今年6月、「金融商品取引法」が成立した。2008年4月以降に始まる事業年度から、上場企業を対象に、財務報告の内容の適正性を確保するための組織体制、すなわち内部統制を評価し、「内部統制報告書」を提出する義務が課される。先行して制度化された米国のSOX法(サーベンス・オクスレー法、企業改革法)になぞらえて「日本版SOX法」と呼ばれることもある。今、法対応の現場では何が起きているのか。3人の実務者に、現状を聞いた。
SOX法契機に営業業務を改革
「私が一営業マンだとしたら、文句を言っていただろう。でも、このままではまずいと思っていたことも事実。SOX法はいい機会だった」
![]() 図1●デンセイ・ラムダの熊澤壽・執行役員SPS営業本部長 |
デンセイ・ラムダの熊澤壽・執行役員SPS営業本部長はこう語る(図1)。同社は東証1部上場企業で、日本版SOX法に対応する義務がある。しかも、昨年10月に米国で上場するTDKのグループ企業になったため、日本版SOX法対応を前倒しで実行する格好になった。熊澤本部長は、自らが率いるSPS営業本部の業務見直しを進めている。
SOX法対応はとかく負担がかかるという認識が広がっている。熊澤本部長もそう考えていたが、「実際に始めてみると、企業として本来やらなければならないことだと気づいた」と話す。
SPS営業本部は、電子機器(スイッチング電源が主力)を産業機器メーカーなどに販売する営業機能を持つ。熊澤本部長は、業務プロセスの中核に当たる価格決定にメスを入れた。価格は、納入条件などによって個別に決まる。従来は、営業担当者が比較的柔軟に単価を決めて注文を取ることができた。熊澤本部長はこれを厳格化。原価に基づく利益率などに応じて、「部長承認が必要」「本部長承認が必要」といった規定を整備した。
![]() 図2●デンセイ・ラムダのワークフロー管理システムと業務フロー図 [画像のクリックで拡大表示] |
かつてCIO(最高情報責任者)としてERP(統合基幹業務)パッケージの導入を主導した熊澤本部長は、ITの活用も考えた。
営業担当者は、グループウエア「ロータス ノーツ」で作ったワークフロー管理システムで、数量と、その数量を前提とした単価(大量注文なら安い)について、規定に沿った事前承認を受ける(図2)。この情報は見積書作成システムに引き継がれる。承認済みの内容より安い単価、少ない数量の見積書は作成できない仕組みにした。従来も規定はあったが、条件によっては誰の承認をもらうべきか明確でないケースがあった。この漏れを埋めていった。
コンサルタントには逆提案
熊澤本部長は強いリーダーシップでSOX法対応を進めている。従来の紙の見積書を抽出してチェックしたりもした。規則で承認できない価格なのに、判が押されているものが見つかれば、本人にそれを示して責任を実感させた。
営業担当者にとっては、承認を得る手間が増える。見積書の変更など、顧客の要望にその日のうちに対応できない場面も出てくる。「営業担当者からのブーイングもある。しかし、何でもその日のうちに対応することが本当にいいことか」。熊澤本部長は営業担当者に意識改革を迫っている。
ただし、統制強化一辺倒ではない。例えば、標準価格表は、従来から社長が紙の価格表を年に1回チェックしている。外部の内部統制専門コンサルタントは、「多忙な社長がチェックするのは現実的ではない」と難色を示した。熊澤本部長はひるまず、「昔からの慣例だ。年1回だけだし、何の問題があるのか」と主張し、コンサルタントも納得した。
「コンサルタントの指摘は常識的だが、当社にとっての解決策を出してはくれない」
価格決定などの承認プロセスについても、コンサルタントは「承認印を押した紙を回す時、改ざんの可能性があるのでファクスを使ってはいけない」と指摘した。SPS営業本部の拠点は全国各地と韓国など海外にもある。熊澤本部長は、現実的ではないと判断した
そこで、ワークフロー管理システムの活用を逆提案した。システム上で本人が承認したことが保証されるため、コンサルタントも「それで完ぺきですね」と認めたという。
