米国時間6月14日,ちょっと変わった,茶目っ気たっぷりのプレス・リリースがインターネットに流れた。発信元は米ユニシス(Unisys)。「世界で初めてコンピュータを商用化し,IT(情報技術)社会などを招いてしまって申し訳なかった」と陳謝する(apologize)内容だった。

 発表文の冒頭はこうだ。「50年前の今日,1951年6月14日(米国時間)に世界初の商用コンピュータ『UNIVAC I』が生まれました。当時は,今日のハイテク時代の到来などまったく想像すらできず,このような事態を招きましたことを,皆様にお詫び申し上げます」。

 さらに,「コンピュータなどというものを商用化したがために,今日多くの人々にご迷惑をおかけしております。たとえばeラーニングの導入で,もうビジネス・パーソンは研修と称してカンクーン(カリブ海の有名リゾート地)に行けません。インターネットの普及によって,勤務時間から“定時”枠がなくなってしまいました」と“お詫びの言葉”が続く(概要は「米ユニシス,商用コンピュータ誕生50周年で「ハイテク時代を招いたお詫び」」)。

 ところでユニシス社は,「60周年」「70周年」とこれからもお詫びを繰り返さなければならないのか。あまりに便利になりすぎて我々を惑わす対数スケール,あるいはドッグ・イヤーのペースでの変化が今後もずっと続くのだろうか。

「60周年」はともかく「70周年」には,ユニシス社はもう頭を下げなくてもよいと,筆者は考える。ドッグ・イヤーの行く末に,このところ筆者は少々懐疑的になっているのだ。

土俵際まであと2歩

 右肩上がりのトレンドに乗って,いけいけドンドン! 最近はちょっと減速傾向が出てはいるが,20世紀のラスト10年から現在にかけてのIT事情を言い表すとこうなるだろう。単なるITではなくIT革命と,“革命”なる称号をつけられて語られることもぐんと増え,社会や生活に大きなインパクトを与えている。

 このIT革命は,言うまでもなく「コンピュータの機能・性能の向上」と「インターネット(ネットワーク)の爆発的な普及」という両輪に支えられている。この両輪のうえに各種のアプリケーションやサービス,ソリューションが展開され,ITはみごとな花を咲かせた。

 しかし,猛烈に回転を続けてきた両輪が変調をきたしたらどうなるか。たとえば,コンピュータ側に急ブレーキがかかったら・・・。

 「コンピュータの機能・性能の向上」のトレンドを言い当てた法則がIT業界にはある。米インテル(Intel)の創設者ゴードン・ムーア(Gordon Moore)氏が1965年に提唱した「ムーアの法則」である。本来は,「半導体の集積度や速度は1年で2倍となる」というものだったが,これが後に「3年で4倍(あるいは18カ月で2倍)」と修正が加えられるとともに,「半導体」が「マイクロプロセサ」に置き換えられたり,「コンピュータの性能は3年で4倍」と拡大解釈されて流布した。

 ムーアの法則は,半導体の微細化のトレンドがベースになっている。半導体の設計ルールは年々微細になり,1個のLSIに集積できるトランジスタが増大するとともに,動作周波数を高められるというものである。しかも,半導体のコスト構造の特質から「1年半たったら2倍の性能や容量をもつマイクロプロセサやメモリーを,ほぼ同じ価格で入手できる」という,実に“おいしい”法則なのだ。

 しかしムーア氏が専門誌Electronicsでムーアの法則を披露してから35年以上の年月を経た。さすがに,ほころびと限界がみえてきた。半導体を微細化しようにも,加工寸法は原子の数個(最近の研究では,ゲート酸化膜と呼ばれる部分が原子3個)のレベルに近づいている。「スケーリング則」と呼ばれる半導体設計のルールに従えば,扱える原子の数はこれから2個,1個と必然的に減っていく。ビジネスや生活に多くの恩恵をもたらした「右肩上がり」の終焉が,ヒタヒタと近づいているのだ。

 もちろん,現行のシリコン・ベースとは異なる半導体の研究や原子レベルの技術「ナノ・テクノロジ」,コンピュータでは「量子コンピュータ」などの開発が進められている。しかし,課題が山積するのが現状だ。「価格が同じで右肩上がり」という実に都合のよいトレンドを維持するのは容易ではない。

限界はいつ?

