グーグルが広告業で起こした革新を、別の産業で再現したい。こう考えるスタートアップ(ベンチャー企業)が、米国サンフランシスコやシリコンバレーで増えている。データを起点とする“グーグル流”があらゆる産業領域に広がり始めた。
「グーグルと同じやり方で、運送業を変えていきたい」。こう語るのはサンフランシスコ市に拠点を構える米キープトラッキンの共同創業者でCEO(最高経営責任者)を務めるショアイブ・マカニ氏だ(図1)。
マカニ氏は元グーグル社員で、グーグルが2009年に買収したモバイル広告企業の米アドモブで勤務した経験もある。マカニ氏が2013年に起業したキープトラッキンは、長距離トラックドライバーの運行実績を記録するスマートフォン用アプリケーションや、運送会社が運行実績を管理するクラウドを提供する。
日本では、大型トラックにはアクセル操作と連動して運行実績を自動的に記録する「タコグラフ」という装置の設置が義務付けられている。しかし米国には、トラックドライバーの長時間労働を禁止する規制はあるものの、タコグラフの設置は義務付けられていない。
長距離ドライバーの多くは「Log Book」という紙の書類で、運送会社に運行実績を報告しているのだという。タコグラフのような専用装置もあるが、「米国のトラックドライバーの80%が勤務する、ドライバー200人以下の中小運送会社のほとんどが、高価な専用装置を導入していない」(マカニ氏)。
キープトラッキンは、スマホのGPS(全地球測位網)センサーを使ってトラックの運行実績を自動記録するスマホアプリを、ドライバーに無料で配る。ドライバーはスマホアプリから運行実績を運送会社に送信可能だ。運送会社向けには、運行実績をリアルタイムで管理するクラウドを有料で提供する。
マカニ氏の狙いは、クラウドの販売だけではない。「アプリを利用するドライバーが10万人を超えたら、空きドライバーと荷主とをマッチングし、荷主が荷物の運搬をオンデマンドで注文できるマーケットプレイスを始める」(マカニ氏)と語る。
空きドライバーと荷主をマッチングするためには、ドライバーの空き情報をリアルタイムで把握する必要がある。そこでキープトラッキンはまず、ドライバーの情報を収集できるアプリを無償で配布しているわけだ。「ドライバーの運行実績を機械学習によって分析し、どの時間帯にドライバーの空きが生じやすいか、といった情報を荷主に届けたい」(マカニ氏)とも目論む。
グーグル流でエンタープライズを攻略
マカニ氏はキープトラッキンの事業計画が、「グーグルが広告産業で採った手法と同じだ」と語る。マカニ氏が言うグーグルの手法とは、「従来は存在しなかったデータを作りだし、それを活用することで、産業に革新を引き起こすこと」だ(図2)。
グーグルはまず、Web上のあらゆるコンテンツにアクセスできる検索エンジンを作った。そして消費者が入力した検索キーワードの情報を基に、消費者の興味や関心を可視化。このデータを活用して、特定の興味、関心を持つ消費者にオンデマンドで広告を出せる「キーワード広告」を広告主に提供した。
マカニ氏はグーグルの本業を、消費者向けのサービスではなく、企業に対して広告というソリューションを提供する「エンタープライズビジネス」だと分析する。そしてこのような“グーグル流”のエンタープライズ攻略術を、運送業に持ち込む考えなのだ。
現在、サンフランシスコやシリコンバレーで、このようなグーグル流でエンタープライズ市場を攻略しようとするスタートアップが急増している(図3)。都市交通分野の米アーバンエンジンズや建設分野の米フラックスファクトリー、小売分野の米パーコラタなどだ。
これらスタートアップの創業者やエンジニアの多くは、グーグルをはじめとする広告分野の出身だ。「ビッグデータ処理や機械学習といった、データを活用する先端技術の採用は広告産業で先行した。広告産業で戦ってきた我々の方が、他産業の既存事業者よりも高い技術力を持つことに、多くのエンジニアが気付き始めた」。マカニ氏はこう力説する。