『日経情報ストラテジー』2011年8月号(6月29日発売)では、「改善の『観察眼』の磨き方」というテーマの特集記事を掲載した。食品トレーで約6割のトップシェアを占めるエフピコの小松安弘会長や、ホテル・旅館を運営する星野リゾートの星野佳路社長、老舗Tシャツメーカーである久米繊維工業の久米信行社長(関連記事)という3人の経営者に、それぞれ独自の観察眼を披露してもらった。
さらに、柴田陽子事務所(シバジム)が考案した「気づきメモ」を導入している外食産業のワン・ダイニングや、日用品大手のP&Gジャパンなど、様々な業種・業態の企業がいかにして観察眼を培って組織活動を改善しているかを事例で解説した。
観察眼といえば「現場を観察する」「現場を見る」といったフレーズがよく使われる。しかし記者は特集の執筆・編集をするに当たって、なるべくこの言い回しを使わないように心がけた。特集の取材を通じて、「現場を見る」という言葉がある種の“魔法の言葉”だと感じたからである。この言葉は「現場を見てさえいれば課題は明らかになる」というニュアンスを醸し出していて、誤解のもとになると考えた。
自分の視点を社員に押し付けない
実際、記者はエフピコの小松安弘会長が食品スーパーを「売り場訪問」して観察する場面に同行する機会を得た。小松会長は一代で連結売上高1400億円の企業を築き上げた創業者である。
エフピコの小松会長は自社製品や他社製品の使われ方、来店客と店員の動きなど、様々な観点で売り場の様子をじっくりと観察する。製造業だから、包装材商社や大手小売りチェーンの購買部門など、直接の取引相手を頻繁に訪問して「顔つなぎ」をしておくのは当然のことだ。ところが小松会長は、直接の取引相手を訪問する以上に、売り場の訪問と観察を重視している。
例えば、売り場で陳列作業に苦労している店員の姿の観察を通じて、「2段重ねしやすい食品トレー」を開発するなど、新製品開発につなげている。これが参入障壁が低い食品トレー分野で、エフピコが圧倒的なシェアを占める要因になっている。
売り場観察の具体的なポイントは『日経情報ストラテジー』で解説したが、ここでは記者の印象に残ったことを指摘したい。具体的には、小松会長が営業担当社員に接するときの様子だ。
小松会長は売り場訪問ばかりをするわけにはいかないので、日常的な売り場訪問や観察はその食品スーパーを担当する社員に任せている。筆者が取材した当日も社員が同行していた。
経営者と社員が同じ場にいれば、記者の習性としては、経営者が社員に観察のポイントをアドバイスして叱咤(しった)激励するようなシーンを期待してしまう。ところが、小松会長は営業担当者に対して「よう頑張っとるな」と褒めるばかりだった。記者が「何かこの売り場に問題点はないのか」と畳みかけても、「上手にやっとるわ」「売り場を見ても何の問題点も無い」と、やはり褒めるばかりだ。
どうやら小松会長は、観察の視点を社員に押し付けることを意図的に避けているようだった。それよりも、社員の自由な発想と観察に任せた方が、結果的に自分のところに正確な情報が上がってくると考えているわけだ。