一般消費者向けの家電製品をBtoBで売り込むための国際見本市,International CES(Consumer Electoronics Show,Las Vegas)が1月11日,4日間の日程を終えた。

 今年(2004年)のCESは2300社を超える出展企業が一堂に集い,家庭生活をデジタルでいかに変革し,楽しめるものにできるかを,覇を競って提案し,展示した。デジタル家電,ホームシアター・システム,携帯,車のハイテク装備などが巨大な会場に所狭しと並べられ,細かく見ていくと時間がいくらあっても足りない。

HD映像を家庭内で共有,タイムシフトで楽しむ製品続々

 そんな中で,日本に先んじて実用の領域に達しているなと感じさせてくれたのは,HDTV(High Definition TV)レコーダの分野だった。中でもユーザーの利便性を追及して,充実したスペックを盛り込んでいた2社は特筆に値する。

 BS入力を2系統,ケーブル1系統の計3系統のチューナを持ち,そのうち,2局の放送を同時に録画することのできるDISH Network(EchoStar Communications社)の最新機種「DISH Player-DVR 921」,録画視聴をしている映像を複数の部屋に同時に配信することのできる番組転送機能などをもったVOOM(Cablevision Systems社)のHD Home Media Networkなどだ。これら2社の製品をはじめ,忙しいけど映画好きといった人に受けそうな製品がめじろ押しだった。

 日本では衛星と地上波デジタルテレビでHD放送が行われているが,このHD画像をそのまま記録できる機器は1月15日発表されたシャープのデジタル・ハイビジョン・レコーダ「DV-HRD2」「DV-HRD20」など極めて数少なく,ようやく始まったばかりという感じだ。

 一方,米国では広い国土を一気にカバーする衛星デジタルが道を切り開いている。CESでの展示物は一般に将来の青写真を描いて見せるもので,すぐに消費者の手に入るものではない場合が多い。しかし先ほど引き合いに出したDISH NetworkはCESの会場内ばかりではなく,既に一般の会員募集活動を大々的に始めている。「HDテレビとハード・ディスク・レコーダをセットにして999ドル!,HD放送が25時間録れ,タイムシフト再生も自在!」とショッピング・センターなどで宣伝活動に余念がない(写真1)。

写真1
写真1●ラスベガスの巨大ショッピング・センター「Fashion Show Mall」4面マルチスクリーンで広告を打つDISH NetworkのHDレコーダ・キャンペーン

 ちなみにこのHDレコーダ,「DISH Player DVR 921」のスペックはかなりの大盤振る舞いだ。写真2のようにBS入力2系統に加えて,ケーブル入力1系統,USBポート2,IEEE 1394ポート2を装備し,デジタル入出力に必要なものが一通り揃っている。

写真2
写真2●DISH Networkの最新機種DVR 921の背面入出力パネル。 左端にはケーブル1,BS2系統の入力,右下にはIEEE 1394,USBポートなどが見える

 従来のSDTV製品には2系統のチューナを備え,裏番組も録れるようにしたものもあったが,HDチューナを2系統積んだ製品はなかった。ただし,出荷当初はこれら入出力ポートの機能は制限されている。コンテンツの権利保有者との著作権管理問題がクリアになっていなど,越えなければならないハードルがあるためだ。しかし,それら問題が順次解決され次第,内蔵のソフトウエアをアップデートし機能を追加していく方針だ。

 もう一つのVOOMのHD Home Media Networkは,ネットワークを通じてコンテンツのシェアを徹底的に楽しんでもらおうとする製品で,ユーザーの利便性を第一に考えようとするアプローチだ。真ん中に位置するセットトップ・サーバーからPC,オーディオ装置,2台目,3台目のHDTV装置へのネットワーク経由の配信などができる。面白いのは,電話の保留・転送機能のように一台のテレビで一時停止させた映像を,別の部屋に移動した後引き続き再生できる「Multi-TV DVR」機能だ。この機能を活用すれば,「夜も更けてきたので続きはベッドで」などといった楽しみ方も自在になる。

 ソフトを開発したのはUcentric Systems社。ネットワークを通じての写真,音楽,動画の共有システムの開発が得意な会社で,セットトップ・ボックス,HDTV,DVRなどへの組み込みソフトの開発を行っている。VOOMのサービスはUcentricのコンセプトを実際に使える形にまとめたものといえる。もちろんEPGなどを有効利用し,キーワードを登録しておくことで好みの番組を抜き出して録画する機能なども実現済みだ。

HD録画機能に足踏みする日本勢

 日本勢もハード・ディスク・レコーダやDVDレコーダを出展していたが,ネットワークを通じてHDを家庭内の複数端末に配信するシステムの展示にまでは至っておらず,上記2社の製品などと比べると大きく出遅れた感が強かった。録画したHD映像をメモリー・カード経由で共有しようとするものや,録画はSDレベルといった製品展示が多く,HDプログラムを楽しむ際の利便性が十分に訴えられていなかったのが残念だ。メモリー・カードではリアル・タイムの番組共有はできないし,HDプログラムは丸ごと納まらない。

 日本でHD録画への取り組みが足踏みしているのは,HD放送での著作権管理問題,保存用に録り貯めるためのメディアとして一般消費者の人気がDVDに集まっているもののDVDへのHD品質の書き込みができないなどの理由があるからだ。しかし,CESのような展示会には,一般消費者が何を望んでいるかを探る意味でも,こうしたコンセプト・モデルをぜひ積極的に投入してほしかった。

 コピー・プロテクションを考慮しながらこれら機器の環境整備を行うのは,業界の掟ともいえる。この命題に解を与えないまま,製品開発に突き進むわけにはいかない。しかし,それを順守しようとするあまり,ユーザーの利便性が薄れてしまっては本末転倒だ。

 忙しい人にとって,限られた時間内であれもこれも見るわけにはいかない。放映時間と生活のリズムが合わなければ視聴はかなわないし,同時刻に放映される番組は2ストリームの録画機能がない限り視聴できない。視聴できない放送は放送されていないに等しい。見てもらってこその放送だ。米国でHDの世界でもSDTVで培われてきたノウハウをいち早く取り入れ,実際の製品レベルで提供が始まっているのは当然の発想なのだ。

 日本でもこうした製品が今後,続々登場してくることを望みたいものだ。

(林 伸夫=編集委員室 主任編集委員)