第2分科会 高齢者のデジタルオポチュニティ——韓国・日本・米国それぞれの取り組み

老テク研究会事務局長/
早稲田大学国際情報通信研究センター客員研究員
近藤則子

分科会の様子(左から三番目が近藤氏)
分科会の様子(左から三番目が近藤氏)
 高齢者を取り巻く環境は世界中で劇的に変化している。ベビーブーマー世代という大量の高学歴な高齢者集団の出現は未来を大きく変えることは間違いない。4万人のシニアが集うNPO法人「新現役ネット」や団塊世代の情報コミュニテイ「新現役の会」によれば、日本においても、インターネットを活用して地域に貢献できるような仕事を起業したいという人も増えてきているという。

 高齢者が積極的に社会参加をすることで健康を維持し、経済活動に参加できるなら、個人にも社会にとっても好ましい事は間違いない。そのための道具として情報通信技術は不可欠である。しかし世代間の情報格差はどこの国でも大きい。高齢者が情報技術を活用できるようにする政策を話し合おうと、高齢者との格差を検討する分科会に集まったのは米国のシニアネットのクリスチン・ファボス事務局長と韓国のサイバーネイバー運動を推進する、ハン・ドンヒ老年生活科学研究所所長、そして老テク研究会の私である。3人に共通するのは高齢者のIT学習支援と情報コミュニティを実践していることである。

■米国——ネットを使った医療サービスが充実するも、高齢者のネット利用は2割程度

 米国の高齢者にとって、インターネットを使えることによるメリットは少なくない。ウェブMDという医療保険制度に組み込まれた健康情報サービスがある。これは、健康に不安のある人が自分で質問に回答していくと医師の診断を受けるべきか、自宅でしばらくようすをみるべきかという判断の指針と助言を得ることができるというものだ。つまり「ネット上に問診表が整備されている」ということになるわけだが、これを利用できる人とできない人では医療費用の面からも医療サービスの受益者としても大きな格差が生じる。

 とはいえ、米国でインターネットを利用している高齢者は22%だという。先月、政府が高齢者医療制度(メディケア)の改正についてインターネットで詳細を発表するとして高齢者団体から「インターネットで情報を得られない老人はどうするのだ」と猛反発があり、急遽、政府が電話サービスを設置した話は日本の新聞でも紹介されたエピソードである。

 米国ではNPO(非営利団体)が運営するパソコン教室はラボラトリーモデルと呼び、全米に数多く存在している。それでも約2割の高齢者しかネット利用できないというのは意外に思える。若い世代、子供達と同居しないのが常識の米国では新しい技術や情報から高齢者は遠いのだろうか。

 創設から20年になる米国のシニアネット(50歳以上を対象としたネットコミュニティを運営する非営利組織)は、全米各地の他にもマレーシア、スウエーデン、オーストラリア、ニュージーランドなど国内外に240のパソコン教室を展開し、現在も6000人の熱心なボランティア達に支えられ、のべ100万人をこえる高齢者のパソコン学習を支援してきた。多くの会員が70代になり、60歳以下の新規会員の増加が少ないのが悩みである。

 米国ではネット社会でのコミュニケーションは認知症予防に効果があることも良く知られ、パソコン操作をすることが脳を活性化すると医師も推奨している。シニアネットのボランティアは教室にこられない介護者や高齢障害者のために障害者支援技術を習得して訪問指導も行っているという。こうした活動は、ぜひ見習いたいと思った。

■韓国——世代間交流を推進する「サイバーネイバー」の取り組み

 ハン・ドンヒ博士は情報技術が専門ではなく、高齢者虐待問題などに取り組む研究者で、世代間の価値観の違いやコミュニケーションの不足が老人の孤立や家庭内の多くの悲劇をもたらすと考え、積極的にインターネットを活用して若い世代と高齢者との架け橋となる電子会議室や出会いのイベントを運営している。ハン博士が所長をつとめる老人生活科学研究所では、高齢者のIT利用を支援するシルバーITボランティアプログラムなどいろいろなプロジェクトを手がけている。中でも今年注目されたのがWebサイトで高齢者が若者を物心両面から支援する「サイバーネイバー(Cyber Neighbor)」の取り組みである。「サイバーネイバー」とは、「電脳隣人」、つまり「心のご近所さん」である。高齢者と若者との世代間交流に力を入れている点が特徴の電子コミュニティだ。

 サイバーネイバーは、高齢者が若い世代へ向けて心のこもったメッセージを身近な食べ物や季節の話題に寄せて書き込み、12歳から15歳を中心とした世代がそれを読み、返信を書く。電子掲示版には実名で登録する。良い情報や助言に対してお互いに敬意を持って接しようとスタッフがさりげなく見守り、ネットだけではなく、できるだけ実際に出会えるようなイベントを開催している。4年前に40人のシルバーパソコンボランティアから始まり、現在は約1000人の高齢者と約200人の中学生が交流する情報コミュニティに発展している。毎日100人から150人がWebサイトを利用しているという。地域の中学校との連携により、教師が推奨して中学生たちがサイバーネイバーを訪問するケースもあるとのことだ。さまざまな悩みを抱えた若者たちを高齢者が温かいメッセージで励まし、市役所などが会場を提供していわゆるオフミーティングを開催する。年1回、釜山で全国の利用者が集まる全体イベントを開催するときには高齢者たちが遠方から参加する若者達の旅費を寄付したり、教師が引率して集団で参加する学校もあるという。

 話題は変わるが、韓国の高齢者への学習支援活動は15年前に当時の政府主導で全国に展開した「元老坊:オロバン(Wollobang)」という団体が現在も各地でパソコン教室を運営し、日本のシニアによるネットコミュニティ「メロウ倶楽部」との定期チャット交流や訪問交流を行っている。老テク研究会は元老坊の代表を招へいして以来、地道な交流を10年間行ってきた。この日、200人以上もの参加者であふれた会場でも白髪の堂々たる態度の元老坊会員40人の存在は目立っていた。「元老坊の電子掲示版を見て、ひと目でも顔を見たいと思ってきましたよ。」と私に会うために遠く釜山や光州から来てくれた。

■日本——老テク研究会によるモバイルシニアネットを推進

 日本では街のパソコン教室はシニアに大人気である。大型電器店のパソコンやデジタルカメラ売り場にも高齢者をよく見かける。それでも日本の60歳以上のインターネット利用は2割程度だ。高齢者間の格差が広がっているのだ。

 老テク研究会は3年前から「パソコンは難しくて使えそうもないが携帯電話でインターネットを使ってみたい」というシニアのために携帯電話教室を実施している。また、自宅で老親をケアしている人のためにインターネットで介護を支援するソフト「Uケアノート」を早稲田大学加納研究室に客員研究員として参加して開発中である。

 Uケアノートはデジタル版の介護ノートである。携帯電話やパソコンを使って複数の介護者が関わる現在の在宅ケアの現場に必要な情報を安全に文字だけではなく、画像や映像も簡単に共有できるようにしたいと考えている。ITで介護支援を目指す私たちは変化や移動の多い介護現場で使える情報端末は携帯電話だと実感したこともモバイルにこだわる理由のひとつである。インターネットに関心がないという高齢者にも、携帯電話ならITを使えるメリットが分かりやすく、デジタルデバイド解消にも貢献できる。韓国のハン博士とは、韓国でも2年後に始まる介護保険制度のためにUケアノートの情報交換をしようと約束した。

2005 デジタルデバイド解消のための国際カンファレンス(韓国・ソウル)