では、日本の契約形態とどこが違うのか。それぞれ比較してみよう。

 まず日本の請負契約は、米国の固定価格契約に近く、派遣契約は米国のタイムアンドマテリアル契約に近い。

 準委任契約は、米国の実費償還契約やタイムアンドマテリアル契約に似ているが、日本固有の契約形態といえる。なぜなら実費償還契約は、開発に費やした実費がユーザー企業から必ず支払われる。つまり、SIベンダーにはコスト面のリスクがない。タイムアンドマテリアル契約も、実作業時間と必要な経費で契約するが、準委任契約では実作業時間ではなく、工数見積もりで算出した価格となることが多い。

 名称にも日米間に違いがある。米国の法律上の契約名は「何に対するコストなのか」がストレートに分かる。これに対して日本の名称は何のコストなのか分からない。「誰の責任で契約するのか」を名称にしているためだ。準委任契約などは「すべてお任せ」という誤解を招く名称でもある。

 契約書に目を向けると、米国では「Professional Service Agreement」という名称の場合が多い。一方の日本では「業務委託契約書」など、中身を読まないと準委任か請負かを判別できないものがほとんどだ。

大手ベンダー中心の業界構造

 繰り返しになるが、日本の契約形態がトラブルになるのは、ウォーターフォールモデルを採用している点が大きい。米国では、反復型開発、あるいはアジャイルプロセスへと開発プロセスを切り替え、それに合う契約形態へと進化している。その意味では、まず開発プロセスの見直しが急務だ。

 特に最近は、ビジネス環境の変化に迅速に対応するため、経営に俊敏性が求められている。経営に影響するシステムにも、早期リリースや俊敏な変更対応が求められ、ユーザー企業の中には、開発を社外へ丸投げするのではなく、内製化を検討する動きも出てきている。さらにソフトウエア開発のコスト低減の期待も加わり、アジャイルプロセスの適用検討が進んでいる。

 とはいえアジャイルプロセスについては、徐々に適用されつつあるが、普及しているとは言い難い。米国のITコンサルタントから「なぜ日本ではこんな古い開発プロセス(ウォーターフォールモデル)を続けているのか」と不思議がる声をよく聞く。システムのリリースにも時間が掛かる上に、開発コストも膨らむウォーターフォールモデルが、なぜ主流なのかという疑問だ。米国でもすべてがアジャイルプロセスで行うわけではないが、ウォーターフォールモデルの適用は、かなり少なくなっている。

 日本におけるウォーターフォールモデルの拡大は、請負契約の台頭に起因する。請負契約では、開発範囲と引き渡し日を事前に確定し、必要な費用の見積もりと開発要員の確保のメドを立てて契約する。当然、開発範囲を確定しながら開発を進めるアジャイルプロセスにはそぐわない。請負契約でアジャイルプロセスを適用すると、SIベンダーはとても大きなリスクを負う。

 請負契約が台頭したのは歴史的な背景がある。日本では国のバックアップを受けた大手メーカーや、大手ユーザー企業のIT部門が独立し、大手SIベンダーへと成長した。そのため巨大なSIベンダーが何社も存在し、ユーザー企業は開発をSIベンダーに委託する構図が出来上がった。これは世界的に見ればとても珍しいビジネスモデルだ。

 これに対して米国のソフトウエア開発は、ベンチャー企業から成長した企業や独立した個人の技術者が支えている。国が大企業を優遇した日本に対して、米国は大企業による独占を警戒した。ベンチャーや個人を優遇してきたため、野心的で優秀なエンジニアが育つ環境となった。そして優秀なエンジニアやコンサルタントは、高額な報酬を得る契約を結ぶ基盤ができた。

 日本でも、優秀な個人事業主が目立つようになってきたが、まだ多くの技術者は大手SIベンダーに属している。ユーザー企業が個人事業主を雇う基盤はまだできていないのが実情だ。

英 繁雄(はなぶさ しげお)
日立ソリューションズ 技術開発本部 生産技術センタ 担当部長。自社のソフトウエア開発の標準基盤の整備や開発プロジェクトへの技術支援を行っている。得意分野は、アジャイルプロセスであり、2000年代初めから現在までの10数年にわたり、さまざまなアジャイル適用を実践している