長野県塩尻市に行く機会があった。同市は,市内のどこからでも高速インターネット通信ができるように,市内の光ファイバ網を整備した“モデル地域”である。光ファイバはセンター設備のある塩尻情報プラザと市内のすべての小中学校,8カ所の市役所の支所,それに介護保険のケアセンターの合計35カ所をスター状に結び,その間を毎秒1Gビットで信号を送れるようにしている。ネットワークの整備を終えたのは今年の4月である。

 塩尻市は光ファイバ網を構築すると同時に,自ら「塩尻インターネット」というインターネット・プロバイダ事業も運営している。塩尻情報プラザと,光ファイバで結ばれた市内35カ所の施設では高齢者を中心にパソコン研修が行われており,この研修を受けた人たちが次々と塩尻インターネットの会員になっているという。

 地方都市が率先して高速インターネットの利用できる環境作りに乗り出したこと自体はすばらしい。だが,どうしても「なぜモデル地域なのか」という疑問が残る。というのは,光ファイバを使ったモデル地域や実験プロジェクトはもう10年以上も前から,全国のあちこちで行われているが,「いつ,モデルや実験ではなく,一般ユーザーが利用できる商用サービスになるのか」の見通しがいっこうに明らかにならないからだ。

 いまなおこのようなモデル地域プロジェクトが出てくるのは,光ファイバを使った高速インターネットが一般ユーザーの手に届くところに来ていないことをかえって印象付けている。支配的な通信サービス事業者であるNTTは,快適なインターネット通信の実現をはじめ,現在の通信サービスの基本的な課題は,一般向け光ファイバ通信が提供された暁にはほとんど解決されるかのような印象を与えてきた。それだけに,光ファイバ通信サービスの提供の遅れは日本の通信サービス・ユーザー,特にインターネット・ユーザーをいらだたせる結果になっている。

 特に地方では,中央との情報格差を克服するための手段として通信の利用が不可欠である。通信インフラ整備の遅れは情報格差をますます拡大し,地域の産業の発展を阻害することにもなりかねない。

 今回,塩尻市を訪れたのは,長野県情報サービス振興協会主催のセミナーで講演をするためだった。その折,同協会幹部の方々の話を聞くことができた。そこでの話はやはり,中央と地方の情報格差のことだ。たとえば,同協会は地域の情報サービス産業で働く技術者のための教育・研修活動を行っているが,地域には教育・研修に必要な人材が極めて不足している。このため,現場技術者のための講座を開いてはいるが,データベース設計講座,ネットワーク講座などある程度の日数をかけなければならないものは広い県内の限られた場所で,年間数回といった頻度でしか開けないとのことだった。

 せめて高速通信サービスが一般的なサービスとして利用できる環境であれば,地場の企業の従業員にも高速インターネットを使ったWWWベースの教育が可能になるのだが,現在の光ファイバ通信のサービス料金では到底,通信コストの面から成り立たないという。

 塩尻がモデル地域だということは,それ以外の地域の一般ユーザーはなおさら高速でインターネットにアクセスすることが困難だということでもある。いつまでたっても,高速インターネットは一般のユーザーが利用できるレベルには至らず,そのため,遠隔教育・研修といえばテキスト・ベース,あるいはCD-ROMやビデオなどのパッケージ媒体を使うものにとどまってしまうという。

 2年前の長野オリンピックで長野県は新幹線,高速道路が整備され,交通インフラという面では首都圏との格差は少しは改善されたかもしれない。しかし,通信インフラはインターネット利用が高度化していることを考慮すると,実感としてはあまり良くなっていないだろう。地方にとっては,ネットワーク化が加速度的に進展するなかで情報格差は解消に向かうどころか,ますます拡大の方向にあるといってよい。

 いまとなっては繰言にしかならないが,わざわざ在来線を廃止してまで長野新幹線の建設費を支出するくらいなら,通信インフラに資金を投じた方がはるかに地域の活性化に寄与したのではないだろうか。長野新幹線の建設費ほどの資金があれば,楽に長野県内全域で塩尻市並みの光ファイバ網を敷設し,十分におつりがくるはずである。

 もちろん,光ファイバ網が敷かれただけで高速インターネットが一般に普及するわけではない。だが,通信インフラが安く利用できることが高速インターネット普及の引き金になるだろうし,その結果光通信用の接続装置や端末の普及が進み,普及すれば量産効果でますます安くなり,普及速度が一段と加速するという良い循環が起きるのではないか。

 通信インフラが整備されていれば,地方と中央の情報格差の拡大はくい止められ,地域の情報サービス産業も活性化されたはずである。しかし,現実には,そのような循環が引き起こされず,地方の情報化はどんどん取り残される状況になっている。

 問題は,国の情報インフラ政策が,モデル地域や実験プロジェクトにとどまり,インフラとして面的な広がりを持つものにまで持って行けなかったことである。もっといえば,IT・ネットワーク社会に向けて,インフラ整備の優先順位の設定を間違えていたのである。光ファイバ・プロジェクトを推進する塩尻市の活動は立派ではあるが,それが“モデル地域”になるところに,むしろ日本全体の情報インフラ政策の遅れを見てしまう。

(松本 庸史=教育事業センター長)