NTTドコモが第3世代携帯電話(3G)サービス「FOMA」と無線LANの一体型携帯電話機を試作。2004年春にも法人向けに販売へ――。IT Proや日経コミュニケーションの読者の中には,先週このニュースを目にして「やっと実体を現したか」と思った方もいたのではないだろうか(関連記事)。日経コミュニケーションでは9月以降,こうした端末やソリューションを「モバイル・セントレックス」と名付けて度々取り上げてきた。

 筆者も内心ほっとした。このNTTドコモの新端末こそ,携帯電話会社がそれぞれ水面下で進めているモバイル・セントレックス計画のなかで,初めて公開されたものだからだ。今まではなかなか情報が外部に漏れてこなかったが,いよいよ本格準備段階に入ったことがうかがえる。そこで今回は,モバイル・セントレックスを初めて聞いたという方にもこのサービスを知っていただこうと,基本的なメリットと課題を洗い出してみた。

携帯でも内線通話料はタダ

 モバイル・セントレックスは一言で言うと,携帯電話機を内線電話機として使うためのソリューションやサービスのことである。NTTドコモやKDDI,ボーダフォンがそれぞれのやり方で,2004年春以降に提供していく。

 例えば,NTTドコモが考えるFOMA・無線LAN一体型携帯電話機の利用イメージはこうだ。社員がこの端末を新しい部署に持っていくだけで周囲の無線LANのアクセス・ポイントにつながり,コードレスの内線電話として“かけ放題”になる。外出先ではもちろんFOMAとして,オフィスとの連絡手段に使える。

 一方,KDDIとボーダフォンはNTTドコモとは異なり,まずは内線電話機能を携帯電話会社が提供するサービスを検討している。具体的には通常の携帯電話機を使い,オフィス内に設置した小型の携帯電話基地局を介して電話をかける。転送や保留といった内線電話機能は,KDDIやボーダフォンがネットワーク側で受け持つ。こちらのアウトソーシング・タイプは定額利用料を支払うことで,オフィス内での内線電話がかけ放題になる見込みだ。

 PBXの更改時期が近付いていたり,内線電話コストの削減に頭を悩ませる企業は少なくない。こうした企業は今,PBX中心の内線電話網を維持し続けるのか,IP電話機をオフィスのLANにつなぐだけで内線電話網を構築できる「IPセントレックス」を導入するのか,厳しい決断を迫られていることだろう。

 モバイル・セントレックスはこうした企業にとって,第3の強力な選択肢となりそうだ。固定型の電話機を使う従来の内線電話網と比べて,電話の管理にかかるコストを確実に減らせる。例えば,人事異動やフロア変更があっても,社員が携帯電話を新しい部署に持っていくだけで済み,固定電話機の工事が不要になる。外出機会が多い営業部員やフィールド・エンジニアとの連絡手段に携帯電話を利用していたり,地方拠点を多数抱える企業であれば,社内外の電話連絡がすべて端末1台で済むサービスはなかなか魅力的ではないだろうか。

イントラネット端末にも

 単純に音声通話ができるというだけでは,企業ユーザーがこぞって内線電話を携帯電話に総取り替えするほどの魅力はない。このためNTTドコモ,KDDI,ボーダフォンはいずれも,モバイル・セントレックスを音声とデータの統合ソリューションとして提供したいようだ。携帯電話機に内蔵したWebブラウザで,社内外からイントラネットへアクセスできるようにする。

 NTTドコモはオフィス内でのデータ通信に無線LANを使うため,当然ながらパケット通信料は無料。KDDIとボーダフォンも,オフィス内ならパケット通信料を無料にする可能性が高い。

音質,電池寿命はPHSに迫れるか?

 こうしてみると,モバイル・セントレックスのコンセプトそのものは実用度が高そうだ。だが,懸念もある。

 コードレスの内線電話システムを導入したいユーザーにとっては,モバイル・セントレックスより先輩格の「構内PHS」がある。PHSの構内用基地局をオフィスに設置して,PHS端末で内線通話ができるというものだ。PHSという“枯れた”技術を使うだけあって音質は安定しているし,バッテリの持ち時間も待ち受け状態で数百時間に及ぶ。モバイル・セントレックスの音質やバッテリの持ち時間が構内PHSより大きく劣るようなら,その魅力は半減してしまう。

 この点はNTTドコモのFOMA・無線LAN一体型端末では,特に大きな課題となる。無線LANはもともとノート・パソコンなどでのデータ通信利用を中心に考えられた仕様になっているからだ。そこでドコモは音質を高めたりバッテリの持ち時間を延ばすための仕組みを取り入れて,コードレス内線電話機として最低限の水準をクリアしたいと考えている。例えば無線LANモードでの待ち受け時間を100時間程度は確保してきそうである。

 一方,KDDIやボーダフォンの場合は携帯電話機を内線電話機としてそのまま使う。音質やバッテリの持ち時間は,現在市販されている携帯電話機と同じと考えて良さそうだ。

事業者の「ソリューション提案力」は未知数

 携帯電話を業務に活用している企業ユーザーの間には,ソリューション・プロバイダとしてみた携帯電話事業者の実力を不安視する声もある。最大手のNTTドコモですら,全契約者に占める法人ユーザーの割合はせいぜい1割程度。こうしたなか,法人市場の開拓を後回しにしてきたツケが回ってきそうなのだ。

 ある企業の情報システム責任者は「携帯電話事業者の法人部門は,ソリューションを積極的に提案してくる。しかしその内容は,こちらがインターネットで調べれば分かることばかり。『業務効率がここまで改善する』なり『通信コストがこう削減できる』なり,我々ユーザーの心に響くような提案をしてもらいたい」と打ち明ける。

 オフィスの固定電話文化にどっぷり浸かってきた内線電話と,個人向けに作られた携帯電話は,使い勝手も必要な機能も全く異なる。携帯電話事業者各社がこの差をいかに埋めて,“かゆいところに手が届く”端末やサービスを提供してくるのか。モバイル・セントレックスが企業ユーザーに受け入れられるかどうかは,そんな各社のソリューション提案力にかかってきそうだ。

(高槻 芳=日経コミュニケーション)