 ムーアの法則の限界を見据えて,米IBMとインテル社がこのところ対照的な動きをみせている。IBM社は,ムーアの法則に従った「集積度の向上」と「高速化」の両立は難しいとみて,後者を重視する方向を打ち出した。一方のインテル社は,あくまでも両立させる姿勢を崩していない。

 IBM社は,半導体の速度を最大35%高める技術を開発したことを,京都で開催された国際学会「2001 Symposium on VLSI Technology」で明らかにした。発表したのは「Strained Silicon」と呼ぶ半導体技術で,シリコンを薄くして歪みをもたせることで,電子の移動度を上げ性能を高めるものだ。発表のなかでIBM社は,「トランジスタは原子のレベルに近づいており,単純な小型化は困難」と述べている(概要は「ムーアの法則を書き換えろ! 米IBMが半導体の速度を最大35%高める技術を開発」)。

 一方のインテル社は,既存の半導体構造を極める方向を打ち出す。同じ学会で,ゲート長0.02μmのトランジスタ技術の詳細について語った。このなかでインテル社フェローで半導体製造技術開発の責任者を務めるロバート・チャウ(Robert S.Chau)氏は,ゲート長0.02μmのトランジスタの動作を確認したことを明らかにするとともに,「2007年には10億トランジスタを集積し,20GHzで動作するマイクロプロセサが可能になる」(Chau氏)と自信をみせた。

 では,限界はいつやってくるのか。

 業界関係者の話を総合すると,2010年から2015年に転機がやってきそうだ。先のチャウ氏は,6月12日に都内で開いた記者会見で次のように語った。「研究者の良心に従って言えば,限界がどこにあるかは明言できない。ただ,2009年までは現在の半導体技術の延長で微細化を進めることができる」(詳細は「米インテルが20GHz動作のマイクロプロセサに道,開発責任者が日本で明かす」)。同社の技術を統括している上級副社長のアルバート・ユー(Albert Yu)氏も昨年夏の記者会見で,「ムーアの法則は今後10~15年は有効」との見方を示している。

 NECや東芝,富士通といった大手半導体メーカーのLSI設計者に聞いても,早ければ10年,おそくとも15年後に限界が訪れることになりそうだ。

 ある技術担当マネージャはこう語る。「ドッグ・イヤーのせいかもしれないが,最近は目先のことに追われている。そんな先のことを考える余裕はないけど,あと10年くらいは現在の流れで何とかなるという認識がある。でも,その先はいまのシリコン・トランジスタの構造ではやっていけないだろう」と。

逆転のうっちゃりは?

 半導体には,これまでに何度も限界説が流れた。そのたびに,研究者の努力がそれを救った。昨年ノーベル賞を受賞した集積回路(IC)の発明者ジャック・キルビー(Jack S. Kilby)氏は,「集積回路の限界と半導体技術の死が最近取り沙汰されている。しかし,これは不当に誇張された見方である。技術者は今後とも限界を突破し,集積度はますます向上するだろう」と語る。

 ただし今回は,“原子”という物理的な限界が相手だ。なかなか手強いことは否めない。たとえ技術的には何とか克服できても,量産技術を確立し,現在に比肩できるような安いコスト構造を実現するのは並大抵ではない。

 もちろん,「まだ10年もあるじゃないか」という意見もあろう。しかし,技術を成熟させるには,それなりの時間が必要である。10年間というのも,十分に長い時間とは言い切れないだろう。現在の半導体構造の転換点が2010年だとすれば,代替となる本命技術がそろそろ表れていても遅くない。その意味で,現在は瀬戸際にきているともいえる。

 「さすがに今度は辛い」というのが,業界をこの10年あまり見てきた筆者の直感だ。もちろん,徳俵に足をかけての“うっちゃり”という離れ業も悪くない話だが・・・

(横田 英史=IT Pro編集長)