ブロードバンド市場の急激な立ち上がりの中でISP(インターネット接続事業者)がもがいている。「メガコンソーシアム(関連記事)」やNTTグループのISP統合への動きなど,ISPの業界地図も大きく変わり始めている。ADSLなどの高速・常時接続サービスへの対応と料金の低価格化で苦しいだけでなく,インターネット接続サービスだけでは特徴が出せなくなってきており,ISP自体の存在意義が問われている。

 そんな中でよく目にする作戦がコンテンツでユーザーを囲い込むというもの。しかし,各社が集めたコンテンツを見ると,ISPによる特徴はあまり出せていない。各社(特に大手)は,似たような品揃えに終始しているのだ。実際には,コンテンツの仕入れコストは高いし,ブロードバンド・コンテンツ対応の設備も導入する必要がある。しかも,有料で利用するユーザーは少ない。われわれユーザーがISPに求めるべきは,コンテンツの品揃えなのだろうか?

 まだまだブロードバンド・ユーザーは増えるだろうが,「顧客とコンテンツを囲い込んでおいてコンテンツに課金することで収益につなげる」というビジネス・モデルは,既に厳しくなりつつあるようにも思える。利用者が急増しているブロードバンドは,ISPにとってもビジネス・チャンスのはず。ISPは,インターネットやブロードバンドの裾野の広がりという新しい局面に対応した新しいサービス像を模索すべきではないだろうか。

「水平分業」か「垂直統合」か

 その際に意識してほしいのが「水平分業型」のビジネス・モデルである。私は以前から,インフラからコンテンツまで囲い込む「垂直統合型」のビジネスには,結局はユーザーから見て弊害が多いと書いてきた。「またか」と思う方もいらっしゃるだろうが,しばしお付き合い願いたい。

 念のために書き添えておくと,垂直統合型に対応する概念が水平分業型である。(1)インフラ,(2)サービス,(3)アプリケーション,(4)コンテンツ――という4レイヤーにビジネスを分けて考え,複数のレイヤーにまたがる事業展開はしないことを基本にする。

 私が担当しているブロードバンドビジネス・ラボ(ブロードバンドに関するビジネス情報サイト。以下,ラボと略)が主催した4月のキックオフ・セミナーの中で,慶應義塾大学の林紘一郎教授に講演していただいた。そのサマリーをWebサイトで会員向けに公開しているが,そこをお読みいただくと水平分業についての理解が深まると思う(ラボの記事へ)。

 本題に戻る。ISPの現状を水平分業モデルに沿って言えば,「(2)のサービスに軸足を置くものの,(3)アプリケーションや(4)コンテンツに展開しつつある」といったところだろう。明らかに垂直統合型のビジネスへと進んでいるように見える。

 以前の記事に対する読者の皆さんからのご指摘にもあるように,ビジネスは垂直統合型を目指すのが自然の流れである。しかし,例えば圧倒的なシェアでインフラを支配している事業者があった場合,その事業者がコンテンツまで用意するようなビジネスだけでは,ユーザーにとって不幸な状況とはいえないだろうか。

 ワンストップで済むのも良いが,そうでない選択肢もあったほうが良い。逆に,ある領域でデファクト的な技術やアプリケーションがあった場合,それを上手く利用してその分のパワーを自社の得意な分野に集中させるというやり方もあるだろう。そのためには,インタフェースを明確にした水平分業が可能な枠組みを用意しておくべきではないか。

 垂直統合との二者択一にせよと言っているのではない。垂直統合と水平分業という,異なる枠組みのビジネスが競えば良いのである。ただし,競うためにはフェアな環境を整える必要がある。

 前置きが長くなったが,垂直統合だけではなく水平分業的な意識を持って,サービスを構築することが,これからますます重要になってくるのではないかと考えている。以下では2つの例を挙げる。もちろんこれがすべてではないが,水平分業的なビジネスを考える上で参考になると思う。

“検索”だけでのし上がったGoogle

 まず,ISPそのものではないものの,事業レイヤーを特化して成功した例として,検索エンジンのGoogleを挙げてみたい。

 米国の調査会社のリポートによれば,検索サイトの利用状況でGoogleは,MSNを抜いてトップのYahoo!に迫っているという(関連記事)。1年前の同様の調査では,Yahoo!,MSNに続く3位であった。1年間で約20%もシェアを伸ばしたことになる。

 さらに,米ネットレイティングスのデータを見ると,インターネット・ユーザーがアクセスするサイトのランキングでも,1位AOL Time Warner,2位Yahoo!,3位Microsoftに続く4位にGoogleが登場している。この件についてラボで議論したところ,こんな指摘があった。

 「AOLとMSNはアクセスラインとブラウザという強力な武器があるのでこの順位はわかりますが,後発組で検索エンジン一本で勝負しているGoogleがここまで来ているというのはすごいことだと思います。この業界,既に白黒がついてしまってトップ3の順位はなかなか変わらないと思ったのですが,技術力だけで一発逆転というのがまだあり得るのかもしれません」(日経BP社開発室の山岸広太郎の発言。ラボの記事へ)。

 また,大手サイトが検索エンジンとしてGoogleを採用するという動きも相次いでいる。

米AOLが米Googleの検索技術を採用(BizTech)
米グーグルが検索サービスを拡充,「30億のドキュメントにアクセスできる」(IT Pro)
米グーグルがiモード向け検索サービスの提供を開始(IT Pro)
米Yahoo! ,米グーグルの検索サービスをWAP携帯電話向けに提供(IT Pro)

 Googleは,水平分業型のモデルでは(3)のアプリケーションに特化した事業である。高度な技術をベースに,インフラはもちろんISPからもコンテンツからも独立した存在として,確固たる存在感を示しているのである。4月11日には,検索エンジンをアプリケーションから利用できるようにする「Google Web API」も公開した(ラボの記事へ)。

