最近,ブロードバンド関係のニュースで「有線役務利用放送」というキーワードを目にすることが増えてきた。漢字が8字も並び,なんのことかピンと来にくい。最後には「放送」とついているのだから,何かの放送のことだろうとは思う。

 先に答えを明かしてしまうと,有線役務利用放送とは,ADSLやFTTHなどのブロードバンド回線を使ったテレビ放送,いわゆる“ブロードバンド放送”のことである。その先駆けとなったのが2002年12月からソフトバンク・グループのBBケーブルが試験サービスを行い,2003年3月に本サービスに入った「BBケーブルTV」である(関連記事)。

 2003年12月にはブロードバンド放送のサービス開始が相次ぐ見込みだ。名乗りを上げているのは,ぷららネットワークスなど6社グループ(関連記事),KDDI(関連記事),スカイパーフェクト・コミュニケーションズの100%子会社オプティキャスト(関連記事)などである。

 これらの放送では,CS放送などで流しているチャンネルを買ってきて,ブロードバンド回線上に流し,家庭などの視聴者側では,セットトップ・ボックスと呼ぶ装置に回線をつないで,テレビで視聴するという形態を採る。

 これまでテレビは地上波,CATV,衛星と伝送媒体(メディア)を拡大してきた。今度は第4のメディアとしてインターネット(注1)が使われ始めた,というわけである。

注1:オプティキャストのサービスは光ファイバを使うが,IPを用いずに映像を伝送するので,例外である。

「通信と放送の融合」の果実

 インターネットは通信,テレビは放送。通信と放送が別個のものとして扱われていた時代には,インターネットで「放送事業」なんていうことは考えられなかった。それが政府の規制緩和により,通信事業者が,その通信サービスを利用して放送事業を始められるようになった(注2)

注2::2003年1月施行の「電気通信役務利用放送法」による。この法律による放送には2種類あって,1つは「衛星役務利用放送」,もう1つは「有線役務利用放送」と呼ぶ。前者はCS放送,後者はこの記事のテーマであるブロードバンド放送である。

 BBケーブルやKDDIなどは「有線役務利用」放送事業者として,ブロードバンド回線を利用した放送事業を行うのである。通信事業者がこうしたサービスを行えるようになったのは,「通信と放送の融合」を目指して進められてきた規制緩和の1つの果実と言えよう。

既存の動画配信はブロードバンド放送に押されてしまう?

 こうしたインターネットでの「放送事業」が始まる前から,インターネットではご存じのように動画を流す取り組みは行われていた。後発のブロードバンド放送が既存の動画配信を食ってしまう可能性はある。

 ブロードバンド放送は,インターネット接続サービスのオプションあるいは標準パックとして提供されるためだ。これは技術的には,閉じたネットワークが必要とされるからである。ブロードバンド放送では一斉配信のためにIPマルチキャストと呼ぶ技術を使うため,視聴者のところまで自社で制御できるネットワークでなければ放送できないのだ。

 インターネット接続事業者/通信事業者がユーザーの囲い込みのために,回線と密着したサービスをプロモーションしているという側面もある。

 また,ブロードバンド放送では,前述のようにテレビで視聴するため,世間一般の人にはパソコンで見る既存の動画配信よりも手軽に扱える。

 既存の動画配信でビジネス的に成功したケースはこれまで,あまりない。このように考えると,既存の動画配信はブロードバンド放送に圧迫されてしまうのではないかと思えてくる。インターネット接続事業者(ISP)が提供する既存の電話機を使った「IP電話」の登場によって,パソコン・ベースの「インターネット電話」は,その単語すらあまり目にすることがなくなってしまったように。

放送 vs 動画配信

 既存の動画配信はインターネット電話のあとを追うのか? インターネット電話とIP電話はどちらも音声による個人間のコミュニケーション・ツールだ。だから,より手軽なIP電話に入れ替わってしまった。では,(ブロードバンド)放送と既存の動画配信はどうだろう。インターネットの特性として以前から言われてきたことを多分に含むが,両者の特性を比較してみよう。

●マスメディア←→ミニ/パーソナル・メディア
 放送は数万人から数百万人をターゲットに作られたものであるのに対し,既存の動画配信はそれこそ自分1人で楽しんでもよい。

●常時←→単発
 放送では複数の番組を時系列で並べて,1日18時間とか24時間のチャネルを構成している。一方,既存の動画配信であれば,単発の番組として行われることが多い。アーティストのコンサートや,ロケット打ち上げなどのように。

●同時←→オン・デマンド
 放送は一斉配信されたものを多数の人が同時に視聴する。既存の動画配信でもライブ番組のこともあるが,視聴者が好きなタイミングでみることができるオン・デマンド方式も多い。

●テレビ←→パソコン
 すでに述べたことではあるが,テレビのスイッチ・ポンでブロードバンド放送を含めた放送は見られるが,既存の動画配信はパソコンで,テレビに比べれば複雑な操作をしなくては視聴できない。

●一方向←→双方向
 放送では一方的に配信するだけだが,パソコン・ベースの動画配信であれば,作り込みによってはインタラクティブ性を持たせた双方向の番組も可能だ。

 このように考えてみると,既存の動画配信とブロードバンド放送はかなり異なる特性を持っているので,一概にブロードバンド放送が出てきたから,既存の動画配信は衰退してしまうとは言えない気がしてくる。

動画配信ビジネスの成功例も

 最近になって動画配信ビジネスの成功例も出てきた。

 エッジは,今年になって「来訪者」「うさぎのもちつき」など自作ムービーをオンエア(関連記事)。スポンサーからの収入で黒字にしている。堀江貴文社長は「タイミングが大事だ」と強調する。エッジは動画コンテンツの作成では後発となるが,先行各社は早すぎでビジネス的に成功しなかったと分析する。逆に遅すぎると今度は,先行者メリットを享受できなくなる。

 エッジはインターネットで見せるだけではなく,劇場公開やDVD化,ノベライズをして利益を上げていこうとしている。今後も作品を作り,資産化していくことで東南アジアへのパック売りなどまで視野に入れているのだ。

 こうすれば動画配信でもうかるという手本を示してくれている形だが,おいそれとまねできるものではないだろう。堀江社長がもう1つ強調していたのは「効率的なオペレーション」だった。制作費がかかってしまっては,もうかるものももうからなくなってしまう。

 動画配信の可能性は,ムービー以外にもあるのではないだろうか。単にCS放送の番組をブロードバンドで流して,テレビの第4メディアとなるだけでなく,これまでの放送の枠にとらわれない多様な可能性を探って,ビジネス化していただきたいものである。インターネットでの動画配信でユニークな取り組みがあれば,ぜひコメント欄でお知らせいただきたい。

(和田 英一=IT Pro)