価格が大幅に上がってしまうこと,4月のコピー制限開始時期に間に合わなくなってしまいそうなことなどから,簡素で低価格な製品をいち早く提供することにしました」(増田プロダクトマネージャー)

これからどう発展させるか

 ハイビジョン映像を楽しむ環境作りは,ようやく始まったばかりだ。今後,その楽しみを本当に豊かなものにするためにはまだまだ付け加えていかなければならないことが多そうだ。録画したものは隣の部屋でも楽しみたいし,取り貯めたものが多くなってくれば,一括して管理できるライブラリもほしくなる。気に入ったシーンだけを集めてコレクションもしたくなるだろう。自分で撮影した映像を組み合わせて自分だけのオリジナル作品も作ってみたいし,趣味の図鑑も作りたい。そのためにはPCに取り込んで編集できる仕組みも必要だ。

 「それをするならボケボケの映像でどうぞ」というのでは,あまりにも技術の発展に逆流する。不正コピーを排除する仕組み作りは当然必要だが,せっかく美しい映像が流せるようになったのだから,これを美しいままで豊かに楽しめる道をみんなで探すのが本来の姿だろう。放送業界,行政にもっともっと開かれたマインドが必要な時代が来てしまった。

(林 伸夫=編集委員室 主任編集委員)