 ISPに限らず日本のビジネスは,とかく垂直統合的な思考になりがちだが,Googleのような特定のレイヤーでのビジネスということも,考えるべきだと思う。また,レイヤー特化型の成功例は今後も出てくるだろうから,ISPはこうしたところとの連携をもっと模索すべきなのだとも思う。

 技術力で特定アプリケーションを握るというGoogleのビジネスは,水平分業型の枠組みで新しいビジネスを考える上で,示唆に富んでいると思う。

急増する子供のインターネット利用

 次に,ISPの今後を考えるために,急増する子供のインターネット利用に触れてみたい。水平分業型でブロードバンド・ビジネスを考える上で,「子供」へのケアでISPが果たす役割が非常に大きくなるのではないかと考えているからだ。

 主として,(2)のサービスと(3)のアプリケーションに該当する。もちろん,初心者の増加に対応したウイルス対策などもISPに求めたい重要なサービスではあるが,今回は一例として「子供のインターネット利用」に絞って考える。

 ネットレイティングスの調査によれば,国内でインターネット利用時間が最も伸びているのが,2~12才の子供であるという(ネットレイティングスの発表資料へ)。しかも,12才までの子供の利用時間は,世代間の比較でも増え方が突出している。

 これにはいくつかの理由があるだろうが,ADSLやCATVの高速・常時接続サービスの浸透によって,家庭内で複数のパソコンが一度にインターネットにアクセスしているような状況が当たり前になったことが要因の一つだろう。

 ラボでは,子供のインターネット利用についていくつかの議論があった。また,今も議論を継続中である。

 「例えば学研の子供向けサイトは,週に150万ページ・ビューのアクセスがあり,小学生と中学生が主要ユーザーだそうです。今春から小学校でもインターネットを使った教育が本格化しますので,さらに大勢の子供がネットにやってくるでしょう。ちなみに,電子掲示板などコミュニティには,小学生と中学生を中心に2万人の会員がおり,週に80万アクセスだそうです。

 これは言い換えれば,自己責任が原則のネットに,自己責任を問えない層が大挙出現するということなのです。

 そうすると,ネットのコンテンツのあり方が問われますよね。当然,フィルタリングを真剣に考えなければいけないのですが,日本では親も事業者も,多くがこうした問題に無自覚です。個々のサイトのコンテンツも,子供が見ることを前提にしないといけないでしょう。

 例えばオンライン・ショッピング・サイトで買い物をしている消費者の隣で,その人の子供が一緒に画面を見ているという状況も想定する必要があります。表現は適切か,リンクやバナー広告の先のコンテンツは大丈夫かなど,いろいろと考えるべきことが多そうです。」(日経ネットビジネス副編集長の木村岳史の発言。ラボの記事へ

 「子供をネットで自由に遊ばせ,学ばせるためにはフィルタリングが不可欠ですが,ネットへの出口を押さえるプロバイダのフィルタリングが一番安心です。ブロードバンドはファミリー利用の時代と考えれば,プロバイダにはフィルタリングを含め,いろんな試みが考えられそうです。その意味で,AOLの先進性が今になって分かりますね。」(同じく木村岳史の発言。ラボの記事へ

 これは,自宅でのインターネット利用に限ったことではない。例えば,ソフトバンクは全国の学校にブロードバンド環境を提供するという(BizTechの記事へ )。マクドナルドやミスタードーナツでも,公衆無線LANサービスが提供されるようになる(ラボの記事へ)。これがどういう意味を持つかを考えるときに,インターネットの持つ負の側面を無視することはできないだろう。

 ISPによるフィルタリングが唯一の解なのかどうかは,私にはまだ分からない。しかし,子供のインターネット利用は,ISPが取り組むべき大きな課題の一つであることは間違いないだろう。この分野で実効性のあるソリューションを提示できれば,インフラやコンテンツとは独立したISPの事業領域で,かなりの競争力を得られると思う。この分野で競争すると同時に,水平分業的アプローチで成果を広く共有することも必要だろう。

 もちろん,それが難しいビジネスであることは,容易に想像がつく。フィルタリングといっても完璧なものは不可能だろうし,年齢層によっても要求は変わってくるだろう。子供対応のサービスを提供したとして,もしもその中で何らかの事件が起こってしまったらISPの責任をどこまで問うべきか,といった問題もある。

 ビジネスとして成立させるために何が必要か,その際にどういう範囲のビジネスを想定するか,ということを子供の利用が急増している今だからこそ真剣に考える必要があると思う。

 ラボには,2ちゃんねるの主宰である西村博之氏にもご参加いただいているが,最後に彼の指摘を紹介しておく。

 「ネット上での少額決済の話と児童・学生のネット参加への話をしてしまうと,不特定多数のネット・ユーザーから児童がお金をもらえてしまう,という社会的に問題のある状況になりがちなのではないかと、、、苦言を呈してみます」(2ちゃんねる主宰の西村博之氏の発言。ラボの記事へ

(田邊 俊雅=ブロードバンドビジネス・ラボ編集長)

ブロードバンドビジネス・ラボは,ブロードバンド環境でのビジネスを考える会員制の有料Webサイトです。今回の「記者の眼」で紹介させていただいたラボの記事は,普段は,月額900円をお支払いいただいている会員の方でなければお読みいただけません。ただ,それでは今回の内容を十分にお伝えできないと考え,本頁掲載後,5月20日の正午までラボを一般公開いたします。この機会にラボの内容をお読みいただいた上で,ぜひ有料会員への登録をお願いいたします(ブロードバンドビジネス・ラボへ)。