社長が全国行脚し理解求める
![]() 図3●ヤマトリースの小佐野豪績社長 |
「内部統制定着のためには、直接話すことが一番だ」
ヤマトリース(東京・豊島)の小佐野豪績社長はこう強調する(図3)。ヤマトグループのリース会社である同社は、ヤマト運輸と取引がある運送業者などに商用車をリースしている。
ヤマトグループとしての日本版SOX法対応は既に動き出している。金融業のヤマトリースは従業員75人の小所帯だが、資産規模は大きく、連結財務諸表に与える影響は小さくない。同社で、業務ルールを整備・定着させるのが小佐野社長の大きな仕事だ。
小佐野社長は昨年5月まで、ヤマト運輸のIT部門にいたが、今は情報システムの導入よりも、社員との対話を優先している。
同社には、札幌から鹿児島まで全国33カ所の営業所がある。多くは所長1人の営業所だ。小佐野社長は月に6~7カ所を回る。1日中所長の訪問営業に同行。移動中や夜の酒席で所長と話し込むのが目的だ。
小佐野社長は就任後に、内部統制整備の一環で顧客である運送業者に対する与信管理を強化した。これによって、所長がリース可能と判断しても、本社側で承認されないケースも出てきた。承認されない分だけ営業成績を落とし、成果報酬が減ってしまう所長もいた。
かつてはリースの可否や金利などをある程度自分で決められた所長にとって、面白いはずがない。さらに、消耗品を購入する際に金額や購入理由を台帳に記録する、営業日報を細かく情報システムに入力する、など所長の負担は増えた。
「オレのことを信用できないのか」と言う所長に、小佐野社長は「信用するかどうかではなく、会社として必要だ」と説得した。「この種のことは、紙で通達したり、全体会議のような場で話しても駄目。1対1で話さなければ響かない」(小佐野社長)。自社の決算書を見せて、「貸し倒れ損失をもっと抑える必要がある」と説明することもある。
顧客の目が内部統制の要
![]() 図4●カブドットコム証券の齋藤正勝社長。創業当初から情報開示を重視した組織体制作りに腐心してきた |
![]() 図5●カブドットコム証券の内部統制概念図 [画像のクリックで拡大表示] |
「内部統制報告書を作るための作業はもうできている」
カブドットコム証券の齋藤正勝社長はこう話す(図4)。日本版SOX法の要件に合わせた書類作りなどはこれからだが、その前提となる内部統制に自信を持っているという(図5)。
同社は、昨年3月に東証1部に上場した。次々に新興市場に上場したほかのネット専業証券に比べれば遅かった。創業当初から内部統制を重視し、審査が厳しい東証1部への直接上場を狙ってきたからだ。
内部統制といえば社内体制固めに目が行きがちだが、齋藤社長は社外に目を向ける。「細かい技術論に走っても仕方ない。どこの企業でも、一番厳しくチェックしてくれるのは顧客と株主だ」
同社は、財務報告だけではなく、システム障害などの情報も含めて、社内の記録を整理して社外の顧客と株主に開示している。
記録を整理するために、社員は毎日10分程度かけて日報を書く。電話オペレーターならクレームの件数や内容、事務処理担当者ならその日の処理件数やミスの件数などを書き込む。同社は全社で品質管理規格「ISO9001」の認証を取得しており、日報の様式は標準化している。この日報を4つある部ごとに週報、月報として整理し、月報は「サポートセンターリポート」などとしてウェブサイトに掲載する。
日報があっても形がい化している企業は多い。「最終的に対外的な開示につながるという説明をすれば、社員も面倒がらずに一生懸命書いてくれる」
内部監査の仕組みにも特徴がある。「特定の部署に監査を任せて、その部署が偉そうになるのはいやだった」。そこで4つの部に内部監査の資格者を置き、相互に監査する仕組みにした。毎月、「与信管理」「金融庁の検査マニュアルに準拠しているか」などテーマを決める。互いに記録をチェックして、監査報告書をまとめている。
(次回へ)