「受注から納品までのリード・タイムを50%短縮する」「意思決定のスピード・アップを図る」――。取材を通して出会う企業の経営者や現場担当者の口から「スピード」「速さ」といった言葉が出ない時はない。

 90年代半ばに入り,まことしやかに囁かれてきた「収穫逓増」や「先行者利益」といったフレーズ。それを証明するかのように意思決定の速い企業ほど市場シェアを拡大している事実。スピード経営を実践する先進企業を盛んに取り上げてきた弊社のようなメディアからの情報。

 多くの経営者や現場のマネージャは,「速く情報を集め,速く判断し,速く実行に移せ」「遅れれば負ける」と,スピード競争に駆り立てられてきた。ライバルがリード・タイムを30%短縮したとなれば,それを上回る35%の短縮を目指すといった具合に。

 かくして地道な業務改革により,リード・タイムを短縮した企業は,ライバルから一歩抜きんでたのだろうか。

 顧客情報や販売・在庫情報などを一元管理するデータ・ウエアハウス[用語解説]。SCM(サプライ・チェーン・マネジメント[用語解説])を支える需要予測システム,などなど。どの企業もスピード経営の実現に向けて情報システムを導入してきた。しかし,当初は目新しかったツールも,いまや当たり前のインフラ。業界や企業規模による差こそあれ,リード・タイムの短縮競争は消耗戦となってきた。

 経営者から現場のスタッフまで,スピード競争に駆り立てられるあらゆる人が,スピードを追い求めながら,こんな悩みを抱いている。「このまま目先のスピードアップにとらわれるだけで良いのか」「難しい判断ほど事前にゆっくり考えたいのに,スピード経営時代にあっては,その余裕さえない」――

速さ以外の軸を探す勝ち抜き組

 スピードと意思決定のジレンマは,情報化で先行し,スピードを追求してきた企業ほど深いはずだ。先進企業はどうやってその課題を克服しようとしているのか。そんな出発点から日経情報ストラテジー4月号では,花王やソニー,イオンといったスピード経営を実践する勝ち組ならぬ「勝ち抜き組」の次なる一手をレポートしてみた。

 これらの企業には,明確な経営戦略があり,高性能な情報システムもある。他社に先駆けて素早い意思決定を支える土台を整え,厳しい競争を勝ち抜いてきた。情報化の取り組みは各社各様だが,3社の戦略からは,ある1つの共通点が見える。

 それは,いずれも単純に「速さ」だけを追い求めていないところだ。彼らのライバルは,米デルコンピュータやP&G,ウォルマートといったグローバルな勝ち組。これらの企業の業務処理や意思決定の速さは並外れている。だからこそ,そこで互して戦うには,単なる「スピードの短縮」では足りず,何か別の“軸”が不可欠だ。

 各社が新たに求める軸は,「意思決定の精度」である。

 例えば,ソニーのエレクトロニクス関連事業では,SCMを強化するための指標として製品在庫の「鮮度」に着目。これがスピードを維持しながら意思決定の精度を高める新たな軸となる。トータルの在庫金額だけでなく,「鮮度劣化=8週間以上滞留している在庫」をきめ細かく把握することで,生産計画や販売計画の立案に伴う意思決定の精度を高めようという狙いだ。

 花王は,同時並行型による製品開発で,意思決定の精度を問い直している。同時並行的な開発は異業種では一般的だが,日用雑貨メーカーでの取り組みは珍しい。

 花王のポイントは,スピード開発にメリハリをつけたところだ。最も重要な品質を安定させる作業にかける期間を削らないために,商品化の決定から資材調達といった開発の前工程で無駄をそぎ落とす。そこで生み出した余裕時間を丁寧なモノ作りにあてる。いたずらな時間短縮では品質にしわ寄せが来るうえ,製品の短命化を招くという判断が働いている。

デルはこれ以上のスピードを求めない

 企業競争がスピード以外の軸に移りつつあることを象徴する動きがもう1つ。圧倒的なスピードでIT業界におけるSCMのモデルとなったデルコンピュータの動向である。

 受注から納品までのリード・タイムを最短で5日,部品在庫はワールド・ワイドで4日未満というスピードを実現したデルだが,もはやこれ以上のスピード短縮を目指してはいないという。その言葉通り,日本法人でも今期からスピード競争を越えて,むしろ納期の安定といった業務の精度を問い直し始めている。

 デルの動きは,スピードを維持しながら意思決定の精度を高めるという,さらに高次元の争いの火ぶたが切られたことを意味する。争点となるのは,むしろ社員1人ひとりの仕事の質や精緻さだ。単なるスピードの短縮を掲げている企業は,この戦線から脱落しかねない。

 速さと対極にある熟考やより深い洞察のための時間を犠牲にすることなく,スピードを確保するには何が必要か。スピードで得た限りある時間をどこに使うべきか。スピードに加えてどこで勝負すべきか。先行する企業の事例はそのヒントとなる。

(三田 真美=日経情報ストラテジー)