NTT再々編の論議が盛んである。11月16日には,郵政大臣の諮問機関である電気通信審議会(電通審)が11月16日,通信事業の競争政策とNTTの在り方に関する第一次答申(草案)を公表した。

 日本で「ユニバーサル・サービス」というと,電話や電力のように巨大な事業者による一律で計画的なサービスが思い浮かぶ。これまで通信の世界では,誰もが公平に安価に利用できるユニバーサル・サービスと言えば電話だった。NTT再々編の議論の一環として,これからのユニバーサル・サービスもテーマの一つである。

 16日に公開された答申案では,ADSLなどの高速インターネット・アクセス・サービスは,当面はユニバーサル・サービスとして考えないという方向が示された。とはいえ,インターネットへの高速・定額アクセス・サービスへのニーズははっきりしている。迅速な展開と競争環境でのビジネスということを考えると,ユニバーサル・サービス的なフレームワークの下での巨大事業者による計画的な全国展開ではなく,狭い範囲へ向けた数多くのサービスが積み上がることによる全国的な広がりを期待すべきではないだろうか。

マンション単位の高速・定額サービスも登場

 数百kビット/秒以上の通信速度が期待できるCATVインターネットは,郵政省の発表によれば,既に全国で152社(2000年9月末)が提供中で約46万ユーザーが利用している。料金は,そのほとんどが定額制である。既設の電話回線で高速アクセスを可能にするADSLも,日本テレコムなどの長距離系事業者のほかに東京めたりっく通信,イー・アクセスなどのベンチャー企業が提供地域を広げつつある。

 しかし残念ながら,これらの高速アクセス・サービスは,その多くが首都圏などの大都市の一部へ向けたものだ。地域によっては,東西NTT地域会社が提供する64kビット/秒の定額サービス「フレッツ・ISDN」以外に選択肢がない,あるいはそれすらないという場合もあるのが実情だ。

 このような状況の中で,新たな動きも見え始めている。例えば,収益が見込める範囲を大都市圏といった地域よりもさらに狭く絞ったサービスの登場である。マンションや新規造成のニュー・タウンなど,地域コミュニティ規模の高速アクセス環境の整備計画である。また,数は少ないものの地域の自治体などが中心になる例も出てきている。長野県や滋賀県竜王町では,自治体や地元の企業が自らADSLサービスを始めている。これらの地域では,地元を売り込んだり活性化する手段として高速アクセス環境を捉えている。一握りの有志が高速アクセスを実現したのである。

 もう一つ,最近目を引いたのが,11月16日に朝日新聞のWebサイトで報道された記事である。東京都八王子市の住宅管理や街づくり活動などに取り組む特定非営利活動法人(NPO)が,団地の住人から署名を集め,保守管理などを請け負うことで東京めたりっく通信のADSLサービスを誘致した,というものである(http://www.asahi.com/tech/net/20001116c.html)。東京めたりっく通信にとっても,ユーザー開拓と保守管理の手間を省けるというメリットがある。

 サービスの担い手とコスト負担の多様化---。こういう考え方は理想に過ぎるだろうか。電話のように単一事業者の全国展開だけに頼るのではなく,狭い範囲での数多くの多様なサービスの積み重ねという手順で全国展開が進んでいく,とは考えられないだろうか。今後,事業者によるサービスが当面期待できない場合に,高速・定額のアクセス・サービスを本当に使いたいと考えるならば,事業者に頼らない方法を考えるというアプローチも検討すべきだろう。

スケール・メリットとの戦いに

 もちろん,狭い範囲でのサービス展開ではスケール・メリットが得にくく,コスト的に厳しいという側面がある。また,一事業者の手が回る範囲には限界もある。東京めたりっく通信の小林博昭社長は,「1日1000回線開通させるとして,1カ月実働20日で2万回線。1年で24万回線にしかならない」(2000年1月20日付けの毎日新聞のWebサイトに掲載のインタビューでの発言。http://www.mainichi.co.jp/digital/coverstory/archive/200001/20/index.html)と指摘している。高速アクセスがユニバーサル化するには,たくさんの事業者が出てこないと難しいだろうし,料金やサービス,さらに無線かADSLかCATVかといった実現方式についても,全国で一律というわけにはいかないだろう。忘れてはならないのは,インターネットへの高速なアクセス手段が欲しいのであって,ADSL自体が目的ではないということである。

 実際には,競争のある地域とない地域の格差が問題になるだろう。例えば航空業界では,格安運賃での新規参入があった路線では,既存の大手3社も値下げせざるを得なかった。しかし,新規参入のなかった路線や,参入があった路線でも新規事業者の便のない時間帯では,逆に運賃が割高になった。

 これと同じようなことがアクセス・サービスでも起こり得るのではないだろうか。つまり地域の競争環境によって,東西NTT地域会社がなんらかの料金格差を打ち出す可能性である。明確にユニバーサル・サービスである電話でさえ,「タイムプラス」のように,今は全国で利用できるが競争相手が存在する首都圏だけに,一時的に提供された割引サービスの例もある。

 通信事業は,事業のコスト,ユーザー数,地域の活性化といった点で航空業界とは違う。また,1984年の通信自由化後は曲がりなりにも競争環境下にあった。新技術の恩恵も受けやすい。参入障壁は,はるかに低いはずだ。高速通信網整備やNTT再々編の議論を進める上で,多くの事業者による多様なサービスが実現できる,新規参入事業者がたくさん現れる,こんな状況を実現することを重視すべきであると考える。

 最後に,新興の事業者を支えるのはユーザーであるということも指摘しておきたい。大規模な事業者に挑む新興事業者の成熟を待っているのではなく,多少のリスクは覚悟で利用すべきである。支配的な事業者に対して競争的な立場の事業者をなるべく選択するということである。一人ひとりの選択は1加入者に過ぎないが,これが積み重なって,事業者間に競争をもたらし,料金低下とサービス向上に結びつくと考えるべきではないだろうか。回り道に思えるかも知れないが,支配的事業者のペースでの価格やサービスの決定と競争の結果としてのそれでは,後者の方がはるかに意味がある。

(田邊 俊雅=IT Pro副編集長)


※この記事は,日経マーケットアクセス10月号掲載の記事を加筆・修正したものです。

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